3話目:いきなり退学危機一髪
初ダンジョンの帰還から翌日――――。
「うむ、全員いるな! たまーにだが、最初のダンジョンアタックで数時間ほど生かさず殺さずの状態になってトラウマで退学するやつがいるからな」
そりゃ最初にそんな目にあったら逃げたくもなるよ。
ドMの業界でも拷問だもん。
「さて、ダンジョンの怖さもできたところで……今度は進級条件について説明するぞ!」
学園というからには、やはり色々とテストがあるらしい。
基本的には学園側から課される課題をこなして進級の条件を満たすことが必要らしい。
[特定のダンジョンを踏破すること]
[実技試験に合格すること]
[完成度の高い論文を提出すること]
以上の選択課題のどれか一つ。
それとは別に必須課題として[法律の筆記試験に合格すること]があるらしい。
その最後の課題を聞いて、一斉に<ええ~!>という声と一緒に不満が溢れ出てきた。
「≪探索者≫って勉強しなくていいって聞いてのに!」
「そうそう! ダンジョンに潜って稼ぎさえすればいいって言われてるだろ!」
そんな声を静めるように先生が大きく手を叩いた。
「うむ、確かに昔はそうだった。その結果、各地で大問題を起こす馬鹿が増えた! そしてこれは学園側の責任だということになり、法の勉強も課せられたのだ!」
「せんせー! そういう馬鹿に必要なのは法律の知識じゃなくて道徳の授業なのではー?」
「道徳の授業なんぞで何とかなるなら、世の中もっと平和であろう! だからこれは、法律すら学べぬ馬鹿を叩き落とすものだ!」
なんともヒドイ話であるが、一理ある。
聖書や説法で悪徳がなくなるなら、世の中もっと平和で暮らしにくくなってるはずだもん。
「それにあれだぞ、≪探索者≫をアホだと思って騙してくるバカもいるぞ? そのせいで暮らしが苦しくなり、そのせいで犯罪に手を染めて問題を起こす事例もあるからな。自分の身を守る為にも、勉学に励むように!」
「先生! そうなると、一日に何時間ほど授業に拘束されるのでしょうか?」
「ん? 授業なんぞないぞ」
「…………へ?」
「≪探索者≫になれば全部自分でやらねばならんのだぞ? どれだけ勉強に時間を使うか、ダンジョンに使うか、課題に使うかを自分で決めろということだ」
そう言ってエトルリア先生は教室の外に出ていき――――顔だけ戻ってきた。
「言い忘れていたが、最初の課題期限は一か月! 一か月の内に選択課題の内の一つ、そして筆記試験の合格が必要だぞ! 不合格になった場合、退学となってまた入学しなおしになるからなー!」
そうして今度こそ先生は離れて行ってしまった。
しばしの沈黙、そして教室内は騒然となった。
「ゲエエエ! 一か月!? 短すぎだろ!!」
「ダンジョンの他に筆記試験も必要って時間たりねぇよ!」
「どうしよう、どうしよう……何から手を付けたらいいか……」
「勉強はあとからどうにでもなる! とにかくダンジョンからクリアしよう!」
いきなりの課題に全員が慌てふためいている中、俺はコッソリと教室から出ていく。
そして数時間後――――。
「うむ、それでは筆記試験の答案を返すぞ。試験者は二名だからサクっと終わったな」
俺と初日に押し倒したドルイドとか言われていた女子の二人だけが試験を受けていた。
まぁ結果は分かり切っていた。
「響70点、不合格。自信満々で受けに来たのにこの点数か」
「初手で70点なら上々じゃないっすかね」
「で、エメト。満点で文句なしの合格! ダンジョンも踏破しとるから、一抜けじゃな。よくやった」
エメトと呼ばれた彼女は、先生に褒められたというのに一切表情が変わらず、軽く会釈をしてそのまま試験会場から立ち去る。
――――と思いきや、俺の前で止まった。
「……不合格になることを理解していて、試験を受けに来たのですか?」
「だって試験範囲も分からないのに勉強できないし。それに何回不合格になってもいいんでしょ? なら試験は受け得でアド! 受かったらラッキーって感じで!」
「……羨ましいですね、失敗を前提にできる気楽な生き方というのは」
「うん、めっちゃ楽で生きやすい! 成功を前提にした生き方とか息苦しくない? せっかくの学園生活なんだし、もっと気楽にいこうZE!」
精一杯の笑顔と明るさでポーズを決めるが、それに反比例するかのような冷たい目線を向けて彼女はそのまま立ち去ってしまった。
「なんというか……歳の割にこすい生き方をしとるな」
「要領がいいとか、せめて小賢しいとか言ってくれませんかね!?」
先生からのツッコミはさておき、これでおおよその問題文の傾向と範囲は分かった。
というか当たり前の話なのだが、一か月という期限がついてるんだから、そこまで難しい問題ではなかった。
これなら今週中に合格できそうだ。
そうなるとあとはダンジョンをクリアするだけ。
これも一か月という期限があり、さっきのエメトって女子なんかソロでクリアしてた。
つまり難易度はイージーで勝利は確定的に明らか!
