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短編2

どっちにしても手遅れな話

作者: 猫宮蒼

 若干のネタバレワード

 60%



 前世で暮らしていたところは、それなりに物騒な事件もあったけれど概ね平和なところだった。


 少なくとも生まれ変わったこの世界に比べれば平和だと断言できる。


 夜になったら外を出歩くのは腕に自信のある人でも危ない事はあるし、そうなると女子供が一人で出歩くとなれば最悪死んでもおかしくない、と言われる程度には物騒で。

 前世だったら深夜にコンビニに出かけたりしても余程の事がない限りはちゃんと帰ってこれるけど、こっちの世界では高確率で危険に巻き込まれる。


 海外から日本にやって来た人が帰って行って自分の国ってこんな物騒だったの!? と思う事もある、と言われる程度には日本という国は平和だった。

 じゃあ、その海外のそこそこ物騒な事がある国とこっちとでは、どっちが物騒か……と言われるとまぁ、こっちかなぁ。

 海外事情に詳しくないから比べるにしてもわかんないけど。


 あー、こんな事なら前世の記憶なんて思い出さなきゃよかった。



 ――と、マルエッタはしたところでどうしようもない後悔をしていたのである。


 前世の事なんて思い出さなきゃ今のこの世界の不便さをまざまざと実感する事はなかった。

 今までこれが当たり前だったのに、それが当たり前ではなくなってしまったのだ。

 ここよりももっと高水準な暮らしが当たり前だと認識してしまったから、落差が酷い。


 まぁ異世界だし前世と違って法も大きく異なってるし、なんだったら人間以外の種族もいるからな……そういうとことってもファンタジー。

 前世の事を思い出す前まではそれが普通で当たり前だったのに、前世の事を思い出した途端違和感が凄い。


 あの人ケモ耳生えてる……と思わずギョッとして二度見しかけたけど、しかしこの世界には獣人は普通に存在しているし別に珍しくもない。今更驚いて獣人を見る、なんて反応をする方が逆におかしいと思われてしまう。


 獣人の中でも数が少ない種族がいるから、その場合なら珍しくてつい、という言い訳は通用するけれど、その時見かけた獣人は別に珍しくもなんともないどこにでもいる種族である。


 ケモナー大歓喜、とか前世の記憶が蘇ってからは獣人を見る時に度々そんな風に思ったりもするようになってしまったが、正直どうでもいいノイズである。マルエッタは動物は嫌いではないがケモナーではなかったので。


 獣人以外にもエルフやドワーフ、人魚に魔族、と実に多種多様な種族が存在しているので、マルエッタ的にまるでファンタジー映画のエキストラにでもなった気分だ。

 ちなみにマルエッタは何の変哲もない人間である。

 異世界転生したなら異種族になってみたかったなー、とか思わないでもないけれど、種族が違うと人間とはまた違う常識だとかがあるので、そんな状態で前世の記憶を思い出したらさぞ苦労するに違いない。

 そういう意味では人間で良かった。ま、人間でも前世とこっちとじゃ色々違い過ぎるので苦労しているのはそうなんだけど。



 マルエッタには一応友人と呼べる相手がいた。

 前世の記憶を思い出した今なら言える。

 彼女も転生者なのだと。


 今までは夢見がちなのだと思っていたが違う。

 恐らく前世の自分と同じ国で生まれ育ったであろう誰か。

 それが、今世のマルエッタの友人――いや、知人であるエミリだ。


 この世界の異種族は、どいつもこいつも顔面偏差値が異様に高い。

 エミリは所謂面食いというやつなのか、それ故に異種族を見るたびにキャアキャアとテンションを上げていた。それだけなら別に、相手に迷惑をかけない範囲ならどうでもいい。マルエッタだって今までは本当にエミリは相変わらずなんだから……みたいな感じで受け流す事ができていた。


 しかし。


 エミリはそんな異種族に恋焦がれているようだった。前世の事を思い出すまでのマルエッタからすれば憧れだと思っていたが、こうして思い出した今、それは違うと悟ってしまった。

