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魔王vsパワードスーツ/魔王に滅ぼされかけた異世界の人々、26世紀のパワードスーツを召喚して反撃に出る  作者: kadochika
3.隠形、接近

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3.10.冬の館


 整然と並ぶ、人間を収めた透明な棺。

 中には恐慌を来して悲鳴を上げている者もいる。


「こわ……」


 ディゼムにとってその光景は、少々恐怖を喚起するものだった。

 プルイナが、ディゼムに解説する。


『棺は透明な樹脂製、恐らくは魔術の効果を発揮する物品なのでしょう。このフロアにはおよそ200人が収容されているようです』


 女王は歩みを止めて一行を振り向き、説明した。


「我々はここで150年ほど、こうして1000人ばかりの人間を匿っていた。冬眠状態でな」

「そりゃ私にも内緒にしてたわけだ……」


 ホウセが、驚嘆を交えてつぶやく。

 アールヴの隠し事とは、これだったのだ。

 彼らの後ろにいる人間の娘、クロナも、ここで冬眠させられていたのだろう。


「我々アールヴは、悪魔たちとは直接の敵対関係にはない。だが滅びつつあった人間たちを見過ごすことはできずに、こうしていたのだ。だが、それももう、できなくなった……」


 話の切れ間と見たか、兵士の一人が女王に尋ねる。


「ご覧のとおり、“赤い海”を失ったことで、全員の冬眠が解けています。開放しますか?」

「……今は、そうせざるを得ない。ただし、館からは出すな」

「それは無理です……! 館には棺しかない冬眠室以外には、管理の者5人が生活できる空間しかありません。起きて活動する1000人もの人間を収容しておくことなど、とても……!」

「地上に出せば、容易に悪魔に見つかってしまう! 事情を説明すれば、人間たちも理解する。……せざるを得まい」


 広大な安置室に、棺を叩く音がこだまする。

 棺の解放は、すぐに開始された。

 命令が伝達され、地上のアールヴたちが冬の館の地下に集まってきた。

 彼らは作業に取り掛かり、次々に棺の施錠を解除する。


「あー! やっと出られた……!」「どうなってるの……!?」


 だが、目覚めた多くの人間たちは事情を教えられ、落胆することになる。

 まだ悪魔は去っていない、地上に出てはならない――となれば、喜ぶことはできまい。


「そんなぁ……」「うそだろ?」「どうして……」


 地上はまだ悪魔が支配しており、現在も近隣に悪魔たちが集結していると知れば、無理もない。

 女王ムアは、冬の館の地上部分にファリーハたちを集め、告げた。


「そなたたちには地元に帰るか、状況が落ち着くまではここに留まってもらう。はるばる訪ねてきたところを悪いが、今は見ての通り、非常に都合が悪い」

「私たちにも、何かお手伝いできることがあるはずです」


 ファリーハが、それに異を唱える。


「たとえば、希望する人がいれば、転移の紋様でインヘリトに移住させることもできます。時間は多少かかるかも知れませんが……」

「…………!」


 女王が、わずかに眉を動かした。

 続いて、アケウのまとう白い鎧から、エクレルが提案した。

 外部音声で、周囲にも声は聞こえている。


『あるいは、こちらから打って出るということも考えられる。東にあるという悪魔の陣地に侵入して、あの“赤い海”という宝石を奪い返せば、魔術による冬眠が再開できると見ていいな?』

「そうだが……これ以上、こちらから悪魔を刺激するのは避けたい」

『また来る、とも言っていた。その時に、隙を突いて奪還するという手も考えられるが』

「実はあの悪魔、実は俺たちに気づいてたんじゃねえのか?」


 ディゼムはそこで、意見を挟んだ。


「だったらもう、俺たちが出向いて奴らを倒して、ついでに宝石も取り返しちまえばいいんじゃねえか?」

「何でそんなに自信満々なの……」


 彼の後ろでホウセが、呆れたように呟く。

 ディゼムが文句を言う前に、プルイナが問題を指摘した。


『敵の戦力が不明です。また呪いの魔術で飽和攻撃をされるようなことがあれば、極めて危険です。戦闘を挑むにしても、自己複製プリンターで追加装備を作成してから臨むべきでしょう。今のところ付近にその兆候はありませんが、敵が増援を待っているかもしれない可能性も考えるべきです。

 それに、“赤い海”は現に、極めて重要な物資でありながら警備を突破して奪われています。同じように厳重に隠されていた人間たちの存在が知られている可能性も、考慮したほうがいいでしょう。一度撤退したのは、単純に大勢で攻め寄せて、避難民たちを逃げられないようにして殺害するためだとも考えられます』


 黒い鎧が、そう分析する。

 女王はそれを聞いて、


「いや、恐らく最大の目的は……“赤い海”を自らの血肉とすることだろう。時間が欲しいのだ、悪魔たちは」

『血肉? 摂取するということですか?』


 女王が、プルイナの質問に答えて言う。


「そうだ。悪魔たちは目的こそ不明だが、高密度な魔術紋様の凝集系――“赤い海”のような魔力の源を求めている。それを食らうことで、強くなるようだ。かつて悪魔が人間のほとんどを滅ぼした時、アールヴはそうした品々を譲渡することで悪魔との戦いを回避できた。人間たちは、残念ながら同じことをしても殺されていったが……

