4.10.真紅の稲妻
ホウセとファリーハがエリカレスの遺産を読み解いている頃。
別働隊の悪魔たちは司令を受けて、彼女たちの位置を特定していた。
ウサギのような悪魔、ヴディは、今度は10人ほどの魔の戦士たちを従えていた。
大した戦闘力もない働き悪魔ではない、魔術を扱う悪魔たちだ。
そこにフェゾムからの、音ではない声が届く。
「そこだ、その家だ。打ち壊してしまえ、“平穏”のヴディ」
「わかった、魔の戦士フェゾム」
悪魔同士であっても、互いについての印象の良し悪しというものはあった。
ヴディはフェゾムのことが気に入らなかった。
魔術も確立した自我も持つ、歴とした魔の戦士である自分を、彼はこき使っている。
昔からマフの人間たちに平穏の魔術を施しているのも、ヴディなのだ。
ヴディの精神魔術は効果が長く、10年単位で効果を保つ。
おかげで、人間たちが反抗することもなく、資源として活用できるのだ。
彼は縁の下の力持ち、魔王軍の功労者といっていい。
それなのに、あのトゲトゲ野郎と来たら!
ヴディはフェゾムと“声”が繋がっていないことを確認してから、悪態をついた。
「あー、ちくしょうが! ここだ、やっちまえ! 魔の戦士たち!!」
自分も割と他の魔の戦士たちをこき使っているのは、棚に上げて。
悪魔たちは標的のいる家屋に、一斉に魔術を放った。
「閃光よ、焼き尽くせ!」
「爆炎よ、打ち砕け!」
「紫電よ、食い破れ!」
魔術の威力が殺到し、両隣と裏手の三軒もろとも、目標の家屋が吹き飛ぶ。
「風よ、吹き流せ!」
別の悪魔が、残骸と爆煙を風の魔術で押しやると、そこには。
「げぇ!」
人間の娘が、二人。
後頭部で銀髪を縛った眼鏡の娘と、赤いマフラーをまとった黒髪の娘。
黒髪の方が、魔術で防御したのだ。
あれだけの量の集中攻撃を、いともたやすく。
赤いマフラーの娘は、更に呪文を唱えた。
「赤縫変異!!」
マフラーが大きく変形し、彼女の身体へとまとわりつく。
鋭く凝固して、きらめく鎧となる。
そしてその篭手の先、五指の先端が鋭い鉤爪となって振り回された。
「かわせ、ヴディ!」
フェゾムからの、音ではない声を聞き、ヴディは死ぬ気で伏せた。
彼以外の悪魔たちは、全てバラバラに切り裂かれ、死んでしまった。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
“平穏”のヴディは、ウサギのように跳ねて、その場から逃げた。
周囲にはまだ、魔術の攻撃による焦げ臭さが漂っている。
ファリーハは、鎧の強化を果たしたホウセに尋ねた。
「ありがとうございます。追わなくていいのですか?」
「いいよ。逃げるんなら追わない。それよりも、さ」
彼女は真紅の鎧の中から、ファリーハに答える。
ファリーハも、図面を持つ手に力を込めた。
計画はできていた。
後は、実行するだけだ。
「ええ。頼みます、ホウセ。プルイナのドローンとも合流できましたし、私は彼女たちと協力して、エリカレスの遺したこちらの図面を完成させます!」
『すまんが、戦闘は任せる』
「こっちこそ、頼んだよ!」
彼女は焼け焦げた土を蹴って、飛翔した。
もはや、槍にまたがる必要はなかった。
今の真紅の鎧には、それ自体に推力を発生させる魔術が内蔵されている。
黒い鎧や白い鎧のように、大気を蹴って飛ぶことができるのだ。
(軽い! 前よりも、もっと!!)