 エミリは本気だ。


 本気でツラのいい種族――とりわけ獣人と結ばれようとしているのだ。

 他の種族でもチャンスがあればエミリは狙うだろうけれど、残念な事に……と言っていいかは微妙だが、ともあれ獣人以外の異種族はあまり人の多いところには出てくる事が滅多にないか、出てきたとしても明らかに夫婦や恋人同士である、とわかる状態であったので。


 お互い同意があって相思相愛なり利害の一致なりでくっつくのならばいいけれど、エミリの場合は間違いなく破綻するのが目に見えている。


 なにせ獣人にはつがいと呼ばれる、生まれた時から既に決められた運命の相手が存在しているのだ。


 運命の相手、というととてもロマンチックではあるが、すぐに出会えるわけでもない。

 生まれてすぐに出会う事もあれば、生きている間に巡り合えなかった、なんて事もある。

 けれどそれでも、獣人たちは自らの運命を探し求めるのだ。適当な誰かで妥協する、というような事はしない。


 だが、それはお互いが獣人である、という状況での話だ。


 つがいに会えない間、一時の暇つぶしのように獣人以外の種族に手を出す、なんて者もいる。

 獣人と人間とでは寿命も異なり、大抵先に人間が死ぬので獣人からすれば相手が死んだ後でまたつがい探しに出ればいいだけの話だ。

 獣人からするととても割り切った関係。人間の方もお互いに割り切った関係とできるのなら特に揉める事はないけれど、もし人間の方が相手に恋焦がれ、どうしても愛してほしいと思うようになってしまえば泥沼である。


 愛してほしいと思いながらもそれなりの関係を維持しつつ、人間の寿命が先に尽きればいいけれど、そうなる前に獣人の運命が現れたなら悲惨でしかない。

 獣人側はつがいが見つかるまでの繋ぎ、という割り切った関係であるという認識もあるので、つがいが見つかればその関係はあっさりと解消する。

 その場合人間だけがずるずると捨てきれない恋心を引きずるし、何だったら修羅場に発展することもある。


 けれどもお互いに運命である、となった獣人たちの間に割り込んだところで勝ち目などあるはずもないし、力尽くで奪うなんて真似も獣人相手では自殺行為だ。

 獣人は、たとえどれだけ見た目がひ弱そうであったとしても人間以上の力を持っている。

 腕力や俊敏さといった違いはあれど、そのどれもが人間を上回っているのだ。



 それに――そもそもの話、この世界の獣人たちは、異種族と子を作れない。

 同じ獣人ならできるのか、となるとそれも微妙に異なる。


 例えば犬の獣人は同じ犬の獣人としか子を作れない。犬の獣人が猫の獣人と、というのはあり得ないのだ。運命のつがいも同じ種族から現れる。

 ただ、獣人の種類によって数が多い少ないはあるので、数の少ない獣人たちはつがいを見つけるのが困難なのは言うまでもないし、数が多いからといって必ずしもつがいがすぐに見つかるというわけでもない。