 あのヒュメノという悪魔、飲み込んだ“赤い海”で力をつけてから、確実に避難民たちを根絶やしにしようという考えかもしれぬ」


 エクレルとプルイナは以前の出来事について、音声で言及した。


『では、アウソニアで悪魔が人工太陽を飲み込んだのも、同じ目的か』

『1人だけで侵入してきた理由が不明でしたが、希少資源の独占が目的だったと考えれば辻褄は合いますね』

「本気で自分の栄養にしようとしてたってことか……敵が強くなってるかも知れないのに攻め込めないってのは、歯がゆいね」


 人工太陽が悪魔に飲み込まれる際の壮絶な光景を思い出し、アケウがうなる。

 そこで、ファリーハが内容を整理した。


「まず、冬の館の人間たちの存在は、悪魔に知られていると思ったほうがよいでしょうね」


 黒い鎧の眼窩を点滅させて、プルイナが前者について補足する。


『知られてしまっているなら、まずは避難民としてインヘリトへ移送しなければなりませんね。しかも、悪魔たちに気づかれることなく』

『悪魔は人間たちに気づかなかったと仮定して、冬眠保護を再開するという手を考えてもいいんじゃないか? “赤い海”を奪還するか、それに替わる資源があればいい。あるいは1000人を地下で冬眠させずに養い続けることだって、選択肢ではある』


 別の手段について分析する、エクレル。

 女王が言う。


「“赤い海”の代替になるような品はもう残っていない。地下の人間たちの存在が悪魔に知られていない、という前提で物事を進めるのは楽観的にすぎる。情けないことだが、人間たちの存在が悪魔たちに知られたという前提で行くべきだろう」


 それに応じて、ファリーハが考えを口にした。


「ならば、インヘリトへの移住ということになりますが……まずは紋様の形状を導き出す計算が必要ですね」


 更にこれに答えて、プルイナ。


『アールヴィルの冬の館から、インヘリト王国のビョーザ回廊までの直接転移が可能な魔術紋様の形状は、既に導出済みです。ファリーハには、図形の検証を要請します』

「早いですね。それでは、あとは検証と実際の描画の準備……それとインヘリト側で展開している転移妨害の魔術紋様を解除するよう連絡をしなくては」


 悪魔の侵入を弾くため、インヘリト側では結界を張り続けているはずだった。

 これを解除してアールヴィルからの避難民を入国させるには、異世界の鎧に装備されている超空間通信機でインヘリトへと連絡を取らなければならない。

 通信の魔術紋様では距離が遠すぎるためだ。

 結界が張られたまま転移すると、出現点が弾かれて、避難民たちは海上に出現して海に落ちるだろう。

 またファリーハは、別のことにも思い至った。


「あとは、冬眠していた人々の意向が気にはなりますが……悪魔に居場所を知られているかもしれない以上、嫌だと言っても無理にでも連れて行かなければ」

「150年前の悪魔の脅威を、直接知る者たちだ。これ以上の冬眠が不可能と知り、まだ生き残っている国があると分かれば、それを望むだろう。私も望んでいる」


 女王ムアは苦笑しつつ、続けた。


「あなた方には、手を貸していただこう。こちらでも兵を出して、守りを固めるが……」

「では話し合い、準備を進めていきましょう。避難民の移送と、その防衛について」

「わかった」


 こうして即席ではあるが、人間の国インヘリト王国と、アールヴの国アールヴィルとの共同戦線が成立することとなった。

 時刻は、アールヴィルの時間でも深夜に相当する時間帯に差し掛かっていた。

 女王は小さく鼻を鳴らすと、愚痴を言った。


「もう夜も遅いが……そう言ってもいられない」

「……そうですね」


 ファリーハは疲労と眠気を堪えつつ、そう答えた。











 人間とアールヴとによる共同計画は、2つの柱から成っていた。

 一つは、計画は魔術紋様による避難民の転移。

 そしてもう一つは、その間アールヴィルを悪魔から防衛すること。

 ファリーハが取り組んでいるのは、前者だった。


『では、その避難民を転移させたいと……?』


 彼女の目の前、テーブルの上に置かれた小さな装置から音声が聞こえる。

 ここから遠く離れたインヘリト王国、保健福祉省の役人の声だ。

 魔術紋様による通信は距離が離れすぎているため、彼女たちは首に巻いた超空間通信機を使用している。

 帰還する際に結界の解除を要請する目的で、事前にあちらにも対応する通信機を置いてきたのだ。

 場所は、宮殿の中庭。


「そうです。突然ではありますが、1000名ほど」

『それなりの数ですね』


 現在地のアールヴィルでは真夜中、インヘリト王国では未明の時刻のはずだった。

 彼女の所属している魔術省はまだしも、保健福祉省までよく対応してくれたものだ。

 感心しつつ、うなづく。


「はい。すぐにでも移動させたいのです。できれば、今夜中に」

『そこまで差し迫っておりますか……ですが1000人も収容できる場所は、すぐには用意できません。まずはビョーザ回廊のそばに野営地のように設置することになるかと思いますが』

