1.7.通路の啓開
ビョーザ回廊が爆破されたという知らせは、まず回廊の警備をしていた陸軍の兵士から、遠話の魔術を使って王都に伝えられた。
そして王都から同様に、遠話でファリーハに。
爆破の音ともに、通路が崩れ落ちたのだという。
幸い内部に人員は残っていなかったようだが、岩石の崩落で魔術紋様への通路が完全に塞がれてしまっていた。
急行する馬車の中で、ファリーハは歯噛みした。
(なぜまたこんなことが……着装者2人を爆殺しようとした犯人もわかってないというのに……!)
犯人、あるいは犯行組織が同じだと仮定すれば、目的は鎧を奪うことなどではなく、旧世界奪還計画の妨害だと考えられた。
(この際だから、仮定するだけなら軍や魔術省以外の候補も考えないと。政府で計画に反対してるのは……主計省くらいか。でも爆破なんてするかなぁ)
主計省とは、王国の財政や税務を司る部門だ。
莫大な出費になる上、収入が保証できないという旧世界奪還計画には反対しており、魔術省の申請した予算にも横槍を入れてくる。
ファリーハの苦手とする省だった。
だが、爆弾を個人めがけて精密に転送するような魔術や、洞窟を崩して通行不能にするような多量の爆薬(あるいは魔術)を準備できるような環境ではない。
(と、なると……やっぱり暴力組織になるのかな?)
保安警察がそうした動きを掴んでいれば王族の誰かがファリーハに教えてくるはずだが、そうしたことは未だにない。
(まさか、王室の誰かも関与している……? しかも1人じゃないとしたら、私に情報が回ってこないのは……私が孤立してるっていう可能性も……!?)
現状の彼女の認識では、それもあり得ないとは言い切れないことだった。
段取りや根回しは慎重にやっていると考えたかったが、彼女とほかの王族との間には温度差があるような気もしてきた。
予定があって動けなかった王族以外は全員、召喚の儀式の場で魔王(の“影”)の脅威を目の当たりにしているはずなのだが、そこで鎧が魔王の“影”を撃破してしまったため、楽観論に傾いた可能性も否定はできない。
あるいは、既に王国に潜入している悪魔による工作――
(……キリがない)
陥ってしまえば、疑心暗鬼には際限がなかった。
考えているうちに、ビョーザ回廊付近へと馬車が到着する。
車内から見た限りでも、入り口がかろうじて原形をとどめている程度。
洞窟の奥の方は、破砕された岩石で完全に埋まってしまっていた。
馬車から降りて眺めると、それはいっそう実感的となる。
「何てことを……」
うめく彼女の後ろから、黒い鎧――プルイナが声をかけた。
女性型の音声を周囲に聞かせないよう、音量を絞っている。
『ファリーハ、我々が瓦礫を撤去しましょう。長く見積もっても、半日もあれば排除できます』
「……頼みます。明日から計画の打ち合わせをする予定でしたが……これはいよいよ、計画を妨害する犯人を突き止めなくてはなりませんね。証拠になりそうなものを集めておくことはできますか?」
白い鎧――エクレルが、プルイナと同様に音量を絞って答える。
『可能だ。動機は不明だが、これ以上我々の邪魔するのであれば、もはや容認できん』
そこに、黒い鎧の中からディゼムがうめく。
「撤去作業自体は構わねえけど、俺らの休憩はちゃんと入れてくれよ……火力測定が終わって、そこから半日も着っぱなしってのは勘弁だ」
『心得ていますよ、ディゼム。食事と小休止の後、撤去を始めましょう』
「でも俺らは、やぶの中で食わなきゃならんか……」
昼食は、街道を走ってくる途中でファリーハが護衛の魔術師たちに確保させていた。
ただ、鎧の中の2人の顔を見られずに食事を取るというのが、屋外では難しかった。
『では、残念ですがパンは諦めて、こちらを食べてみてください』
「んぶ!?」
黒い鎧の兜の内部から、ディゼムの口に筒のようなものが差し込まれた。
一旦吐き出し、尋ねる。
「ンだこれ!?」
『そこから口の中へと、本機の内部で合成した流動食が出てきます。ペーストですが、エネルギーと栄養は十分に配合されています。試しに口で吸い込んで、飲んでみてください』
「何なのその機能!? 何なの!?」
ディゼムは驚くあまりに喚きながらも、言われたとおりにしてみた。
「んぐっ…………なんか、パンの味がする固いクリームって感じだな」
『精一杯がんばりました。おいしいですか?』
「あ、味は悪くねえ……けど何か……すげえ変なもの食ってる気分……まぁ、腹にはたまりそうだけど……」
アケウの方も、エクレルから同様の食事を提供されているようだ。
彼は通信で、ディゼムに感想を伝えてきた。
「すごいよこれ。本当にパンの味がするし、固いクリームだ」
『味や硬さはいろいろ加減できる。次はチキンブロス味でどうだ?』
彼らの会話は外部のファリーハには届いていないので、彼女は不思議そうな顔で鎧たちとその着装者を眺めていた。
(何をして……?)
