4.6.洞観の悪魔
ホウセはそこで、説明を中断した。
約束通り、事前にアケウやファリーハ、ディゼムの来歴を聞いた後でのことだ。
少々話し疲れて、ホウセはため息をついた。
「ついでに説明したけど、残りの国についてはそんなとこかな」
「思っていたより少ないですね……」
ファリーハが感想を口にすると、ホウセは頭の後ろで手を組む。
「跡地ならいっぱいあったんだけどね……ていうか、どこもクセがあるよ。トラルタはインヘリトに比べたら全然まとまってないし、ネッキーたちに恨まれてる。メイエはそもそも物理的に協力ができない。ウィッシェルにいたっては地上の人間も悪魔も一緒くたに見下してるんだから、正直な話、生き残った人類同士で同盟を結んで悪魔に立ち向かうなんて無理っぽい気がするんだけど……ふう」
作業机の上に手を組み、彼女は突っ伏した。
そこに、今度はディゼムが尋ねる。
「ていうか、お前の……育ての親ってやつなんだよな? その、エリカレスって悪魔は」
「そうだよ。引いた?」
やや投げやりに訊き返す、ホウセ。
ディゼムは視線を落として、言葉を濁した。
「いや、引くっていうか、新しい話が多すぎて何から考えりゃいいか分からねえっつうか……」
「疑らないでくれるだけで嬉しいよ」
ホウセは頭を上げることなく、目線だけをディゼムに向ける。
彼は何となく気後れして、うなづいた。
「……おう」
「しかし、恐るべき事実です」
ファリーハが、深刻な顔つきで話題を変えた。
「悪魔が、人間を資源にするために家畜化している。それが本当なら、その地を悪魔から解放しなくてはなりません。そのマフという都市は、どこにあるのですか?」
『我々もできる限り協力します』
『人道上の観点からも、看過できん』
プルイナとエクレルも、同調した。
ホウセはのろのろと机から上体を起こし、反論する。
「どうやって? 転移でインヘリトに逃がす? 私が子供の頃の流行病でずいぶん死んだって聞くけど、それでも2万人はいると思うんだよね。“戦士”は少ないけど、悪魔も5000はいる。人間と悪魔がいる街で、人間を守りながら悪魔だけを殺して、街を奪える?
人間は魔術をかけられてるから非協力的だろうし、周りの土地はみんな悪魔のものだから、人間が異世界の鎧を使って襲ってきたと知ったら、さっきみたいな大軍がやってくるよ」
「……厳しいですね」
ファリーハが、肩を落とす。
エクレルが、ドローンの送ってきた映像を土壁に投影した。
『ドローンのカメラに、マフと思われる街が見えるな。見通しの良い平原に囲まれている。攻撃だけなら問題ないが、確かに転移による救出作戦を立案するには、あまりに手が足りない』
アールヴィルでは、多数のアールヴたちが転移作業に協力してくれていた。
それが期待できないならば、マフから悪魔だけを殺し尽くす必要があるだろう。
住民に被害を出さずにそれを実行できる可能性は、極めて低い。
そこに、プルイナが報告してきた。
『ドローンが接近する悪魔を捉えています。距離約10キロメートル』
ディゼムはそれを聞き、提案した。
「……そろそろか。アールヴィルからは十分に引き離したわけだし……俺らは次の、トラルタってとこに行った方が無難か?」
「マフの人たちを解放したいけど……今はまだ無理か」
腕を組んで、うなるアケウ。
すると、彼らのいる地下工房全体を、振動が襲った。
「何だ……!?」
全員が、周囲を見回す。
周囲の土壁や天井が、目に見える速度で接近していた。
プルイナが、分析する。
『この地下室全体が、内側に向かって収縮しています。恐らく魔術の作用です』
「速やかに、止まれ!」
ホウセが魔術を発動し、迫りくる土壁に対抗した。
だが、すぐに問題が明らかになる。
「く、やばい! 複数の悪魔が協力してる! 私一人じゃ止められない!」
『緊急着装!』
鎧たちはそれぞれの着装者へと強制的にまとわりつき、鎧を動かした。
ディゼムとアケウは、久しぶりに強制的に体を動かされる感覚に、狼狽する。
「お、おいプルイナ!?」
「どうしたんだ、エクレル!」
『説明している時間がありません。身体を楽にしていてください』
『全員、部屋の中央に集まれ!』
彼らの動揺をよそに、鎧たちは機体を高速で動かし、地下工房を駆け巡った。
作業机を押しのけ、指先の多目的射出孔からインクを噴き出し、石畳に魔術紋様を描いていく。
ファリーハとホウセは、指示通りに中央へと集まっていた。
土壁は補強の木材を弾き飛ばし、作業机を押し返しながら中央へと迫る。
『――!』
『転移する!』
エクレルが、床の石畳に描かれた魔術紋様に、最後の1画を書き加える。
内部を押し潰そうと圧縮されていた地下空間から、一行は転移した。
転移で地下工房の上空へと逃れた彼らが見たのは、離れた森の向こうであがる土柱だ。
ホウセが叫ぶ。
「工房が……!」
「クソ、悪魔が接近してやがったのか!?」
スラスター推力で高度を維持しながら、ディゼムがうめく。
黒い鎧から、プルイナが分析した。
『ごめんなさい。透明になる魔術を使う悪魔が複数、飛ぶ悪魔たちを囮に接近していたようです』