Q.E.D 証明完了!
勝ったなガハハ!
――――そう思っていた時期が、俺にもありました。
「先生! クリアできません!」
ダンジョンから地面に放り投げだされ、思わず先生にタオルを投げたくなった。
「ダンジョン入って十秒で死に戻ったのに、やけに元気だな」
「まぁ慣れたんで」
「いや……普通は慣れても数時間は起きれんはずだが……」
敵が一匹ならワンチャン勝てる。
けど二匹いたら確実に負ける。
というか一匹でも普通に負けたりする。
つまりこの学園生活は終わりです。
「他の人はどうやって敵を倒してんですかねぇ!?」
「ふむ。レンタル装備ではなく、金を出して強い装備を使えばよかろう」
「無理です! お金もないし実技の訓練に行ったら、教官がわりとガチめに謝ってサジ投げられました!」
他の人達はマジでゲームみたいに戦ってるのに、俺だけVRゲーム始めたてのニュービーみたいな動きだったもん。
なんというか生物としての違いを思い知らされた。
「ダンジョンでレベルが上がれば多少はマシになるだろうが……ならば術の適正はどうだ? 鉱術、色術、など何か一つでも使えれば――――」
「駄目でした! 才能がないどころか、逆に何も扱えないのが才能だって言われました!」
なんなら教員の人が百年に一人の逸材だって言ってた!
何も嬉しくねえ!!
「あー……では祈手はどうだ? 傷を癒せるし、これは才能に関係なく信仰心に依存しているはず――――」
「神が実在しているならば!! 今すぐ俺をモテモテにして存在を証明してみせろぉ!!」
日本人に異世界の信仰心は難しいよ!
ってか異世界の神様も多いし関係性が複雑だしギリシャみてぇな奴らばっかだし!
物語としては面白いけど信じられるかって言われたら無理だよ滅んでしまえって感想し出ねえ!
「…………難儀なやつだのぉ、お前は」
悲しい。
何もできないことより、同情されることがとても。
「いや、待てよ……お前、確か音楽が得意ではなかったか?」
「なんすか、歌って踊ったら敵が死んでくれるんすか」
ここは異世界であってインドじゃねぇんだから……。
「ああ、そういう効果もあったかもしれんな」
「マジで!? 異世界ってインドだったの!?」
「言葉に力があるように、音にも力がある。音楽で味方を強くし、敵を弱くする役割を吟遊詩人と呼ばれていてな――――」
それを聞き、俺はすぐさま立ち上がった。
「先生ありがとう! 愛してる! いっちょ楽器レンタルしていってきまーす!」
なるほどね、武器と防具のレンタルのところに楽器があったのは趣味じゃなくて実用的なためだったのね!
さぁ今から始まるぜ……俺の現代音楽チートによる武道館へのサクセスロードが!
…………ダンジョンに入って三十秒後、俺は再び死んで放り出された。
「先生のうそつきいいいぃぃ!!」
「ウソは言っておらんだろうが」
ああ、ウソじゃなかったさ!
曲を弾いてる間はなんか不思議な力が湧いてきたさ!
曲の種類を変えれば効果も変わったさ!
だから自己強化のバフかけて敵に弱体化のデバフかけて殴ろうとしたのに、武器を持った瞬間に解けたら意味ないじゃん!
それともあれか演奏しながら戦えってことか!?
俺はインド人じゃねぇんだぞ!!
ナマステェ!!
「ずっと演奏してないといけないから直接戦えないし、効果もそこまで強くない。しかも音程を外せば効果も切れる。正直、かなり不人気な役割だな」
だが、何もできない俺が唯一こなせる役割はこれしかない。
つまり俺がすべきことは!
超強いパーティーに吟遊詩人として寄生……もといヒモになって課題をクリアすること!
……わりと最低だがこれしか手がねえ!
クラスメイトの力を合わせて、皆でこの学園を卒業してみせる!!




