1.5.税金の使い途
王都からやや離れた地下の、洞窟。
ファリーハは、異世界の鎧とその着装者たちを連れてそこに来ていた。
歴史的な経緯で、ビョーザ回廊と呼ばれている場所だ。
「殿下……ここが、僕たちの祖先が最初にこの島を訪れた場所なんですね」
白い鎧の中から、アケウが尋ねる。
「そうです。150年前のインヘリト王国の先遣隊は、遷都候補地を探して、ここに現れたそうです」
照明器具などはないが、ディゼムの着ている黒い鎧が照明を提供していた。
左右の肩口の装甲の一部が投光機に変化し、発光しているのだ。
2条の光に照らされながら、一行は足場の悪い洞窟を進んでいく。
「こんなトコにあんですか、その魔術紋様の跡っての」
黒い鎧の中から、ディゼムが尋ねた。
それに答えて、ファリーハ。
「記録の上では存在します。まず、150年前……我々の祖先は、大陸の端まで追い詰められていました。
彼らは船や転移の魔術紋様を使用して、逃げるための土地を探しました。
その時偶然、一人の魔術師が発見したのが、当時無人だったこの島、ノヴァン・インヘリト。
そして、この洞窟が、その時最初に出た場所だったというわけです」
黒い鎧のプルイナが、周囲の状況を観察して評価する。
『床も壁も、岩肌がむき出しにも関わらず、高さや幅などは一定ですね。複数人が並んで歩ける程度の幅に整備されている……ここは洞窟のように見えますが、人工の通路でもあるようです』
「初めての転移で島の地下に出てしまった魔術師が、地上に出るために魔術で掘ったもと記録されています。なので、天然の洞窟とは岩肌の様子がだいぶ違いますね」
そこまで語ると、ファリーハが足を止め、一行も立ち止まった。
「出発前に話しましたが、改めて。
あなた方には、ここに残っているであろう魔術紋様の痕跡を探してもらいます。
当時の魔術師が、有望な場所を見つけたと旧世界に報告しに帰った際に、この地下道のどこかに描いたものが残っているはずです。
その紋様を復元して解析すれば、我々が旧世界へ転移するための魔術紋様を再現することができる」
プルイナと、白い鎧のエクレルが、それに答える。
『断言はできませんが、やってみましょう』
『さほど深い洞窟ではないようだな。手前側と奥側で分担しよう。アケウ、我々は手前側だ』
「わかった」
『ディゼム、我々はもう少し進んだ地点から奥までです』
「おう」
黒い鎧、白い鎧の探知機能で10分ほども探すと、洞窟内は全て捜索できた。
だが、内壁にそれらしい痕跡は発見できなかった。
『塗料やそれに準ずる描画の痕跡は、発見できませんでした』
プルイナから結果を聞いたファリーハが、首をかしげる。
「普通、使用した魔術紋様は劣化こそすれ、完全に消え去ってしまうということはないはずですが……それも消してしまったのかも知れませんね」
黒い鎧から、プルイナが提案した。
『その代わりというべきものかは分かりませんが、最奥部の付近に別の空洞があるようです。魔術でこうした地下道を掘削することができるのならば、埋めてしまうことも可能なのでは?』
「! そこまで穴を開けることはできますか?」
『可能です。危険なので、生身の皆さんは洞窟の外に退避していてください』
ファリーハ以外にも、護衛の魔術師2人が生身だった。
白い鎧から、エクレルが提案する。
『念のためだ、私とアケウが側につこう』
ディゼムとプルイナ以外の全員が、洞窟の外に出た。
黒い鎧は横に大きく手を広げ、大の字になって壁面に当たる。
「おいプルイナ、何やって――」
その時、黒い鎧の最大の特色である装備が始動した。
『辺縁収奪装甲、最大稼働』
モノポール物理学の生み出した、太陽系最新の錬金術。
装甲に触れたあらゆる物質を素粒子に分解し、自らのエネルギーや材料として取り込み、再構成してしまう。
発破を用いるでもなく、掘削装置として作用するでもなく。
