2.13.隕石の迎撃
姿を現した、人語を喋る悪魔。
これまで、魔王以外の悪魔は呪文を唱えることこそあれど、話しかけてくることはなかった。
だがディゼムは取り合わず、更に煙幕を噴霧して悪魔から離れようとする。
悪魔はそれを阻むように更に前進し、右手を前に突き出した。
「重さよ、増せ!」
プルイナはその兆候を、センサーで捉えた。
魔術によって重力が増大する前に、機体を大きく跳躍させる。
「!」
『2度受けてようやく把握しました。重力を強める魔術とやら、発動から本機の自重が大幅に増加するまでに、わずかなタイムラグがあります。その隙に影響圏から離脱しました』
プルイナの報告にディゼムはうなづきつつ、更に煙幕を放とうと構えるが、
「ヒトの戦士よ、私は魔の戦士、ペレグ」
悪魔が、名乗った。
ディゼムが聞いたのは、魔王の影によるそれ以来、2度目となる。
悪魔ペレグはディゼムに聞く意思があると見たか、言葉を続けた。
「その赤い鎧を渡せ。そうすれば、お前たちの集落は見逃し、我々は散らばろう」
「……!?」
悪魔の提案に、ディゼムは眉根を寄せた。
プルイナが、内部音声でディゼムに呼びかける。
『ディゼム、一旦停止して、様子を見ましょう』
「取り合うこたねえだろ。相手は悪魔だぞ」
『悪魔の後続集団が追いついてくるまで、まだ時間がかかります。情報を引き出せるかどうか、試してみたいのです』
「ホウセもいるんだぞ!」
『ホウセの呪いを解く手段を、聞き出すこともできるかもしれません』
「……! エクレル、お前はいいのか!」
通信を介して白い鎧に問いかけるも、エクレルとアケウの返答は意外だった。
『構わん。機会としては貴重ですらある。魔王の“影”は、会話をするつもりはなかったようだからな』
「僕も賛成だ。ホウセには悪いけど、悪魔が何を喋るのかは気になる」
「……!」
確証はなかったが、そう言われると、プルイナの言うことに賭けてみたい気にもなった。
アウソニアに戻れば呪いを解ける魔術師がいるかもしれないが、作戦中に今すぐ戻ることは出来ない。
プルイナが、内部音声で問いかける。
『いいですね、ディゼム?』
「…………こいつを渡したりはするなよ」
『しません。相手の出方をうかがうだけです』
そう答えるとプルイナは、悪魔に向かって外部音声を発信した。
『言葉が通じるようですね、魔の戦士ペレグ。私はプルイナ』
彼女は黒い鎧から、音声で質問する。
『彼女をどうするつもりですか?』
「その鎧を引き剥がし、得る」
『彼女を無力化した際に奪えばよかったのでは?』
「その前にお前たちが連れ去った」
ペレグが、更に言葉を口にする。
「逆に問おう、ヒトの戦士。その鎧は何だ」
『木星開発機構軍、試作型汎用歩兵装甲服。XPIAS-6、ディグニティ。木星軌道の開発における様々な障害に対する軍事行動、特に歩兵を用いる作戦を、より効率化する目的で製造されました』
淀みなく答えるプルイナ。
黒い鎧の中のディゼムには、意味が理解できなかった。
同様に理解が及ばなかったようで、悪魔は短く、うめいた。
「はぐらかすな」
『こちらからもう1点たずねましょう』
そこに、再び尋ねるプルイナ。
『この人に掛けられた呪いを解く方法を教えてください』
「確立した呪いは魔術で解けばよい」
『我々の中には技能者がいません。そちらで解くことはできませんか?』
「そのヒトの呪いを解いてもいい。代わりに、そちらの集落の場所を教えよ」
『その要求は満たせません。また別のことを尋ねましょう』
プルイナはあっさりと要求を拒絶し、再び質問した。
『魔王の居場所はどこですか?』
「…………!」
ペレグはそれを聞いてしばし沈黙したが、短く答える。
「教えぬ」
『どうすれば教えてくれるのですか?』
「何を代価に差し出されようとも、それだけは教えぬ」
『残念です』
「ならば選べ。そのヒトか、集落か」
ペレグの代案を聞き、ディゼムは吐き捨てた。
「選ばせてやるってか? ふざけんな!」
「どちらも嫌だというのなら、この場でお前を灰にして、その鎧を得る。赤い鎧も、集落も」
「やれるもんならやってみやがれッ!!」
ディゼムは吠えつつ、機体のスラスターを噴射して後退した。
「ヒトよ、灰になれ!」
強烈な呪いがディゼムに降りかかる。
しかし、
「なるわきゃねえだろうがッ!」
気合いとともに、魔術抵抗で弾く。成功した。
(とはいえ、どのみちホウセを抱えてるんじゃ、まともに戦えねえ……!)
