3.6.鋼鉄色の巨人
大聖堂の正面。
壮麗な装飾が施されたその壁を破壊して、鋼鉄色の巨人が姿を現した。
「!?」
同時、大聖堂の外にも伝わっていた轟音と振動の正体が、臨席者たちにも理解できた。
ファリーハは、なおも叫んだ。
「皆さん、逃げてぇぇ!!」
彼らは一目散に、大聖堂前の広場から離れて散らばる。
鋼鉄色の巨人はそのまま、広場の植樹やベンチなどを蹴散らしながら進み、街路へと出た。
動きを止めて、頭部を一回転させる。
南中した太陽の光を浴びて、その表面が鈍く輝いていた。
そこから距離を取りつつ、ファリーハは再度叫ぶ。
「聞こえないのですか、異世界の巨人ーっ!!」
まだ翻訳の魔術は、作用しているはずだ。
だが、巨人はやはり、反応を見せない。
それどころか、街路を陥没させながら、再び足で歩き始めた。
広場を抜け出して南下し、官庁街の方へと向かう。
その光景に、彼女の喉から悲鳴が漏れた。
「あぁ……何てこと……!!」
異世界の鎧の着装者、ディゼムとアケウには休暇を与えていた。
儀式の開始を早めたため、日程が重なってしまったのだ。
こんな時こそ、彼らを呼んでおくべきだったというのに。
首元の通信機も、正装が必要ということで今日は付けていなかった。
彼女は後悔していた。
前回やってきた鎧たちがあまりに協力的だったため、不確定な召喚のリスクを甘く見ていたのだ。
息を切らしながらも、懐から手帳を取り出す。
警察や軍の高官へ繋がる遠話の魔術紋様の載ったページを開いて、連絡をつけてゆく。
「もしもし、陸軍大臣――!」
鋼鉄色の巨人は、なおも歩みを止めなかった。
官庁街からやや離れた遷都横丁にも、その振動が伝わってきていた。
ディゼムはそれを感じ取ると、店の中を見回した。
観葉植物がわずかに揺れて、天井からホコリが落ちてきている。
他に同じ反応をしている客も、複数いた。
反対の席のアケウも気づいていたか、つぶやく。
「ディゼム、これって」
「あぁ、何かあったっぽいな……!」
断続的な振動。地震ではなかった。
パンの最後の一欠片を飲み込みながら、ホウセが言う。
「あれ、なんか人が大勢走ってくるけど」
彼女の言う通り、窓の外には横丁を走る大勢の通行人の姿が見えた。
ディゼムは立ち上がり、財布を取り出した。
「……魔王でも攻めてきたのかも知れねぇな」
他にも店の外を気にしだした客を避けて、カウンターに駆け寄る。
紙幣を店員に押し付け、店の外へと出る。
「わりぃ、勘定! 釣りは要らねえから!」
ディゼムのあとに、アケウ、ホウセが続いた。
「ホウセ、先に行くよ!」
「あっ、ちょっと待ってよ!?」
店を出て、人の流れに逆らいながら、ディゼムはその出どころへと走った。
断続的な振動は強まりつつあり、人の流れはますますひどくなった。
苛立ちつつ提案する、ディゼム。
「あぁ、クソ! アケウ!」
「うん! 人目につかないところに!」
二人は人の流れを避けて、横丁の路地裏へと向かった。
ホウセは彼らの事情を察して、呼びかけた。
「じゃあ私は先行して、何があったか見てくるから!」
「あっ、おい!?」
「赤縫変異!」
「おま――」
彼女は人目もはばからず変身し、真紅の槍にまたがって飛んでいってしまった。
路地裏に入りつつ、ディゼムはうめく。
「あぁもう……! プルイナ! 頼む!」
「エクレル! 来てくれ!」
走りながら、首に巻いていた通信機で鎧たちを呼ぶ。
『了解しました』
『急行する』
官舎にいた異世界の鎧たちは、通信を受けて自律移動を開始した。
手で窓を開けてベランダへと飛び出し、そのまま外へと発進する。
人目につかないように、熱電・色覚迷彩モードへ移行して、彼女たちは遷都横丁を目指した。
そして音速で飛行して10秒ほどもすると、ディゼムたちの上空へと到達する。
『二人とも、そのまま走っていてかまいません。着装可能です』
『舌を噛まないように、歯を食いしばっていろ!』
「何する気だ!?」
ディゼムは文句を言いつつも、路地裏を走って裏通りへと出た。
アケウもその後に続く。
鎧たちは透明化を解除してバラバラになり、走る着装者たちに向かってパーツを殺到させた。
走る二人の、手足、胴体、頭と、駆動系や装甲が着装されていく。
ディゼムはそれを見て――走るのは止めずに――、驚愕した。
「器用だなお前ら……!?」
『それほどでもありません』
