4.12.魔王の影
保護セルの再製造が完了したことで、ディゼムたちはいつでも出発が可能になった。
だが、彼らは一度、別の場所へと集合していた。
悪魔フェゾムが潜んでいた、十二角柱型の地下室だ。
ホウセが魔術で上部を破壊したため、今は地下室ではなく、縦穴といった方がふさわしいか。
ディゼムとアケウは、それぞれの鎧をまとったまま、その穴の縁に立って警戒していた。
穴の中には、ファリーハとホウセが入り込み、内部を検めている。
十二面ある壁には、窓が埋め込まれていた。
ホウセによれば、窓枠を開くと、その向こうには土の地層ではなく、思い描いた相手の現状が映るのだという。
悪魔フェゾムは己の魔術とこの魔宝を併用することで戦場を見通し、同胞の悪魔たちに予知めいた知らせを与えていたらしい。
ファリーハはホウセの言う通り、身近な相手を思い浮かべながら窓の一つを開き、覗いていた。
まず、自分の母親――インヘリト王国の太子妃について。
彼女は夫――つまりファリーハの父親であるインヘリト王国の太子とともに、慰問をしているようだった。
そして、母親が具体的にどこにいるのかという点についても、窓を通せば脳裏に直観が閃いた。
(ビョーザ回廊の近くの、避難民用の臨時キャンプ……?)
他にも祖父や魔術大臣、学生時代の友人など、思い浮かぶ限りを覗いてみたが、効果は本当らしいと思えるものだった。
姿が見える。どこにいて、何をしているのかまでが分かる。
中には、用足しの途中の者までいた。
「すごい……本当に何でも、見たいと思った相手の現状が見られるようですね」
ファリーハは、眼鏡の位置を直しながら驚嘆した。
そして、戦慄する。
「恐るべき道具……ですが」
「まぁ、トイレの最中を見られる恐ろしさは否定しないけども」
ホウセが、そんなことをつぶやく。
ともあれ、これで一つ、可能性が浮上した。
「この遠見の窓ならば、魔王の居場所を……!」
ホウセでも、ファリーハでも効果を確認できた。
ならば、魔王(の影)を直接目撃し、至近距離でも戦闘をしているディゼムか、アケウがこの窓を、覗いたならば。
ファリーハは穴の上に向かって、手を振った。
「アケウー! すみませんが、試してみたいことがありますので、こちらに降りてきてくださーい!」
「分かりました、お気をつけて。失礼します!」
白い鎧が、スラスターを柔らかく噴かせ、十二角柱の穴の底へと着地する。
ファリーハは、窓の概要をアケウへと説明した。
「なので、兜を外して、あなたが出会った魔王のことを思い浮かべながら、いずれかの窓を覗いてみてください。
魔眼を持つあなたなら、より強い効果が期待できることと思います」
「はい、それでは」
アケウは兜を外し、手近にあった窓を覗いた。
そして、以前まみえた魔王の姿と、脅威を思い浮かべた。
窓に浮かび上がる、金色の美貌。
輝く髪に、きらめく飾り装束、光る尻尾。
彼はそれを見て、感嘆した。
「確かに……あの時の魔王だ……!」
『不思議な効果だな。お前が窓の向こうに見ているものが、当機にも観測できるぞ』
「ていうか……!」
そうだ。
その窓を見れば、思い浮かべた相手が今、何をしているのかが分かる。
そして、居場所も。
アケウは即座に兜を被り、通信を入れた。
通信は黒い鎧を通してディゼム、首元の通信機でファリーハとホウセに届く。
「みんな! 魔王が近くにいる!!」
マフの上空で悪魔たちの動きを警戒していた、2機のドローン。
彼らは指揮官を失い生き残った悪魔たちの動きを注視していた。
悪魔たちは当初、マフから退いて南方へと向かうかのように見えた。
だが突然、それが変わった。
悪魔たちは次々と、再びマフに向かい、まとまって進む陣形を取りつつあった。
まるで、新たな指導者に率いられるかのように。
そう。
悪魔たちの上空に、星が輝いていた。
それは高度を落とし、地上へとやってくる。
下がり始めた太陽の輝きに劣らぬ金色の明星が、空中に輝いていた。
それが、魔王ワーウヤード――正確には、その影であった。
(鎧を討ち取って首でも持ち帰れば、ヌンハーも反省して、余を褒めざるを得まい……!)