残土が発生することもなく、黒い鎧は輝きの中をじわじわと突き進む。
「何だ……岩が、溶けてく……!?」
ディゼムの目の前で、黒い鎧は全身の装甲を使い、岩壁を分解していた。
反動として生じる、凄まじい熱と光。
熱は鎧の全身から噴出する防熱流体で緩和され、光はプルイナがディスプレイを調整した。
そのため、鎧の中のディゼムは蒸し焼きにならず、目を潰されることもない。
ただ、鎧の起こした奇跡を見てきた彼も、さすがに動揺していた。
自分の着込んでいる鎧の外側は、すさまじい熱と光が渦巻いているのだ。
それをプルイナが遮断しているので、彼には目の前の岩が溶けてゆくのが見えている。
(いや、こりゃなんつうか……素直に怖ぇ……)
だが5分も経った頃、不意に目の前が暗くなった。
黒い鎧が、暗闇の中に進み出る。
「お?」
『辺縁収奪装甲停止。開通したようです』
プルイナが黒い鎧の両肩を展開し、再度照明を作動させる。
「おぉ……」
そこは先ほどまでは異なり、鍾乳石が広範囲に形成された、かなり大きな空間が広がっていた。
ただ、目当てのものはすぐに見つかった。
比較的平らな岩肌の上に、かすれた青い図形。
近づいてみると、ディゼムも魔術には疎いが、明らかに自然の産物でないことが理解できる。
直径は1メートルほどだが、円に近い形状の紋様だ。
「ホントにあったな……」
『魔術紋様というものの痕跡ですね。旧インヘリト王国の魔術師は、この図形を使って旧世界に帰ったのでしょうか』
「さあな……でも、だいたい姫様の言ってたとおりだ。戻って教えようぜ」
『ええ』
いまだ熱と煙の漂う開削跡を通って、ディゼムとプルイナは戻った。
ファリーハたちに成果を伝えると、彼女たちは顔をほころばせる。
黒い鎧と白い鎧が共同で道幅を広げるのにも、大した時間はかからなかった。
情報は速やかに王都に伝わり、召喚の成功に続く、旧世界奪還計画の第2段階が動き始めた。
一行は馬車で拠点に戻る途中だった。
客席には黒い鎧と白い鎧、そしてファリーハとその護衛の魔術師2名。
馬車が古い山道を走りはじめてから、ファリーハが話を切り出した。
「さて、魔術紋様の解析は魔術省に任せて、陸軍との合同演習まではまだ時間があります。その間、我々は別のことをします」
「別のこと、とおっしゃいますと……」
アケウの質問に、ファリーハが短く答える。
「広報です」
「広報?」
ファリーハは頷くと、説明を続けた。
「プルイナとエクレル――黒い鎧と白い鎧を召喚するために、我々は多くの税金を使いました。本来ならば発表会などを開いて、納税者である国民にも広く鎧のことを紹介したいところだったのですが……なにせ魔王の“影”などが襲ってきた上、着装者を狙った殺人未遂まで起こってしまって、予定が乱れに乱れました。なので、今度こそ召喚された救世主が、どのように旧世界奪還の鍵となるのか。それをもう少し具体的に、かつ広く、示したいのです」
『大衆に、納税額に見合う価値があるかどうかを見せろということか。確かに、塵も残さず吹き飛ばしてしまった魔王の“影”とやらだけでは、戦果を主張するには厳しいかもしれないな』
エクレルが、白い鎧の眼光を明滅させて呟く。
次いでプルイナが、王女に尋ねた。
『どうすればよいのですか? 陸軍や海軍との演習であれば、実力の示威には申し分ないのでは?』
「演習は予定通り行いますが……公開予定はありません。人類側の軍を公衆の前で圧倒されても、今度は両軍の体面の問題になってしまいますので」
『主力である有権者の部隊を無碍にはできませんね。では、あなたは他に、何らかのデモンストレーションを考えていると?』
「既に大まかな日程は組んでいるのですが……私は、あなた方の能力を、魔王の“影”との闘いでしか知りません。国民向けに能力を示すとして、どのような行動が良いのか、あなた方の意見を聞きたいのです」
