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その後、戦争は激化し、ついに氷狼の国の王都が包囲された。リラの元に、カイ王子からの急使が届いた。内容は簡潔だった。


『王都が危ない。民を逃がすための時間を稼ぐため、私は炎竜帝国の皇帝と一騎打ちをする。もし私が敗れれば、国は滅ぶ。リラ、君の「奇跡の花」を、もう一度だけ貸してほしい』


それは、国の存亡をかけた願いだった。リラは迷わず、丘に残ったラベンダーの中で、最も力強く咲いている中央の株を選び、花束にした。これが最後の一回分かもしれない。


リラは王子の短剣を腰に差し、急使の馬に乗って王都へ駆けた。王都は炎に包まれていた。城壁の前で、カイ王子は炎竜皇帝と対峙していた。皇帝は巨大な炎の龍を従え、その熱気だけで周囲の雪を蒸発させている。対するカイ王子の氷の剣は、炎の前ではあまりに脆く見えた。


「リラ!」


王子が彼女に気づく。リラは馬から飛び降り、戦場を駆け抜けて王子の元へ辿り着いた。


「これを!」


彼女はラベンダーの花束を王子の手に押し付けた。


その瞬間、皇帝が放った極大の火球が、二人を襲った。カイ王子はリラを庇い、背中でその炎を受けた。轟音と熱風。


「王子!」


リラが叫ぶ。王子は無事だった。彼が抱きしめていたラベンダーの花束が、炎をすべて吸い込んだのだ。花束は一瞬で灰となり、風に舞った。


「……ありがとう、リラ」


王子は立ち上がった。彼の体から、かつてないほどの冷気が溢れ出した。身代わりの花によって守られたことで、彼の潜在能力が完全に覚醒したのだ。氷の剣が輝きを増し、周囲の炎を凍てつかせる。


「皇帝よ!我が国は、まだ終わらん!」


カイ王子の反撃が始まった。彼の氷は炎の龍さえも凍結させ、ついに皇帝を退かせた。王都は守られた。




戦争は終わった。氷狼の国は勝利し、カイ王子は英雄となった。祝賀ムードの中、リラは静かに自分の丘へと戻った。


丘は、変わり果てていた。一年中咲き誇っていた紫色の絨毯は消え、そこには枯れ草が広がる荒野となっていた。最後の花を使ったことで、魔女の魔力は完全に尽きたのだ。もう、甘い香りはしない。冷たい風が、乾いた土を巻き上げているだけだった。


リラは小屋の前のベンチに座り、枯れた丘を見つめた。喪失感はあった。師匠の形見を、すべて使い切ってしまったのだから。だが、後悔はなかった。あの花たちは、王子を救い、兵士を救い、そして国を救った。それぞれの命の「身代わり」としての役目を、立派に果たしたのだ。


「……お疲れ様でした」


リラは土に触れ、そう呟いた。


その時、馬の蹄の音が聞こえた。現れたのは、カイ王子だった。彼は王族の豪華な衣装ではなく、旅人のようなマントを羽織っていた。


「リラ。ここへ来るのは久しぶりだ」


王子は枯れた丘を見て、痛ましげに眉を寄せた。


「私のせいで……すまない」

「いいえ、王子。花たちは本望だったはずです」


リラは微笑んだ。


王子は彼女の隣に座り、懐から小さな革袋を取り出した。


「これを、君に」


リラが受け取ると、中には小さな黒い種がたくさん入っていた。


「これは?」

「王都の植物園で見つけた、普通のラベンダーの種だ。魔力はないし、奇跡も起こせない。だが……」


王子はリラの手を、種ごと包み込んだ。


「君となら、またこの丘を紫色に染められる気がするんだ」


リラは驚いて王子の顔を見た。彼の氷のような瞳が、今は春の日差しのように温かく、彼女を見つめていた。


「リラ。私は王位継承権を兄に譲った。私は、ただのカイとして、君と共にここで生きたい」


リラの目から、涙が溢れた。それは悲しみの涙ではなく、凍っていた心が溶け出すような、温かい涙だった。


翌春。かつて魔女の丘と呼ばれた場所には、リラとカイが二人で種をまいた、新しいラベンダーの芽が顔を出していた。それらは身代わりの花ではない。誰かの犠牲の上に咲く花ではない。ただの、しかし自分たちの力で育てた、愛おしい命の芽だった。やがてその丘は、再び優しい紫の香りに包まれることになるだろう。二人の幸せな記憶と共に。

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