 つがいが必ずしも自分と同じ時期に生まれてくるわけではないので。


 こどもが出来ないからこそ、異種族と付き合う獣人は割り切った関係だという認識が抜けない。



 まぁ、でも。

 遊びでもいいから付き合いたい、と思う人間が一定数いるのは確かなのだ。

 エミリもその一人。

 いや、エミリの場合は遊びじゃなくて本当に添い遂げたいと思っているようではあるが。


 異種族なら子供は生まれない、というのだってエミリは前々から言っていた。

 できないのではなく、できにくいだけではないのかと。

 同じ人間同士だって相性があるのだから、異種族ならその相性が一致する確率がより低くても仕方がない。

 可能性が低いからこそ今まで前例が出なかっただけ。

 できない、と決定づけるのは早計だと。


 あの時はエミリって難しい事を言うのね……なんてマルエッタもちょっと感心していたのだ。

 遺伝子がどうだとか、DNAだのゲノムだのとわからない言葉を使ってマルエッタにあれこれ言っていたエミリを、自分の知らない事を知っている博識な人、と思っていた。


 まぁ前世の記憶を思い出してからは、いやそもそも遺伝子がどうこう以前に無理なものは無理、としか思えないのだが。

 いくら人と近い見た目をしていても、獣人はヒトとは別の生き物なのだ。

 前世で人間はサルが進化したもの、と言われていたが、では。


 では、人はそのサルと結婚し子作りをしようとするだろうか。


 否。

 大抵の人間はそんな事を考えたりしない。仮にサルと生活するとしてもそれは家族であったとしてもペット枠だ。

 伴侶だとか恋人として接する、という事はほぼないと言ってもいいだろう。


 では同じサルに該当する種族であるのなら問題ないか、と言われるとだ。


 この世界の獣人は犬獣人同士なら見た目がゴールデンレトリバーっぽい獣人とマルチーズっぽい獣人でも子は産まれるけれど。

 前世でもそうやって雑種だのミックスだのと言われるようなのをかけ合わせたりしていたこともあるけれども。


 流石に前世の世界でも、ゴリラとピグミーマーモセットとをかけ合わせようとはまず考えなかった。サイズに無理がありすぎる。



 こちらの世界で人間と獣人は、なんというかそういう「いや無理じゃろ」と言われるようなものなのだ。

 エミリがなんと言おうとも。

 頑張ったらもしかしたらもしかするかもしれないじゃない! とエミリがどれだけ言おうとも、今のマルエッタなら断言できる。


「いや無理だから」


 ――と。


 前世の記憶を思い出す前までは、エミリの言う事ももしかしたら一理あるのかもしれない、と思っていたが一理もイチミリもない。


 獣人たちからすればそう昔の話でもないし、人間からすれば大昔の話になるけれど、ある時、とある人間からつがいの気配がする、という獣人が現れた。

 ただ、獣人も相手が人間である事でもしかしたら何かの間違いではないのか、と疑ってはいたのだ。すぐさま絶対つがいに違いない! と断じるような事はしなかった。

 それだけなら、万が一という事もあるぞ、と思われていたものの他にもこの人間がつがいなのではないか、と言い出す獣人が現れた。


 一人の人間に複数の獣人がつがいの気配がすると言い出したのである。


 獣人同士であったとしても、つがいはたった一人の運命の相手だ。

 他の誰かがつがいだと言い出すような事はない。あるはずがないのだ。


 それもあって、当時徹底的に調べる流れになったのは言うまでもない。

 つがいかもしれない、と言い出した獣人が全部同じ犬獣人だとか猫獣人だとかであるのならばまだしも、肉食動物タイプの獣人も草食動物タイプの獣人も、実に様々な種の獣人が入り乱れていたので。


 彼らは一様に「なんとなくつがいっぽい気配がする。する、けどなんていうか、ふわっとした感じで」と気配はすれど確証はない、という態度だった。


 当時の研究と調査の結果、原因はとある香水であったことが判明している。


 香水の成分の中に、獣人がつがいだと認識させるらしきフェロモンに近いものがあったらしく、それで誤認した、というのが真相であった。

 もし、その成分がもっと強く含まれていたら。


 もしかしたら本当にこの人こそが自分のつがいだ、と騙される者が現れたかもしれない。


 どっちつかずの成分で複数の獣人たちの感覚を誤認させていたからこそ、その香水をつけた者は命拾いしたとも言える。どれか一つの種類の獣人だけを誤認させていたのなら、そのタイプの獣人たちで一人の人間を巡った争いが起きてもおかしくはなかったのだ。

 ちなみにその香水は当時まだ製品化させる前の、試作品だったからこそ大勢の人間たちが獣人たちを惑わす――ような事にはならなかった。



 結局その香水が世に出る事はなかった。当然だろう。

 動物ごとにつがいを感じ取るフェロモンは異なっていたが、それらフェロモンを感じさせる香水というのは全て禁制品とされた。


 禁制品とされるまでに多少の時間はかかったが、禁制品となるまでは獣人につがいと誤認させるようなフェロモンを有した品を作る事、並びにその品の使用を禁ずる、という程度だった。

 作るのも使うのも禁止、というのと禁制品である、とされるのとでは少しばかり違いがある。


 禁制品となればいかなる事情があろうとも作ったり使ったりした時点で罪であるとされ、その結果がどれだけ悲惨な事になろうとも使用者は厳罰に処される。

 誰かを陥れるために陥れる対象に香水をぶっかけて獣人をけしかける、などという行為であれば、香水をかけられた者も被害者となる。


 禁制品になる以前は、仮に作ったとしても獣人たちに害がないように処分するなりしてしまえば罪に問われる事もなく、使ったとしても獣人がいない場であれば問題ないとされていた。