「それで構いません、まずは避難を優先して――」


 ファリーハは、引き続き、通信機に向かって説明を続けた。

 アールヴィルへの到着と、そこでの出来事。

 悪魔の脅威、すぐに避難民を移動させなければならないこと。

 転移の紋様の試験で直接インヘリトに一時、帰還すること。

 王国側は戸惑いつつも、これを了承した。

 ファリーハが通信を終えると、作動していた自己複製プリンターから音が鳴った。

 作業終了の通知だ。


「できましたか」


 完成した魔術紋様の印章が、自己複製プリンターから出力される。

 横の扉が開き、型から抜かれた完成品が垣間見えた。


「……!」


 アールヴの作業員たちが2人がかりで、それを引っ張り出す。

 直径2メートルほどの、巨大な円盤の形状。

 片面は、魔術紋様の塗料を塗り付けるための印刷面。

 もう片面には、四方からそれを持ち上げるための取手が付いていた。

 印刷用の魔術紋様が見事に刻印された面を見て、ファリーハは感嘆した。


「うわ……便利ですねこれは……!?」


 複雑な魔術紋様を簡単に素早く描画できるようにするための、印章が完成したのだ。

 本来ならば紋様の設計技師と、彫刻師や鋳造技師との共同作業を経て、どんなに短くとも3日は必要になる品だ。

 それを、わずか30分で製造してしまった。

 同じく中庭にいた黒い鎧から、プルイナがファリーハへと告げる。


『それでは、自己複製プリンタは一時的に兵器製造に割り当てます』

「わかりました。それでは早速ですが、まずは試し刷りを」


 この巨大なスタンプが正しく形成されているかを、魔術の効力を持たない塗料を用いて検証するのだ。

 ファリーハはアールヴたちと、赤い塗料をハケで印刷面に塗っていく。

 そして、用意された大きな布地に、直径2メートルの印章を押しつける。

 出来上がった紋様の形状に間違いがなければ、印章は完成となる。


「うん、記号も指示も合っていますね。あとは実際に転移してみるだけです」


 インヘリト王国で展開されているであろう転移妨害の魔術紋様は、既に連絡して解除してある。

 それでも、実際の転移のテストでは海に落ちるかもしれないため、強靭な鎧の加護を持つディゼムかアケウの協力が必要だが。


「ではディゼム、頼みますよ」

「了解ス」


 名を呼ばれたディゼムは、ファリーハに貸し出していた黒い鎧の兜を装着した。

 ディゼムが試験に参加するのは、前回がアケウだったという単純な理由による。

 ファリーハはアールヴの作業員たちに指示する。


「では、印刷を!」


 アールヴたちが四方から持ち上げていた印章を、印肉の上へと下ろす。

 印肉の大きさも、印章のそれに相応した大きなものだ。

 そして、魔術塗料の塗布された印章が、今度は石畳の床に直接おしつけられる。

 印章が持ち上がると、そこにはくっきりと、直径2メートル弱の複雑な魔術紋様が印刷されていた。

 大きな団扇を複数使ってあおぎ、紋様を乾燥させる。

 転移の対象が上に乗って、紋様がかすれることがないようにするためだ。

 これが問題なく作動すれば、1000人からの避難民であろうと、短時間で海を隔てたインヘリト王国まで送ることができる。

 そして、ファリーハと黒い鎧を着装したディゼムが、紋様の内側へと入る。

 紋様は、外縁に近い部分が1画だけ欠けていた。

 これだけは最後に、手書きで描き入れるのだ。


「では、作動させてください!」

「はい」


 ファリーハの合図で、アールヴの魔術師が最後の1角を描き入れる。

 次の瞬間、彼女とディゼムは黒い鎧とともに、インヘリト王国のビョーザ回廊へと転移出現していた。

 魔術紋様の明かりに照らされた洞窟の様子は、変わりないようだった。

 警備をしていた兵士たちが、二人を敬礼で出迎える。

 ファリーハとディゼムも、敬礼した。


「お疲れさまです。転移は成功ですね。事情は聞いていると思いますが、これからやってくる避難民たちの誘導、よろしく頼みます」

「かしこまりました、王女殿下!」


 兵士たちは再び敬礼し、ファリーハたちを別の場所へと案内した。

 アールヴィルからインヘリトへは成功したとして、逆もテストしなければならないのだ。

 既にインヘリトの魔術師たちの協力で、試作の紋様は完成しているらしい。

 ディゼムは黒い鎧の中で、プルイナの声を聞いた。


『こうした技術を持っていたにもかかわらず、この世界の人類は悪魔によってほとんど駆逐されてしまった……さぞ無念だったことでしょう』

「……今はお前らがいるじゃねえか」


 普段は落ち着き払っているように聞こえていた声に、悲しみが混じっている。

 そう感じてしまい、ディゼムは思わず、慰めめいた言葉を選んでいた。











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