『ほう。アルファ級AIである我々の意見をか。こちらも相応の報酬を要求していいんだろうな?』
「エクレル、失礼なことを言うな!」
白い鎧の中からアケウが、エクレルに対して抗議の声を上げた。
ファリーハは笑って、
「お手柔らかに願います」
揺れる馬車は、王都に近づきつつあった。
帰着後、2領の鎧は広報イベントを立案し、ファリーハに提示した。
彼女はすぐに魔術省と連絡を取り、自分の祖父である国王などとも情報を共有した。
早くも翌日、国王からの認可が下りた。
ディゼムは黒い鎧の中で、プルイナに対してぼやいた。
「何かなぁ……国を私物化してねぇか、あの姫様」
『王族や主席官としての特権を使っているのは事実でしょうが……それで私欲を満たしているわけでもなし。本機の見立てでは、ファリーハ王女はかなり潔癖のようです。王家が相応の実権を保持した立憲君主国家で育ったことを考慮すると、厳しい教育をされたのでしょう。甘やかされていたなら、あのような性格にはなっていません』
「それはいいんだが、うん。いいんだがよ……」
今の彼らは、黒い鎧の状態で、人通りの多い街頭で後方のビラを配っているところだった。
そう。漆黒の全身鎧の男が、背中に幟を立てて、ビラを配っている。
幟には、「異世界の鎧、来る!」と仰々しい文字で書いてあった。
ディゼムは黒い鎧の中で、今度は不満をぶちまけた。
「お前は不満はねえのか、この紙配りの仕事によ……」
『ありません』
「マジかよ、クソ!」
即答に毒づく。
それに対し、プルイナは淡々と述べた。
『この幟もビラも、魔術省が短期間で手配したものです。準備自体はもっと前からしていたのでしょうが、素晴らしい手際だと感じます』
「用意周到というか、何というか……そういうとこ恐ろしい姫様だな」
『それよりディゼム、今は音声を遮断していますが、あまり不平を口にしていると、ファリーハからもあなたの資質が疑われますよ』
「俺もアケウも、元々はヒラの兵隊なんだよ! お前らに選ばれたのが偶然というか、何かの間違いというか……」
『アケウも今まさに、同じことをしていますよ。背中に幟も背負っています。出世のチャンスでは?』
「俺はそんなに楽観的になれねえ……」
商店街をゆく人々が、興味本位でビラを受け取っていく。
ビラの内容は、催しについてだった。
その煽り文に曰く、
「異世界の鎧が我々を救う」
「奇跡の召喚によって、悪魔を倒す力を持ったすごい鎧が、インヘリト王国にやってきた」
「王国軍の誇る屈強な兵士が、異世界の鎧に選ばれた」
「異世界の鎧の超常の力、全部見せます」
「2月3日正午から。王立競技場で僕と握手」
日程は明後日。随分と急いで強行するようだった。
(まぁ、いつまた、今度は本物の魔王が来てもおかしくねぇってのを知ってるのは、ごく一部の偉い人だけのはずだからな……姫様も焦ってるんだろうけど)
ただ、やはり文面には不満もあった。
「何が王国軍の誇る屈強な兵士だ……一般には顔出し禁止だからってテキトー並べやがって」
『ディゼム』
「何だよ」
『付近で悲鳴を検知しました。ここは急行します』
「え――」
ビラの束を持ったまま、黒い鎧は数歩後退し、背部と靴底のスラスターを作動させた。
強風を巻き起こしながら、ディゼムは黒い鎧と共に商店街の上へと飛び出した。
プルイナが告げる。
『しばらくこちらで機体を動作させます。体を楽にしてください』
「クソ、わぁったよ!」
そして、黒い鎧は悲鳴が聞こえたという別の街路へ着地する。
そこには、石畳の路面に手と膝をついた老婆がいた。
「ひったくり……! 誰か、捕まえて……!」
『犯罪行為を検出しました……あちらです。スタン・バレット、行使』
黒い鎧が無造作に、ビラを持っていない左腕を掲げると、指先から可塑性の高い軟質の弾丸が発射される。
