3.1.二つの計画
森の中を通る道。
舗装もなく、狭い。
2人がぶつからずに行き交える程度の幅はあるが、馬車などは1人乗りでなければ通れない。
その道の先に、一部が崩れた洞窟がある。
ビョーザ回廊。
インヘリト王国の史跡の一つである。
天然の洞窟ではなく、内部の道幅は一定している。
入り口から奥に進むと広くなっている箇所があり、そこには人が集まっていた。
魔術省の官服を着た魔術師が多いが、王族などもいる。
彼らが固唾を飲んで見守る中、予定されていた時刻が来た。
「――――!」
弱い閃光とともに、ばしり、と小さな衝撃音が響く。
同時に、待望されていた姿が現れた。
伸ばした銀髪を後頭部で束ねた、年若い娘。
彼女は周囲を取り巻く人々を見回すと、一礼した。
「お出迎えありがとうございます。ファリーハ、ただいま戻りました」
自爆テロで行方不明となっていたインヘリトの王女が、無事に戻ってきたのだ。
歓声が上がるのも当然ではあった。
「殿下!」「よくぞご無事で……!」「さぁこちらへ!」
集まっていた人々に迎えられ、彼女は待機していた馬車へと連れて行かれた。
その直前、やや声を大きく、呼びかけるファリーハ。
「あ、異世界の鎧と着装者たちは、官舎に戻っていてください! 午後には打ち合わせに行きますから!」
異世界の、と呼ばれた全身鎧は、そこから離れた場所に佇んでいた。
黒い鎧と、白い鎧だ。
先日異世界から召喚された、人類の切り札。
内部にはそれぞれ、召喚の際に着装者に選ばれた若者たちが入っている。
黒い鎧の中のディゼムと、白い鎧の中のアケウ。
彼らはファリーハを見送りつつ、ため息をついた。
「改めて大変そうだな、姫様……」
「実際やることが山積みだと思う」
すると今度は、二人のそれぞれの鎧に宿った人格が、鎧の内部で音声を発した。
『まずはアウソニアの理事会から、インヘリト王国に宛てた書簡の届け出ですね。
出発の際、自爆した魔術師の背後関係の調査もしなくてはなりません。これは魔術省や警察が、我々の不在のうちにある程度進めてくれていたと思いますが』
こちらは黒い鎧の制御人格、プルイナ。
落ち着いた印象の、やや低めの女性音声だった。
『クーデターの時に力説していたが、外務省の再編もしたいだろうな。インヘリトとアウソニアが本格的に交流を始めるとなったら、渉外部門の出番だ』
もう一方が、鈴の鳴るようでいて、やや高圧的な女性音声。
白い鎧の制御人格、エクレルだった。
性別はないが、その存在を知る者からは彼女たち、と認識されていた。
プルイナが、付け加える。
『それと、アウソニア南部の廃港に転移した直後に、悪魔たちの大軍に襲われた件についてですね。何者かが我々の情報を、悪魔たちへと流していた恐れがあります』
「何者かって、何だ」
『不明です』
ディゼムが尋ねると、彼女は肯定も否定もしなかった。
『偶然悪魔たちがあそこに居合わせていただけということも考えられますが……偶然だったと片付けてしまうよりは、懸念事項を精査するべきでしょう』
「……大変だな姫様も」
『他人事ではありませんよディゼム。ファリーハも最初は警察を信じて面子を立てるなどと言っていましたが、自爆テロなどが起きてはそんな建前も吹き飛びます。捜査で迷彩やドローン、武力が必要とあらば、彼女は躊躇せず我々に要請することでしょう。覚悟しておくべきです』
「……あんまりこき使われねえことを祈るしかねえな……」
プルイナの言う通り、計画への入れ込み具合から考えて、必要ならばファリーハはディゼムたちを酷使することだろう。
それを思うと、やや憂鬱ではあった。
『加えて、我々ももう少し、魔術というものを学ばなくてはならない。特に魔術紋様、あの塗料を合成できるようになれば、魔力の概念が理解できずとも紋様による魔術を行使できるかもしれないからな』
エクレルが再び、意見を言う。
『それと有耶無耶になっていたが、この際だから本格的な武器供与も行うべきだろうな。装薬式の重機関銃ていどは欲しい』