裏通りを5秒ほども走ると、着装は完了していた。
『このまま飛びます』「あぁ!」
『行くぞ』「よろしく!」
黒い鎧と白い鎧が、裏通りから離陸する。
空中へ舞い上がると、インヘリトの街並みを見下ろす形となった。
その中に、ひときわ目立つ巨人の姿が見える。
鈍く輝く、鋼鉄色の単眼の巨人。
「――何だありゃ!?」
『不明ですが……移動の形跡を見るに、大聖堂を破壊して出現したようです』
プルイナが視界を拡大すると、巨人の背後に、正面が大きく破壊された大聖堂が見えた。
『恐らく、ファリーハの召喚によってこの世界に現れたものだと推定します』
「マジかよ……!?」
通信を介して、エクレルがつぶやく。
『我々が異世界の鎧なら、奴はさしずめ、異世界の巨人といったところか。味方ではないようだがな』
巨人は官庁街を通って、南側の港の方向へ歩き続けていた。
近くのビルの屋上から、真紅の鎧をまとったホウセが手を振っているのが見える。
彼女は首に巻いた通信機から、状況を説明してきた。
「あれ、今のところは暴れるつもりはないみたい! でも全然止まんなくて、まずいかも! 攻撃する!?」
アケウも、驚いているようだった。
「こんな王都の中心で、あんな大きなのと戦うわけには……!」
黒い鎧から、プルイナが申告した。
『観察によれば、あれは何らかのロボット――工業製品であることは明らかです。ディゼム、本機はあの機器と通信を試みます。あるいは、いるならば搭乗者と』
「通信……? 分かった」
プルイナは黒い鎧から、鋼鉄色の巨人へと様々な周波数の電波・重力波を投げかけた。
『移動中の直立歩行機器に告げます。停止せよ。あなたは当世界の人類が有する資産、法規を侵害しています。人命を害する危険もあります。速やかに停止せよ』
返信はない。巨人は頭部を旋回させただけだ。
彼女たちも、さほど期待はしていなかった。
が、それにやや遅れて単眼の巨人が、官庁街の上に滞空する鎧たちに視線を向ける。
そして何と、ディゼムたちに逆に、通告した。
『飛行中の防護服、およびその着用者に告ぐ。貴機は当地の文明の標準を逸脱した宇宙飛行能力を有していると判断した。宇宙飛行能力を放棄せよ』
「おい、何か話してるぞ!?」
『ディゼム、今はプルイナに任せておけ』
エクレルからたしなめられる、ディゼム。
プルイナが、更に返信した。
『従うことはできません。そちらの要求の意図が不明です』
『宇宙飛行能力を持つ文明は抑制派による攻撃を受ける。文明の維持を臨むならば、速やかに宇宙飛行能力を放棄せよ』
『待ってください。この世界の人類は、別の種族の攻撃によって絶滅の危機に瀕しています。我々はこれを防ぐため、あなたの協力を要請します』
鋼鉄色の巨人の要求に対し、プルイナは別の要求を行った。
だが、
『拒否する。その種族の宇宙飛行能力が放棄されない限り、物質や時間を提供することはできない』
独自の用語が、鋼鉄色の巨人の語る内容を難解にしていた。
実際にはファリーハが施した翻訳の魔術が作用していたのだが、それでも両者の隔たりは大きかった。
抑制派とやらはともかく、巨人の要求を受け入れるならば、プルイナもエクレルも、“宇宙飛行能力”を放棄しなければならない。
それを具体化すると、例えばXPIAS-6のスラスターの9割を廃止するか、着装者の生命維持機能を削減する必要があった。
また、宇宙船の部品さえ製造可能な自己複製プリンターも使用不能になる。
悪魔との戦いを考えれば、それは到底受け入れられない。
プルイナが、返答を送信する。
『本機の宇宙飛行能力は、この世界の人類の救済に必要な機能の一部です。放棄を拒否します』
『ならば、破壊する』
巨人は通信を打ち切ると、右腕を掲げた。
装甲が展開し、格納されていた砲身がディゼムたちに向く。
「うぉッ!?」
エネルギーが照射されるが、黒い鎧、白い鎧、共にそれを回避した。
プルイナが、それを分析する。
『今の攻撃は限局核レーザー砲に近い原理の兵器です。あの巨人をここから移動させなければ、周囲の人々と建物が危険です』
「何て奴だ……アケウ!」
「あぁ!」
ディゼムとアケウは再び鎧の迷彩を起動し、巨人に突撃した。
射撃を回避しつつ両サイドから、人間でいう脇腹の部位に取り付く。
「上・が・れぇぇぇぇ!!」
スラスターの推力全開で、鎧たちは鋼鉄色の巨人を空中へと持ち上げた。