 だが禁制品になった時点で獣人がいない場で使った場合であっても大罪となってしまったのだ。


 厳しく規制しなければならなくなった理由はというと、まぁ、その香水を更に研究しようという人物がいて、そいつがよりによって実験に手を貸してほしいなどと協力を仰ぐでもなく勝手に獣人を巻き込んだからだ。


 騙される形でその実験に協力させられる形となった獣人は、つがいであるはずの存在が人間であるという事を嘆き何をしたかと言えば。


「来世で会おう。待っているよ」


 そう言って、つがいだと思い込んだ人間を殺したのである。


 ほとんどの獣人は人間よりも長い寿命を持つ。

 故に、その獣人も考えたのだ。

 つがいであるけれど、そのつがいは生まれてくる種族を間違えてしまったのだ、と。

 なら、一度死んでもらって生まれ変われば。

 次こそは、間違えない。


 この事件で死んだのは、研究者だけではなかった。

 美貌に虜となったとある権力者の娘が、その香水を無理を言って入手し、香水を使った上で獣人に言い寄ったのだ。


 そしてそちらでも、同じように生まれてくる種族を間違えてしまったのだな、と判断した獣人が娘を殺すという事件に発展。


 人間サイドからすれば獣人による殺人事件であるけれど、獣人からすれば結ばれるべき相手だがこのままでは結ばれる事もなければ子も生まれないので、あるべき道に正した、という認識。

 わざわざ殺さずとも相手の寿命を待てば、と思われたが、しかしお互いつがいと認識しているのなら。

 愛する人との子を望むのは獣人からすれば当然の事で。

 人間の寿命などどうせすぐなのだから、だったら今死んで生まれ変わる方がいいだろう。

 善は急げ。

 獣人からすればそういう考えだったのである。


 勿論、死んだ人間は本当の意味でのつがいではない。偽物だ。


 故にその後、その獣人たちがつがいと巡り会えたとして、早々に生まれ変わってくれたのだ、と思うか、偽物だったと気づくかは……そのつがいの年齢次第だろうか。


 事件を起こした獣人は罪に問われるか……であるが、先に騙したのは人間の方だ。

 騙したりしなければ、獣人からすれば殺す理由も必要もなかった。

 香水などを使わず騙してもいないのに殺されたというのであれば罪に問えたが、先に手を出したのは人間側。


 当時の権力者たちは他の獣人たちにも聞き取り調査をした。もし目の前にいる人間からつがいの気配がした場合、貴方がとるであろう行動はなんですか? という事件と同じ状況になった場合の事を聞いた結果。

 ほとんどの獣人たちがこう答えた。


 種族を間違って生まれてきたのだから、一度死んでもらって生まれ変わってもう一度出会い直してもらう、と。


 好戦的な獣人から穏便温和な獣人まで、実に様々な獣人たちに聞き取ったが答えはほとんど同じであった。


 獣人たちの中でも平民とあまり変わらぬ身分の者ですらそうだったのだ。

 権力者としての地位にいる獣人などは即答で殺すと言ってのけた。


 ただ、獣人たちとて誰彼構わず人間を殺してまわるというわけではない。

 あくまでもつがいだと思われた相手。

 本来ならば有り得るはずのないそれ。


 つまりは、まぁ。


 誤認させる成分を含んだ香水だとかを使わなければ、勘違いで殺される事はないわけで。


 普通に生きているだけなら人間からそういったつがいかも? といったものは感じられないとも答えられたので。


 その品が禁制品になったのである。

 使わなければ何も問題はない。つまりはそういう事。



 獣人たちは人間から見れば見目麗しい者たちが多いとはいえ、本気でつがいとして結ばれようとするのなら一度死ななければならないとか人間からすれば本末転倒である。

 それならまだただの遊びと割り切って付き合う方がなんぼかマシ。

 いや、そもそも最初から獣人とのお付き合いはしない方がマシなのだけれど。


 前世を思い出す前のマルエッタも、勿論その話は知っていた。

 知っていたから、無理よ、なんて言っていたけれどエミリは諦める様子も何もなく、それどころか今のマルエッタが聞けば無茶苦茶な理論を振りかざして、実現できそうに聞こえなくもない熱弁をふるっていたため。