「ていうか、工房の位置がバレてた……!? 偽装は完璧だったのに!」
真紅の槍にまたがりつつ、ホウセが青ざめる。
だが直後、
「固く、守れ!」
彼女は呪文を唱え、一行の下方へと魔力の障壁を張り巡らせた。
森の中から飛来した火球や電撃が、それに当たって弾き返される。
『熱源反応あり。森の中に悪魔、多数。可視光では視認できません』
「隠れ身の衣か……!」
舌打ちをして、ホウセはディゼムたちに要請した。
「ファリーハを預かる! 周りの奴らを蹴散らして!」
「っ、頼むよ!」
アケウは白い鎧から、真紅の鎧へとファリーハを預けた。
増加兵装と保護セルは、潰れた地下工房に放棄してしまっている。
鎧の高速機動からファリーハを保護する手段がないのだ。
ディゼムとアケウは森に降下して、鎧の各種センサーで隠れている敵を見つけ出す。
「オラッ!」「エクスプローシヴ・バレット!」」
魔拳で吹き飛び、破砕弾で駆逐されていく悪魔たち。
幸い、アールヴィルで戦った悪魔ヒュメノのような高度な隠蔽ではなかった。
ホウセが“隠れ身の衣”と言っていたが、視覚的に透明になれるマントのようなものを被っているだけらしい。
周囲の状況を確認したプルイナが、通信でホウセに呼びかける。
『ホウセ、周囲の敵は排除しました。高度を下げてください』
「了解」
『帰還したドローンを収容します』
『残った2機も限界が近い。帰還させる』
電力不足で帰還したドローンを脇腹の装甲内部に格納し、鎧たちは戦況を分析した。
周辺からは悪魔の軍勢、4万からほとんど減っていない。
『ディゼム。ファリーハを守りつつ、可能な限り移動します』
『ホウセ、誘導は頼むぞ』
「仕方ない……! いったん、マフに逃げ込む! ついてきて!」
一行は生身のファリーハに配慮しながら、東に見える街へと飛んだ。
彼らの脱出の様子を、遠くから観ている悪魔がいた。
“洞観”の悪魔、フェゾム。
それは真っ直ぐな刃が、放射状に寄り集まってできたような形態をしていた。
手も足も、頭もない。
だが、その刃のような無数の器官は感覚器を兼ねてもいて、外界を見て、感じ取ることが出来た。
言葉や遠話の魔術で以て、他の悪魔たちへと指示することも、できた。
フェゾムは音声ではない声で、周囲の悪魔たちへと指示を伝達する。
「敵はマフへと入る。まずは包囲を完成させよ」
それを受け取った悪魔たちは、鎧の一行への追撃を中止し、マフを取り囲むように移動を始めた。
「“剛腕”のプグナン、東へ」
「東に行く」
「“雷獣”のチミスタ、南へ」
「南だな」
「“魔弾”のフライシュ、北へ」
「北――」
「“嵐龍”のソンカー、西へ」
「西か」
悪魔フェゾムは、さらに指示を出した。
「“平穏”のヴディはそのまま、人間たちの平静を保て」
「そのように」
4万の悪魔が、ディゼムたちへと迫ろうとしていた。
先行し、マフの上空を偵察するディゼムとプルイナ。
そこには人間の街が広がっていた。
外縁部分に大量の瓦礫や廃墟が存在していたが、中心部は健在と思われた。
インヘリトと比べてしまえば少ないが、人通りはそれなりに見える。
プルイナは、無事な都市の面積と視界内の人口密度から、おおよその人口を算出した。
『推定人口、概算で2万5千人ほど』
「……転移で逃がせそうか?」
『アールヴィルでの作戦時の10倍の、50の印章を製造して転移をしたとして、休み無しで40時間以上を必要とします。悪魔がそれを許すとは思えません』
「そりゃそうだよな……」
街をゆく住民たちの中には、時折り黒い鎧を見上げる者もいた。
プルイナがそれを分析し、報告する。
『住民の視線の移動範囲や速度を検出しましたが、彼らの目は、インへリトなどと比較してやや虚ろです。悪魔によって、何らかの処置を施されている恐れがありますね』
「何かまでは分からないか?」
尋ねるディゼム、答えるプルイナ。
『ホウセが魔術をかけられていると言っていました。恐らく、感情の起伏を抑制するものなのでしょう。もちろん、薬物を併用している可能性も否定はできませんが』
「ていうか悪魔は? 悪魔が人間を飼ってるはずだろ。飼い主様は、まさか逃げ出したわけじゃねえだろうに」
『建築物の内部をスキャンしましたが、悪魔らしき反応はありませんね。出払っているか、最悪、アールヴィルで見たような強力なステルスの可能性もありますが』
「そんなのがポンポン出せるなら、もう使ってるはずだろうしな。さっき見た隠れ身の衣とやらが精々なんじゃねえのか」
『楽観は禁物です』
「あぁ……街の外の動きはどうだ」
『敵がこちらを包囲しつつあるようです。その前に、包囲を突破できる装備を再調達したいところですが』
「さっさとどこか場所を見繕って、姫様の入る箱だけでも作らねえとな」
『あちらに人の少ない区域があります。まずあの家屋を拠点としましょう』
プルイナがそう言うと、ディゼムの視界の中の小さな建物が、輪郭を強調して表示された。
彼女は更に、後方から付いてきているホウセに呼びかけた。
『ホウセ、こちらの位置は分かりますか』
「見えてるよ」
『こちらも合流する』
エクレルもそれに合わせ、一行はマフへと降り立った。