それとほぼ同時、同じ路地の曲がり角で誰かが倒れた。
『強盗を1名、現行犯で制圧しました』
「ばあさんの悲鳴聞いただけでよくわかるな……」
『ここから遠ざかるように走っていたのはあの人物だけでした。所持物を見るに、間違いありませんね』
プルイナはそう言いながら黒い鎧を動かし、空中を滑るように、制圧した男の側へ移動していた。
そのまま彼を抱き上げ、老婆の元へ同じようにして戻る。
立ち上がるのに手を貸しながら高級品らしき手提げかばんを返すと、老婆は涙をにじませて喜んだ。
「あぁ、あたしのバッグ……ありがとうございます、何か……真っ黒い鎧の人?」
黒い鎧は持っていたビラを一枚、無言で渡した。
そして、通報を受けて自転車を飛ばしてきた警察官にその場を任せると、来た時と同様に飛び去っていった。
背中に幟を刺したままの姿は滑稽ではあったが、宣伝としてはそれなりの効果があったようだ。
そして2日後、入場無料だったこともあり、王立競技場の観客席は満員だった。
競争に球技など、様々な競技を行える面積を持つ、広い円形の会場だ。
いよいよここで、国民に召喚事業の成果――異世界からやってきた2領の鎧の存在と、強さ、および税金の使い途を喧伝することになる。
ただ、開催を急いだために、打ち合わせは綿密にしたものの、通しでのリハーサルは出来ていない。
異世界の鎧と、そこに宿る人格の優秀さはこの2週間でよくわかったものの、ファリーハにとって不安は大きかった。
失敗すれば、王女といえど不名誉は免れない。
(と、心配していても始まらないから……)
ここまで来て、中止できるはずもない。
時間になった。
打ち合わせ通り、花火が上がる。
彼女は意を決して、魔術紋様の描かれた大判の冊子に向かって、声を張り上げた。
「長らくお待たせいたしました、敬愛する国民の皆様!」
魔術紋様の力で、会場の各所に描かれた別の紋様から、拡大された彼女の声が発せられて、会場に響き渡る。
ファリーハ自身は今、競技場の中心近くに立っていた。
演出用の派手なドレスをまとい、髪も王室付の髪結い師によって編み上げられている。
王立競技場で開かれた、召喚事業の成果展示会。
その司会進行を、国王の孫娘の一人が自ら担当しているのだ。
家族や親戚――つまり同じ王族からはあまりいい顔をされなかったが、国民からの評判は悪くないようだった。
「本日、急遽の開催となりましたこの展示会では、予告通り、異世界から召喚に応じてやってきてくれた、救世主の鎧! その2領をご紹介いたします!」
観客席の国民たちが、歓声を上げる。
同時に、外から競技場に向かって飛来するものがあった。
一方は黒い煙、もう一方は白い煙を後に曳いていた。
競技場の上空で旋回を始めた2条の煙の先端に、人々の注目が集まる。
「ただいま空から到着しました! 異世界の鎧です! 皆様に名前を明かすのは初めてのこと! 参りましょう!」
ファリーハの合図とともに、黒い鎧が飛行を止めて、会場に着地した。
人間が落ちれば、確実に死ぬような高度からだ。
ずしり、と鈍い音と共に小さな土煙が上がり、そこに駆け寄るファリーハが手でそれを指し示す。
「漆黒の鎧、プルイナ!」
ディゼムは鎧を着たまま、会場全体に手を振りつつ、ゆっくりとその場で旋回した。
歓声が飛ぶ。
「いいぞー!」「悪魔をぶっ殺せ―!」
それは素顔の彼自身に向けられているわけではないとはいえ、悪い気分ではなかった。
頭部装甲内部のモニタによって、会場の様子は鮮明に見えるようになっている。
「そして、純白の鎧、エクレル!」
同じように、アケウの纏う白い鎧が着地する。
「かっこいいー!」「かぶと脱いでー!」
歓声を浴びたアケウは、やや気恥ずかしく思いながらも、胸を張った。
大勢の興味や期待を受けていることは、間違いない。
「ご声援ありがとうございます! それでは早速お見せしましょう!