“影”を操りながら、彼女はそんな事を考えていた。
遠く離れた地の、玉座の中で。
輝く彼女の姿は、空中に残っていたドローンも観測していた。
アケウが魔宝の窓からそれを見つけたのと、ほぼ同時のことだった。
『急いで保護セルに乗れ、ファリーハ!』
「は、はい!」
白い鎧が王女を抱え上げ、十二角柱の穴の底から飛び出す。
ホウセも同様に穴を出て、二階建ての家屋の屋上に飛び乗った。
「あそこだ……!」
ひと目見て、分かる。
天の星が、慈悲深くも地上へと降りてくるかのようだ。
だがその正体は、魔王。
その影とはいえ、魔王。
150年前に地上から人類を一掃し、わずかな生き残りをここ、マフに集め、資源として飼育していた種族の王なのだ。
そしてその真下には、多数の悪魔たち。
ホウセもディゼムたちから、魔王の“影”の力については聞き及んでいた。
(今のディゼムたちが相手をするのはまずい……!)
プルイナが、真紅の鎧に通信で呼びかける。
『ホウセ、保護セルは我々が保持します! あなたは護衛を!』
「わかった!」
ファリーハが一人用の収容ポッドへと入ると、蓋は自動で閉鎖した。
それを両側から手の平の吸着で抱え上げた黒い鎧と、白い鎧。
2領の鎧は速やかに離陸し、トラルタのあるという方角へと進路を取った。
ホウセもその後へと続き――そこに異変が起きる。
「――!?」
彼らは全員、空中にある不可視の壁へと衝突していた。
鎧たちは体勢を崩し、保護セルも傾く。
「やべっ!」
「殿下!」
二人は素早く姿勢を回復させて、保護セルを無事に着地させた。
保護セルが再び、降着脚を伸ばす。
空中を見上げ、ディゼムは苛立った。
「何なんだよ……!?」
『不明です。音響あり。組成不明の、不可視の障害物と推測します』
「っていうか魔王がそこまで来て――」
『もうそこにいます』
「――!?」
鎧たちがバイザーの内部で指し示した方向を見ると、そこには。
戦慄しつつも、二人は保護セルを庇い、地面へと降着させた。
ディゼムはプルイナに、文句を付ける。
「早く言えよ……!」
『紋様なしで転移の魔術らしき移動手段が使えるようです。早期警告は困難です』
金色の美女が、マフの地に足を付きながら笑う。
「くくく……知らなかったようだな。家畜を飼う場所に、家畜を逃さぬようにする仕組みがあるのは当然であろうが?」
『その家畜とやらは、既に転移で全員逃した後だがな』
エクレルが、通信で繋がっている者にだけ聞こえる音声で、そうつぶやいた。
危機的状況だった。
鎧の損傷は大きく、すぐに回復するようなものでもない。
黒い鎧に、ディゼムは訊く。
「プルイナ、あの見えない壁、転移の紋様で抜けられねえのか……!?」
『不明です。試す必要がありますが、それよりまず、目の前の魔王らしき何者かに対処する方が先決です』
「ていうか、あいつは本物の魔王なのか? それとも前にインヘリトに来た、“影”ってやつなのか」
『それも不明です』
ディゼムの疑問を余所に、迫りくる彼女は輝き、語り続ける。
「前回は世話になったな。余の“影”を不意打ちで消し飛ばしてくれよってからに……しかもマフから人間たちを残らず逃したな。
全死に値するぞ。特にそちらの、白い鎧めが。まずはお前から――」
魔王は細いあごを振って、白い鎧を憎々しげに指し示す。
そして、跳躍。
「――その血を啜り尽くしてやろう!」
「っ!!」
光のごとき勢いで飛びかかってきた輝きを、真紅の鎧が槍で受け止めた。
「ホウセ!」
「二人とも限界でしょ! 私がこいつの、相手になる!
あなたたちはファリーハと、この障壁をどうにかする方法を探して!」
魔王とにらみ合いながら、ホウセ。
「わかった!」
「ほら、姫様! 足元、危ねえから」
言われた通り、白い鎧と黒い鎧は保護セルから王女を引っ張り出して、その場を離脱した。
それを見て、黄金の髪がざわざわとうごめく。
「反逆者が作ったとかいう赤い鎧が相手か。いいだろう。その魔宝も解体し、お前もろとも、余の産まれる糧としてやる!」
「やれるもんなら、やってみろッ!!」
殺到する黄金の髪を、一息に槍で弾く。
真紅の鎧が、ホウセの胸中へと強烈なざわめきを伝えてきていた。
(こいつ、ヤバい……!)