以前より、装甲の輝きも増したかもしれない。
まだ太陽が高い時間帯だ。
真紅の鎧はその光をきらきらと反射して、悪魔たちに向かって飛んでいった。
一方、四人の悪魔たちと戦う、ディゼムとアケウ。
「エクス・なんたらッ!」
ディゼムが黒い鎧から、破砕弾を放つ。
だが、弾丸は回避された。
くねくねと器用に低空を飛ぶ、大蛇の悪魔に当たらない。
「クソ、マジでどうなってんだこいつら……!」
死角から攻撃したにも関わらず、かわされる。
あるいは、的確な防御でダメージを軽減される。
それを分析して、プルイナが言及する。
『やはり何らかの魔術的なシステムで、未来予知に近いことをしているのでしょう。それがある限り、今の我々では――ディゼム、回避を!』
「ッ!?」
いつの間にか頭上へと跳躍していた剛腕の悪魔が、組み合わせた手を振り下ろしてきた。
最小限の動きで何とかかわすも、即座に裏拳を喰らって吹き飛ばされる。
「未来予知なんざ、どうしようもねえじゃねえかよ!」
推定7000トンの質量の打撃を受けて、黒い鎧は家屋を4つほども貫通した。
またも巻き添えの被害が出た。
鎧本体も、度重なる攻撃で装甲には複数の亀裂が生じ、防御が低下している。
アケウとエクレルの白い鎧も、射手と獣の悪魔を相手に苦戦しているようだった。
射手に何度も矢を当てられており、内部のアケウの肉体が気がかりなほどの損傷を受けている。
そして、黒い鎧も白い鎧も、どちらも周辺への巻き添えを防げていない。
さすがに付近の住民たちは避難し始めているが、動きが緩慢だ。
ディゼムは苛立ち、のろのろとその場を去ろうとしている人々を罵った。
「おい早く逃げろ! 逃げろっつってんだろうが!」
『ディゼム、この状況で避難誘導は無謀です。住民にも何らかの魔術や、薬物投与などが行われている可能性が高い』
「この、悪魔がよぉ……!!」
ディゼムは形勢の不利に、悪態をついた。
「他人の心配をしている場合か、黒い鎧の人間よ!」
ゆっくりと近づいてきた剛腕の悪魔が、ディゼムへと語りかける。
「そもそも、なぜ抵抗する。なぜ戦いを諦めない。150年前の人間たちは、我らに勝てないことを悟って、逃げたぞ」
「あぁ……? 150年も経って、気が変わったんだよ!」
ディゼムは言い返しつつ、立ち上がる。
悪魔は腕を下ろしたまま、彼に説いた。
「諦めろ。人間は我らが飼い、養っていく生き物となった。無理に抗って滅びるよりは、同胞を資源として献上しつつ、種族全体として生き永らえる方が、幸福というものだ」
「るせぇ! ンなもん、認められっか!!」
『あなたがた悪魔は、マフの人々に死病が流行っているのを放置していました。あなた方の支配は、人類にとっての幸福にはなりえません』
プルイナがディゼムに同調すると、悪魔は興味深げに声を上げた。
「何だ? 今の声は鎧か? 面白い魔宝だが……」
そこまで言いかけて、悪魔は何やら、声の調子を変えた。
「……うるさい、私はお前の働き悪魔ではない!」
(何だ……? 遠話で、誰かと話してやがるのか?)
ディゼムが疑問を感じていると、悪魔はその、胴より太い両腕を引き絞った。
「……ふん。抵抗を止めないなら、中身ごと叩き潰す」
「やってみやがれッ!」
言われたとおり、剛腕の悪魔が、ディゼムに向かって拳を放つ。
「ッ!!」
カウンターで魔拳を当てようと試みるが、衝突の直前、悪魔は足で跳ねた。
結果、拳ではなく、姿勢を変えた蹴りが飛んでくる。
その一撃をまともに頭部へと受けてしまい、黒い鎧はまたも吹き飛んだ。
スラスターで姿勢を立て直しながら、プルイナが警告する。
『危険です。次に同じ規模の攻撃を受ければ、首が吹き飛ばされます』
「物理的にかよ……この!」
そこへ突撃してくる大蛇の悪魔の攻撃を回避し、スラスターを更に噴かせると。
「――!?」
一瞬、悪魔たちの動きが鈍った。
まるで、ほんのわずかの間だけ、次の動作を忘れたかのようだ。
だが、すぐに攻撃が再開された。
剛腕の悪魔と大蛇の悪魔の連携をかわしながら、ディゼムは訝った。
「……何なんだ!?」
すると、またも敵は動きを鈍らせた。
(敵に、何かがあった……?)
『エクスプローシヴ・バレット、行使!』
ディゼムが動揺していると、プルイナが鎧を強制的に動かし、指先から破砕弾を発射した。
「グォッ!?」
「当たった!?」
驚嘆するディゼム。
今までは、先を読んだように回避されていた。
それが、当たる。
プルイナが、白い鎧、およびホウセ、ファリーハの首元の通信機との回線を開いた。
『全員、聞いてください! 敵を攻略するヒントが見つかりました』
「ヒントだけかよ!」
ディゼムがうめくも、プルイナは意に介さない。
彼女はディゼムが敵の攻撃を回避するのを手助けしながら、ホウセに呼びかけた。
『ホウセ、聞こえますか?』
「いま向かってる!」
『こちらは問題ありません。それより、地下の悪魔を探してください』
「地下?」
『ドローンを介して話は聞いていました。その鎧には、悪魔の気配を察知する機能があるはず。それで、マフの中心付近を探ってみてください』
「わかった! て、あれ?」
ホウセが返事をした途端、彼女は真紅の鎧から強いざわめきを感じ取った。
悪魔がどこにいるのか、以前より詳細にわかる。感度が上がっているのだ。
悪魔が多数いても、何人集まっているのか。
それぞれの位置が、以前より鮮明に理解できた。分解能が上がっているのだ。
足元に広がる夜空の、きらめく星の一つ一つを見ているような感覚だ。
「わかる……!」
感覚が研ぎ澄まされるとは、こうした気持ちなのだろうか?