『食事が終わりました、ファリーハ。魔術師の方々が買ってくれた食事は、あなたたちで食べておいてください。我々は撤去作業に入ります』
「食事……? 食事をしていたのですか……?」
確かに、外から見て分かるものでもない。
彼女は混乱していたが、プルイナが説明したことで、何とか納得してくれたようだった。
ともあれ、王女は手を叩いて、既に現場の検分に当たっていた魔術省の職員たちに告げた。
「皆さん、これから異世界の鎧たちが瓦礫を取り除きます! そこから離れてください!」
洞窟の入り口はあまり整備もされておらず、かろうじて道が残っているだけの森の中にあった。
まずはプルイナが、黒い鎧で森の一角を切り開くようディゼムに指示した。
『私の判断で手のひらを吸着させます。あなたは木を切り倒して、瓦礫を置くスペースを切り開いてください』
「……こんなもんか?」
ディゼムは、手近な木に狙いを定めた。
人間の太ももよりやや太いくらいの太さだ。
その幹を左手で押さえると、手のひらががっちりと表面に吸い付いた。
そして展示会でアケウとエクレルがやっていたような要領で、手刀を作って思い切り、右から左へと薙ぎ払ってみた。
ばつん、と大きな断裂音がしたかと思うと、木が2つに切れていた。
無理矢理にもぎ取られたかのような、荒々しい断面が見える。
『そのまま、落とさないように!』
「あ、あぁ!」
黒い鎧の強靭な機体と、駆動補助の作用だ。
ディゼムは、バランスを取って立っているという状態にあった。
鎧を含めた自分よりも、はるかに重量のある樹木を片手で持ち上げたまま。
支えている左の手のひらの吸着力も、すさまじいはずだ。
プルイナが、更に指示する。
『人のいない方向に向けて倒れるように、手を放す!』
「うぉ……!」
プルイナが吸着を解除すると、軽い地響きを立てて木が倒れ落ちた。
跡には、人間の腰ほどの高さで切られた切り株が残っている。
『次はもっと低いところで切りましょう』
「あぁ……よし」
背後で目を丸くする魔術師たち。
ディゼムはそれに気づくこともなく、次に取り掛かった。
こうして、黒い鎧と白い鎧の力で10分ほどを要したか、王立競技場の半分ほどの面積の森が伐採され、その隅には伐られた木が山になっていた。
白い鎧の手のひら同士をぱんぱんと払いながら、内部でエクレルが言う。
『用地確保はこんなところでいいだろう。あとは瓦礫を積み上げるだけだな』
置き場は形成された。
すでに破砕されている瓦礫を移動させるとなると、更に話が早かった。
魔術師たちを更に遠くへ退避させて、2領の鎧は瓦礫の撤去を始める。
手の平に吸着させて、投げる。
大きすぎるものは、拳や蹴りで再び破砕した。
黒い鎧が瓦礫を洞窟の内部から外へと放り出し、それを受け止めた白い鎧が即席の瓦礫置き場に岩塊を投げていく。
魔術紋様の構築中だった鍾乳洞の中への通路が開かれるまで、1時間とかからなかった。
「まさかここまで早いとは……」
瓦礫の流れ弾が来ない距離まで退避していた馬車の陰で、ファリーハは戦慄していた。
展示会でも重量挙げなどはやっていたが、鎧たちが無造作に巨大な岩塊をやりとりする有様は、遠目にも身の毛が逆立つものがあった。
プルイナが、短く発言する。
『訂正します。半日もかかりませんでした』
終わった作業を間近で見ると、切り開かれた森の跡地に、瓦礫の山が無造作に積み替えられていた。
先ほどまで無残に潰されていた地下道はといえば、今やすっかり広くなっている。
白い鎧のエクレルが近づいてきて、小さく透明な丸い容器をファリーハに渡してきた。
『塗料のかけらだ。お前たちが洞窟の中に描いていたものとは、違う種類の成分が検出された』
「……!」
エクレルから渡された透明な容器は、ガラスにしては軽かった。
内部に入っているという塗料の破片は複数、いずれも暗いオレンジ色をしている。
ファリーハの見立てでは、発破に使う種類に似ているように思えた。
(まさか、これで誰かが爆発の魔術を発動させて……洞窟を爆破した……!?)
『我々にはその魔術紋様というものは専門外だ。お前たちが分析した方がいいだろう』
「わかりました。ありがとうございます」
そこに、鍾乳洞のあった方角から、黒い鎧が歩いてくる。
『残念ですが、描画中だった転移の紋様も、爆薬に類するものを設置されていたようです。大きく破損していました。また、崩落の危険がないわけではありません。天井を補強するべきでしょう』
黒い鎧に案内されて、ファリーハは鍾乳洞だった場所に出た。
恐らく夜間、かなり念入りに爆破されたのだろう、空間全体が一回り以上広くなっていた。
彼女は肩を落としつつも、死者が出なかったことを思い出して安堵した。
「また描けばよいのです。あなた方がいて本当によかった。もちろん、中の人も含めて。みんな、ありがとうございました」
鎧の目の部分を通して、ファリーハは内部の二人も労う。
この場で兜を脱がせてそれができないことが、責任者として歯がゆかった。