恐らく、ディゼムたちから聞いてた魔王の“影”よりも、相当に強い。
槍を構え直して、彼女は敵を迎え撃った。
魔王――あるいはその“影”――から逃走中の、黒い鎧と白い鎧。
彼らは魔王の“影”から離れ、マフの東部外縁へと移動していた。
ディゼムが、黒い鎧に尋ねる。
「で、具体的にはどうするんだ、障壁を解く方法って」
『魔術紋様で転移が可能であれば、そうします』
黒い鎧が、足元の地面に魔術紋様を描く。
ディゼムには判らなかったが、短距離転移の紋様だ。
最後の一画を結ぶと、魔術紋様が輝いた。
「…………」
だが、その真上にいる黒い鎧はどこにも動いていない。
紋様の力自体は発動したようで、塗料がかすれかけていた。
プルイナが、見解を述べる。
『紋様の描画に間違いはありません。恐らくこの見えない障壁には、インヘリト王国の外縁に設置されているという、転移妨害の紋様に近い効果があるのでしょう』
「なら、壊すとか」
『それを試みます。エクスプローシヴ・バレット、行使』
黒い鎧の指先から、破砕弾が発射され、空中で弾けた。
着弾箇所が一瞬、虹のような色の閃光を発するのが見えた。
『更に、連続行使』
黒い鎧はなおも破砕弾を連射するが、全て見えない障壁に当たって爆発する。
『貫通、認められず。ディゼム、ガンマ・ガンは損傷で使用不能です。本機の命名した魔拳を使ってください』
「お前が命名したって下り、そんなに大事か?」
『あなたの視界には、障壁の位置を見やすく表示します』
プルイナがそう言うと、ディゼムの視界に壁が出現した。
グリッドパターンで構成された、仮の状態だ。
それに当たるように、拳を放てということらしい。
「そんなら――おりゃあッ!」
右の拳に意識を集中し、スラスターの推力を併せて打ち放つ。
だが渾身の魔拳は、爆発的に弾かれた。
「げ、嘘だろ……!?」
ディゼムは愕然としつつもスラスターで姿勢を立て直し、着地する。
プルイナが、見解を述べた。
『衝突時に発生する閃光の位置からの推測ですが、自らある程度変形して、衝撃を吸収する機能もあるようですね』
「……次はどうする?」
『地面に穴を掘ります』
そう言うとプルイナは、再び黒い鎧から破砕弾を連射した。
ただし標的は見えない壁ではなく、その下の地面だ。
連射しながら、彼女は解説する。
『障壁が及ぶ範囲が地上部分だけだと仮定すると、地面より下を掘削することで、障壁が及んでいない範囲をくぐることができるかも知れません』
舞い上がった土煙がそよ風に流されていく。
破砕弾の連射で抉られたその跡には、非常に平坦な垂直の断面が見えた。
鋭利な刃物ですっぱりと切り出したようだ。
もちろん、破砕弾でそのような破壊痕になるはずがない。
黒い鎧がそこに追加を撃ち込むと、弾は見えない障壁に弾かれる。
『やはり地中にも障壁が連続しているようです。これ以上の掘削は現実的ではありません』
「じゃあどうすんだ……?」
『二手に分かれます』
プルイナが黒い鎧のスラスターを噴かせ、北へと転進させる。
一方で白い鎧から、エクレルが音声を発する。
『我々は南に行く。ファリーハ、もう少しこのまま我慢してくれ』
「はい!」
王女がうなづく声を耳元に聞きながら、アケウは鎧に尋ねた。
「で、この次は……」
『壁が見えないなら、着色してやればいい』
白い鎧が左手を空中へと向けて、そこからペイント弾を連射した。
射出された弾は空中で見えない壁とぶつかり、破裂する。
蛍光色の粉が、花を咲かせていった。
ペイント弾を撃ち続けながら走る鎧、空中で弾けるインク。
インクは空中に残り続けることこそ無かったが、明らかに障壁を可視化していた。
ドローンたちも着弾位置を正確に記録し、鎧たちに送信し続けていた。
逆方向で同じことをしていた、プルイナが通信を発する。
『ペイント弾の破裂した位置からして、やはり障壁は半球状の空間を覆う、ドームのような形状と推測できます』
そこにエクレルが、結論を付け加える。
『ならば、その半球の中心部に、魔術の源か、障壁を発生させる機材などがあってもおかしくはない』
「それを壊せばいいってことだよね?」
『選択肢の一つではある』
問いに答えるエクレルに、アケウは再度尋ねた。
「今なら街は無人だ。ガンマ・ガンでここから撃っても」
『当機も、左右ともに穴だらけで使用不能だ』
「上手く行かないな……!」
『そうとも限らん。バリアの中心の位置はおおよその検討がついたぞ。そこに向かえ』
「よし……!」
『とはいえ、魔王の引き連れてきた悪魔がうようよしている。注意しろ』
「殿下、しっかりおつかまりください!」
「ええ!」
ファリーハが白い鎧の首筋を抱える手に、力を込める。
損傷だらけの鎧は見えない障壁に注意しつつ、空中高く跳んだ。