マフとその周辺にいる悪魔の位置が、全て、手に取るように分かる。
(マフの周りにいたたくさんの悪魔が……すごい勢いで集まってきてる。
私たちを目指してるわけじゃない……どこに?)
だがそれも、すぐに分かった。
(マフの中心に向かってるんだ。中心には――地下には!)
マフの中心の地下に、ひときわ大きな気配があった。
だが、動いていない。
否、正確には、そわそわとせわしなく、その場でうごめいている。
「そこか!」
自然と身体が動き、彼女は真紅の鎧をマフの中心へと飛行させた。
あたかも、真紅の稲妻のごとく。
それを阻止しようと、悪魔たちが動く。
しかし。
「バインドなんたらッ!」
大蛇の悪魔――嵐龍のソンカーに、黒い鎧からの粘着繊維弾が直撃した。
更に黒い鎧は、その尻尾に組み付き、スラスターを全開にして振り回した。
「ぅおりゃああッ!!」
嵐龍のソンカーはその勢いのまま、剛腕の悪魔――剛拳のプグナンへと叩きつけられた。
粘着繊維まみれになった細長い身体が、巌のような悪魔に巻き付き、離れなくなる。
悪魔たちは互いに、身動きが取れない。
『今です!』
「――!」
黒い鎧の右拳に、魔力を集中させる。
彼の血液から、神経、骨、筋肉。
そして鎧の多機能接触層、中間緩衝層、超重元素複合系の外部装甲へと、それはみなぎっていった。
充満しきった力に、肘、肩、背後、脚のスラスターを連動させて突撃する。
魔拳はプグナンとソンカーに衝突し、粉々に打ち砕いた。
それを見て、訝るディゼム。
「何でか知らんが、急に動きが疎かになりやがったな……」
『ディゼム、なおも他の悪魔たちがホウセに接近中です。防いでください』
「おう!」
黒い鎧は、マフの外から中心へ迫りつつあった悪魔たちの群れへと向かう。
真紅の鎧を狙おうと魔宝の弓矢の狙いを定めていた射手の悪魔――魔弾のフライシュは、
「させるかッ!」
「ご――!?」
スラスターの最大出力の乗った、白い鎧の飛び蹴りで吹き飛んだ。
アケウは更に、高速で家の屋根を蹴って疾走する、獣のような悪魔――雷獣のチミスタへと狙いを定めた。
空中で静止しているホウセを狙おうと、動きが直線状になっている。
足元の瓦礫を拾い、狙いを定めて――白い鎧の最大出力で、投げる!
「ていッ!」
「ぎゃあッ!?」
瓦礫は高速でチミスタの頭部にヒットし、破砕しないまでも転倒させた。
アケウはエクレルに尋ねた。
「エクレル、マフの中心っていうのはどっち?」
『ここだ』
彼女が白い鎧の兜のディスプレイに、方向を表示する。
アケウはそちらを向くと、兜を脱いだ。
『それは危険だ、推奨しない』
「わかってる。ありがとう」
他の全てを忘れ、エクレルの指し示した方向を凝視する。
「…………!」
魔眼の力が発動していた。
家や建物が透けて見え、土壌や地層すら見通す、アケウの魔術的能力だ。
その視線が、地下の空洞を捉える。
「!」
角柱状の垂直な空洞だ。
その中に、何かがいた。
魔眼の限界か、詳細はうかがえない。
アケウは再び兜を被り、ホウセに通信を入れた。
「ホウセ、間違いない。マフの中心の真下に、何かがいる。まぁ、十中八九は悪魔だろうけど」
「わかった、ありがと」
ホウセはマフの中心――地下の悪魔の気配の、ほぼ真上に来ていた。
そこは、朽ち果てた遊具が残骸を晒す、無人の公園だった。
「やめろ!」
自分ではない誰かが、そう叫ぶ。
ホウセはそれを無視した。
直下の気配はなおも、ざわざわとうごめいている。
迫りくる悪魔たちは、ディゼムたちが食い止めていた。
「やめろ!!」
もう、誰の声なのかは分かっていた。
なおも無視して魔術を念じ、呪文を唱える。
「やめろっ!!!」
「高く、吹き飛べ!」
ホウセが魔術を開放すると、公園の土砂が空中へと、爆発的に舞い上がった。
吹き飛んだ土砂の中には瓦礫が混じっている。
地中に、何か人工の構造があったのだ。
そして、土砂が吹き飛んだ跡には、大きな穴が開いていた。
穴の底には、悪魔がいた。
「お、おのれ……!」
直剣が放射状に寄り集まって出来たような形態の、悪魔。
洞観の悪魔、フェゾム。
ホウセは通信機を起動し、プルイナに報告した。
「プルイナ。見つけたよ、悪魔」