異世界からやってきた彼らが、我々に貸してくれる力の一端を!」
合図とともに、競技場の端に設置されていた5基の投石器が作動した。
さすがに古代の攻城戦用ではなく、競技用のものを流用している。
そのアームに載せられていた丸太が5本、連続して競技場の上空に飛び出す。
合わせて、白い鎧も空中に飛び上がった。
1本、2本と空中で丸太を受け止めては、再び上空へと放り投げ――
ついには5本の長い丸太をお手玉のように、受け止めては投げ、受け止めては投げを繰り返す。
しかも、背中と足のスラスターからの推力で上空に留まったままだ。
どよめきとともに、歓声が上がった。
『よし、アケウ。次はお前が操作して投げてみろ』
「やってみる!」
白い鎧が、今度は丸太を、地上にいる黒い鎧に向かって投げつけ始めた。
黒い鎧はそれを重い音とともに全て受け止め、5本を一列に積み上げてバランスを保ちながら肩に背負ってみせた。
こちらも歓声が上がる。
『ディゼム、今度はあなたが投げる番です』
「っしゃあ……!」
黒い鎧が丸太を空中へと、片手で投げ返す。
白い鎧は手刀でこれを迎え撃ち、全てを縦半分に両断した。
黒い鎧がこれを競技場の地面に落ちる前に素早く回収し、予め用意されていた荷台へと、積み込んでゆく。
白い鎧もすぐ近くに着地して、黒い鎧とともに敬礼する。
その後、重量挙げや火渡り、鎧同士の演舞など、演目は多岐に渡った。
曲芸めいたものばかりだったが、安全性を考えれば火器などは使えない。
ろくな予行演習もしていないにもかかわらず、進行は順調だった。
プルイナとエクレルの助けがなければ、こうはならなかっただろう。
そして、当日最後の催し、握手会となった。
対象はあらかじめ、一定の年齢以下の子供だけと定められていたのだが、それでも長蛇の列ができていた。
「ホントにやるのかよ握手って!?」
黒い鎧に音声が遮られているので、ディゼムの不満が外に漏れ聞こえることはない。
子供を抱き上げて、目線を合わせて優しく、だがしっかりと握手をしていく。
(お題目があるとはいえ、こんなことしてる場合か……?)
4時間のすべての行程が終わり、ファリーハが挨拶をして、展示会は締めくくられた。
「皆様、本日はお集まりいただき、まことにありがとうございました! プルイナとエクレルは、これから始まる旧世界奪還作戦の中核となる、頼もしい味方です。旧世界に巣食う悪魔たちを追い払い、我々の祖先の地を取り戻してくれることでしょう。召喚に応えてやってきてくれた、強く優しき異世界の友人たちを、これからもよろしくお願いいたします!」
会場に広げた投石機などの回収、人員の撤収が終わったのは、夜になってからだった。
ディゼムたちを先に私邸の地下室へと帰らせ、ファリーハが戻ってきたのは更に遅く、深夜になってのことだ。
「いやぁ~……二人とも、今日はお疲れさまでした……」
地下室に入ってきた王女は、客観的に見てくたびれていた。
既にドレスではなく官服に着替え、髪も解いて束ねただけの状態だ。
「私はちょっと、司会で張り切りすぎてしまって……ちょっとまだ高揚した気分が残り気味ですが……ははは」
アケウが近づき、彼女の体調を案じて言葉をかける。
「殿下、お疲れのご様子ですから、今日はもうお休みになられた方が……」
しかし、司会進行で昂ぶった余韻が残っているのか、王女は手振りでアケウを止めた。
疲れてもなお夜ふかしをしようと目論む、年相応の小娘のような目つきをしている。
「まだ。まだですよアケウ。ろくな練習もさせないまま、催しを強行してしまいました。お詫びもかねて、打ち上げをしたいのです。ふふふ……こっそりお酒も持ってきてしまいまして。ていうか飲めますか? お酒」
彼女が後ろ手にぶら下げていた手提げ袋の中身が、明らかになった。
楽しげにテーブルに瓶を置くファリーハに、アケウは労しげに声を上げた。
「飲めますが……殿下、ご自身も相当お疲れでしょうに……」
「真面目ですねアケウは。降って湧いたがごとき大役、あなたとディゼムはもっと労われてよいのです。ささ、グラスは以前運び込ませていましたよね。出してください」
「っ、恐縮です……!」
「あ、俺もいただきます」
アケウは遠慮気味に、ディゼムは特に遠慮することなく、王女に対してグラスを差し出した。
とくとくと、ほのかに甘い香りのする醸造酒がグラスに注がれてゆく。
ファリーハのグラスには、アケウが酒を注いだ。
「エクレルとプルイナは? お酒は飲みませんか? それか何か、好物などはないのですか? 研磨剤とか……」
『ない。お前たちだけで楽しめ』
『そういった機能がありませんので、気にせず、楽しんでください』
「そうですか……それでは遠慮なく。展示会の成功を祝して、乾杯!」
ディゼムも、アケウも、応えてグラスを当てあった。
「乾杯!」
『乾杯』
酒を飲まない異世界の鎧も、唱和には参加してくれた。
そのついでとばかり、プルイナがディゼムに呼びかける。
『ディゼム、この機会にあなたのアルコール耐性を測定しておきたいと思います。鎧の中に入ってください』
「嫌だよ!? 今日はもう着たくねえ!」