先日、同じようにして持ち上げた人工太陽よりも重かったが、それでも何とかなりそうだった。
腕を使ってディゼムたちを引き剥がそうとする、巨人。
二人は巨人の装甲に必死にしがみつきながら、推力を維持した。
「このまま、街から放り出そう!」
「分かった!」
アケウに同意して、ディゼムもスラスターの推力を強めた。
市街地が遠ざかり、無人の山林地帯が見えてくる。
巨人はそれに対抗するためか、自らの推進機を起動し、対抗する動きを見せた。
「こいつ!?」
「いや、行ける――このまま落とせば!」
ディゼムたちが離れると、巨人は森へと着地した。
木々は、巨人の膝に届く程度の高さだった。やはり大きい。
森の木々をなぎ倒しながら、巨人は二人へと火器を発射した。
火線はガンマ線レーザーなので目に見えなかったが、プルイナたちがセンサーを用いて可視化してくれていた。
天に向かって降り注ぐ恐るべき死の雨を、2領の鎧はかろうじて回避する。
回避しつつ、ディゼムは狼狽した。
「こ、これ全部が!? あのガン何とかなのかよ!?」
『出力では本機を大きく上回ります。当たれば消し飛びます。我々に協力してくれないのが惜しまれる戦力です』
「ンなこと言ってる場合じゃねえだろ! 全然近寄れねえ!」
再び熱電・色覚迷彩を作動させているにも関わらず、避けるので精一杯だ。
これは巨人を作り出した文明の技術が、26世紀の太陽系を上回っていることを意味した。
『センサーの感度も高い……何てやつを召喚したんだファリーハ!』
「こっちの武器も効かないなんて……」
破砕弾を撃ちつつ、アケウが焦りを口にする。
効くとすれば限局核レーザー砲だが、人口密集地が近傍にある状況で、誤射の危険を考えれば迂闊には使えない。
苛立つ彼らの視界が、その時、真っ赤に染まった。
「大きく、包め!」
気づくと、巨大な真紅の幕が、空中に大きく広がっている。
幕は巨人の火力で穴だらけになりつつも、その巨体を包み込み、視界を奪った。
「私のこと忘れてたでしょ!」
そう言って通信に割り込んできたのは、ホウセだった。
真紅の鎧に身を包んだ彼女は、いつの間にか鋼鉄色の巨人の足元の森にいた。
「どりゃあぁあ!!」
真紅の鎧が、腕の装甲をまるで筋肉のように膨張させ、すさまじい起重力を発揮した。
鋼鉄色の巨人は脚部を強烈に弾かれて、バランスを崩す。
巨大な赤い幕に覆われたまま、巨人は推進機で体勢を保とうとした。
その隙を見逃さず、黒い鎧が突撃する。
『今です、ディゼム!』
「おう!」
真紅の幕は、ホウセの持っていた真紅の槍が変形したもののようだった。
それが覆いかぶさってできた死角から、黒い鎧は巨人へと接触した。
そして、巨人の右肩の装甲に魔術紋様を描く。
昨日魔術省で実証したばかりの、“劣化の紋様”だ。
プルイナが告げた。
『ディゼム、この中心にあれを!』
「うおぉおぉ!!」
魔力を込めた鉄拳が、肘のスラスターの勢いで加速され、鋼鉄色の巨人の右肩を砕く。
その慣性が加わり、巨人は更に姿勢を崩した。
木々が更になぎ倒され、土砂が飛び散り、盛大な土煙が上がる。
ついに、巨人が転倒した。
ホウセはその左腕に飛び乗ると、大幕と化していた槍を元に戻す。
「長く、鋭く――貫けぇッ!!」
呪文と共に槍が伸びて、巨人の腕を大地に縫い止めた。
そこに、追い打ちがかかる。
「エクレル! 胴体の装甲にっ!」
『分かっているとも!』
接近した白い鎧が、巨人の胸部装甲に魔術紋様を描いた。
先ほどプルイナが描画したものと同様、描画箇所の強度を低下させる“劣化の紋様”。
データは共有済みだった。
流れるような体捌きで、1秒と経たずに大きな紋様が完成する。
間髪をいれず、アケウが叫ぶ。
「ディゼム!」
「よっしゃあぁ!」
呼応した黒い鎧は空中から急加速して、再び魔力の拳を放った。
レール・ライフルを凌駕する威力の一撃が、強度の下がった巨人の正面装甲を打ち貫く。
黒い鎧はその勢いのまま、陥没した装甲の中へと突入、動力の中枢さえも破壊した。
状況を見たプルイナが、通信機を介してアケウとホウセに警告する。
『危険です、離れ――』
大破した鋼鉄色の巨人は、森の中で大爆発を起こした。
衝撃波が市街地に達し、多数の窓ガラスを破壊する。
爆炎は遙か上空まで届き、海防島からも見えるほどだった。