『とはいえ、いつまた魔王が来るかわかりませんので、魔王討伐も優先して進めたいところです』
「時間が足りねえな……」
「足りないね……」
彼ら、彼女らもまた、事故によって飛ばされた異国の地から戻ってきた直後だった。
アケウが、呼びかける。
「とりあえず、官舎に戻ろうか」
「おう」
ファリーハの言う通りに官舎まで戻ろうとした、その時。
小さな衝撃音とともに、また転移してきた者がいた。
脳天気な声が、洞窟に響く。
「お邪魔しまーす!」
「ホウセ!?」
ディゼムに名を呼ばれたのは、黒髪の小柄な娘だった。
首には、腰まで届く長さの真紅のマフラーを巻いている。
ディゼムは鎧の外部音声を起動して、小声で彼女に問いかけた。
「お前まで来るのかよ……!?」
「私は“連絡係”だからね。人類の新しい集団が見つかったなら、見ておかないと」
「書簡は姫様に預けたんなら、お前が来る意味ないだろ」
「私、用済み? 用済みになった女は捨てちゃうんだ? うーわ最っ低ー」
「勝手にそういう話にするんじゃねえ!」
彼女――ホウセは、地上に生き残った人類のコミュニティを繋ぐために、連絡員として各地をまわる役目を自認していた。
今までインヘリト王国だけが、地上に唯一生き残った社会だと思われていたが、そうではなかったのだ。
ホウセに取ってはむしろ、インヘリトこそが新しく見つけた集団ということになるだろうが。
故郷であるインヘリト王国と、先日初めて訪れたアウソニアと呼ばれる国しか知らなかったディゼムとアケウには、想像し難い身の上だった。
そんな彼女に対して、「あれ、誰だ?」といった言いたげな周囲の視線が集まっていた。
アケウが白い鎧の手を挙げて、外部音声で説明する。
「あ、この子は現地の協力者です。大丈夫です!」
それで、彼らの疑問は解消したようだった。
すでにアウソニアの存在は、先行して帰還していたアケウによって、インヘリトにもたらされている。
黒い鎧の中から、ディゼムはホウセに尋ねた。
「これからどうすんだよ?」
「ファリーハに頼んで、ちょっと滞在先を融通してもらおうかなって。アウソニアの家もそうやって借りてたし」
「……まぁ姫様ならやってくれるかもしれんけど」
悪魔に制圧された現在の世界で、細々と残った人類の社会同士を連絡するという彼女の役割は、極めて重要だろう。
ただ、彼女の言葉や足取りの軽さは、その重さをあまり感じさせなかった。
「で、ファリーハはどこ? 先に着いてたと思うけど」
「……あの人はこの国のお姫様で、今は護衛に付き添われて王都に戻る最中なんだよ。うかつに近づいたら騒ぎになっちまうから、今すぐはダメだ」
「官舎で待ってろと言われたから、僕たちと一緒に来るのがいいんじゃないかな」
「えっそれって……何かこう、お誘い的な……?」
わざとらしく頬を押さえて、ホウセ。
ディゼムは眉根を寄せてうめいた。
「アホか! 午後には姫様が打ち合わせに来るから、その時に部屋を頼めよ」
「じゃあそうしよっか」
『ディゼム。こちらに勝手にやってきたとはいえ、私は彼女に王宮などで、インヘリトの外の世界について証言してもらうのがいいと思っています』
プルイナの意見に、ディゼムは疑問を並べた。
「証言ね……この密入国者に? 王様の前で?」
「密入国じゃないし! 挨拶して入って来たし!」
『図書館で法律の本も読んだが、お前は王国に籍がない状態で外部から領土へと入り、かつ所定の手続を済ませていない。法制度上は不法入国者だ』
「いいもんファリーハに頼むから!!」
エクレルの指摘に、ホウセは頬を膨らませた。
3人と2領はそうして言い合いつつ、王都の官舎まで戻っていった。
具体的には、飛行した。
黒い鎧と白い鎧は無用に人目に触れることが無いよう透明になっていたが、真紅の鎧は違った。
彼女が槍にまたがって飛行しているのを目撃した国民から魔術省への問い合わせがあり、ファリーハの仕事がわずかに増えた。