 前世を思い出す前のマルエッタは、エミリは情熱的ね。なんてどこか呆れながらも、それでももしかしたら本当に奇跡が起きるのかもしれないわ、なんて。


 世間知らずの小娘然としてエミリの話にうんうんと頷いていたのである。


 前世を思い出すまでの自分、ぽやっとしすぎでしょ……! と今のマルエッタは思わず顔を両手で覆ってわっと叫びたくなるくらいには、色々と突っ込みたい部分が多すぎた。

 良く言えばおっとりしていた。悪く言えばぼーっとしている。

 そんなだから、他の娘たちは早々にエミリとは距離を置いていたのに、マルエッタだけがぼんやりして、それでいてお人好しな部分もあったものだからエミリに捕まっていたようなもので。

 マルエッタだってやんわりと距離を置く機会はいくらでもあった。けれども、その機会を今まで気づくことなくスルーしていたのだ。


 前世よりも物騒な世界で、前世以上にぼんやりしていたとかどうかしている。

 いや、肝心な部分ではきちんとしていたから、危機管理意識が若干ズレてただけだと思いたい。


 ただ、流石に今となってはエミリと距離を全力で取るしかない。


 なにせエミリは言っていたのだ。


 いい方法があるの! と。



 今までの話を思い返してみれば、嫌な予感しかしない。

 むしろこの状況でいい予感がするわけがない。


 前世の記憶を思い出した今ならなんとなく思う。

 エミリはもしかしたら、ご禁制の品である香水を何らかの手段で入手して、それを上手く使えばいけると思っているのでは……と。

 禁制品に至るまでの流れだって教わっているはずなのに、それでも一部の人間というのは自分なら大丈夫だとか、失敗したそいつらと自分は違う、自分ならもっとうまくやれる、と思いこんだりだとかする傾向にある。


 前世の記憶を持っていたエミリは、少なくとも前世の方が科学や文明が優れていたと思っているし、ならば自分ならその禁制品をもっとうまく扱えるのだ、と思い込んだとしてもおかしくはない。

 量を調整して使えば、だとかそんなレベルの話ではないと思うのだが。


 もし彼女が前世でとても優秀な存在であった、とかであればまぁ、根拠と自信が備わっていてもおかしくはないが、しかし今までマルエッタに語っていた話を思い返す限りでは、エミリは別に優れた科学者というわけでもなさそうだったし、それ以前に果たして本当に頭がいいかどうかも微妙である。

 教科書に載るレベルの偉人だとか、そういう事もないだろう。



 なので、もし彼女が言ういい方法とやらを試したとしても。

 上手くいくはずがない、とマルエッタは思うわけで。


 エミリが最近言い寄っていた獣人は確か、猫獣人であったけれど。

 しかし猫、と一言でいってもあれは――


「もう手遅れかもしれないわ」


 どうしましょう、と悩みながらもマルエッタはエミリが世話になっている食堂へと向かう。

 エミリの母は幼い頃に病に倒れ亡くなって、父は三年程前に鉱山の崩落事故に巻き込まれ亡くなっている。今エミリの面倒を見ているのは、父の妹である食堂を経営しているおばちゃんであった。


 エミリはちょっと気が強いところもあって、ぼやっとしていたマルエッタから見ればまぁ、自信に満ち溢れた娘、といった感じだった。

 今にして思えば根拠のない自信なので、他の娘たちが遠巻きにした理由もわかるのだが。


 だが、仮に禁制品を手に入れるためだとかであったとしても、世話になっているおばちゃんの手伝いをしていたし、悪い部分ばかりではなかった。

 彼女は彼女なりにイケメンの彼氏をゲットして幸せになりたいと思っていたはずだ。多分。

 正直今後もお友達としてやっていける気はしないが、それでもまぁ、付き合いを完全に断ちたい程エミリの事を嫌っているわけではないのだ、マルエッタとて。


 なのでマルエッタは食堂にたどり着くなりおばちゃんにエミリの居場所を聞いた。


「エミリ? 今日は手伝いもないから、昼前から出かけるって言って出ていったよ。

 なんでもデートに行くとか。あの子にそんな恋人がいたなんて知らなかったけど、でもいてもおかしくない年齢だものねぇ……てっきりマルエッタちゃんとのおでかけを勿体つけてそんな風に言ってるのかとも思ったけど……その様子だと違うようね?」


 あらそれじゃ恋人って誰なのかしらー! とキャー! なんて叫びだしそうなテンションで盛り上がり始めたおばちゃんには悪いが、マルエッタは内心で「終わった……」と嘆くしかなかった。


 それからおばちゃんのテンションが落ち着いたのを見計らって。


「おばちゃん、あのね……」


 マルエッタはとても言いにくそうに言葉を吐き出したのである。



 ――結論から言えば。


 手遅れであった。


 エミリは町から少し離れた湖畔で亡骸となって見つかった。

 一緒に出掛けて行ったのが獣人の青年であった、という目撃情報はあったものの、しかしエミリの荷物から禁制品である香水が発見された事で。

 エミリを殺したのが獣人の青年であったとしても、非は禁制品を使ったであろうエミリにあるとされたため、青年を殺人犯として指名手配などされる事はなかった。

 むしろ禁制品であるはずの品を、一体どのルートで入手したのか。

 捜査はそちらに傾いた。青年の居場所を探そう、とはならなかった。どうせ自分のつがいを探して放浪しているだろうとされたので。


 せめてもう少しだけ早くマルエッタの前世の記憶が蘇っていれば……と思わないでもなかったけれど。


 だが、きっとエミリは何を言っても聞く耳もってはくれなかっただろうとも思うので。


 どっちに転んでもダメだったんだ……と諦めるしかない。

 おばちゃんが泣いて悲しんでいた事に心が痛みはしたものの、今のマルエッタが何を言ったとしても、慰めに見せかけたディスりになりそうな気がしてしまったので、口を噤むしかなかった。

 別に悪く言うつもりはなくても、どうしてもそういう風な内容になってしまう気しかしなかった。



 一見すると無害そうな猫の獣人だった。


 前世を思い出す前のマルエッタは、可愛い系の美形さんだなと思っていた。


 まぁ獣人じゃなくても猫は大体可愛いので、そういうものなんだなとすら思っていた。


 だがしかし前世を思い出した今となっては。


「相手が悪すぎたよ。だってクロアシネコの獣人だもんな……」



 そう呟く以外に、この時点で果たしてマルエッタに何ができただろうか。


 ライオン以上に狩りの成功率が高い猫。

 それが前世を思い出したマルエッタが知るクロアシネコの情報である。


 冗談でもつがいと誤認させたらあかん存在の中でもダントツと言える。


 既にエミリは亡くなってしまったので、マルエッタにできる事は何もない。


 せめて次生まれ変わるなら、その時は本当に誰かしら獣人のつがいになって生まれますように、と祈るのが関の山だった。

 もしご禁制の香水をうっかり使っちゃってつがいかな? と思われても人間側が、

「自分はつがいではありません」と言えば獣人も

「そっかー、種族違うしそうだよねぇ」

 と一応納得はしてくれます。つがいって言い張ると死ぬ。とてもわかりやすい死亡フラグ。


 なお前書きにあるやつはクロアシネコの狩りの成功率です。多分大半の人が知ってるとは思うけど念のため。


 次回短編予告

 悪役令嬢とか政略での婚約とか真実の愛とか異世界恋愛ジャンルにありがちな感じなのに恋愛にならない話。文字数は今回の話より多め。

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― 新着の感想 ―
まぁ正直異種族につがい見つけてやらかす類の世界より平和だなって……
そらまあ子供が出来ない相手なんて本来結婚する意味無いですからね。現代人は生物の在り方を忘れすぎなんだよ。 猫獣人ていうからてっきりアレにはえてるトゲにやられて〜な話かと思ったらもっとストレートにやら…
最近定番のこの番と香水の設定って何かデジャビュるなって思ったら、昔の男性向きエロ小説で定番の催眠香水ですねこれ 一周回って流行が帰ってきた感がある
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