更に後退する。
悪魔は腕を振りかざし、飛びかかってきた。
『クロスレンジ・レーザー、行使』
頭部の照射装置からレーザーが発振されるが、他の悪魔たちより耐久性が上回るらしく、ペレグの頭部や鎧に与えられた損傷は軽微に留まった。
「小賢しい!」
反撃とばかりに、悪魔の拳が振り下ろされる。
「!」
ディゼムがそれをかわすと、地面が大きく陥没した。
『振り下ろしの直撃だけは避けてください。ホウセが危険なことに加え、装甲が耐えても、土中にねじ込まれます』
「クソっ……!」
ディゼムは再び後退し、煙幕を放った。
「逃がさぬと言った。重さよ、増せ!」
またも、重力が強まった。
強度こそ低く、飛行を阻害されるほどではなかったが、その代わりに範囲が広い。
こちらの速度が鈍ったところに、ペレグが飛びかかってくる。
重力の魔術の影響を受けないのか、まったく身軽だった。
ペレグが手を握りしめ、巨大な金槌のようになったそれを振り下ろす。
「…………!」
回避できない。
そこへ、弾丸が飛来した。
ディゼムの頭上を通り、金槌のように変形した悪魔の拳に当たって、砕く。
「!」
通信が入った。
「ディゼム、遅くなってごめん!」
アケウと白い鎧だった。
ディゼムの視界モニターの右端に、状況が表示された。
彼らは迷彩状態のまま、2キロメートルほど離れた地点にいる。
レール・ライフルは少なくとも、片方は破壊されなかったらしい。
「おせーぞ! 助かった!」
スラスターを噴かせながら、軽口をいう。
エクレルのすました声も聞こえる。
『何とか間に合ったな。ホウセを連れてそのまま下がれ』
それに続いて、ペレグの頭部を、後ろから何かが貫いた。
悪魔の頭部に開いた穴が、2つに増える。
「ご!?」
ホウセの持っていた、真紅の槍だ。
(港に置いてきちまったもんが……!)
同時に、ディゼムの腕の中にいたホウセが、動いた。
全身をばねにして、ディゼムの腕の中から飛び出す。
「うぉ!?」
「素早く、戻れ!」
ホウセの声が響く。
真紅の槍はペレグの頭部から抜け落ちて、磁力で引き寄せられたかのようにホウセの手の中へと戻った。
構えるホウセ。
驚いたディゼムは、安否を尋ねた。
「ホウセ!? 呪いは……!?」
「私の鎧には、ゆっくりだけど呪いを解く機能もあるから。一度はほぼ完全に蝋人形になってたけど、あなたたちが術をかけた悪魔を倒して時間を稼いでくれたおかげで、元に戻れたってわけ」
槍を構えながら、彼女は答えた。
悪魔は右手を破砕され、頭部の中央に二度の貫通創を受けたにもかかわらず、倒れない。
それどころか、馬の頭蓋骨のような頭部の顎をがたがたと上下させ、喋った。
「私をこの程度に傷つけたか」
ペレグがそう言ってややかがむと、その頭上を衝撃波が通過した。
アケウの撃った弾丸を回避したのだ。
「だがもはや捉えた。流星よ、降り注げ!」
悪魔が魔術を開放すると、強大な呪いが周囲に広がった。
体組織が変化するたぐいの呪いではない。
隕石が立て続けに直撃するという、おぞましいほどの不運。
魔術によって、それが付近一帯に降りかかったのだ。
個々の魔術抵抗が意味をなさない、間接型の攻撃魔術。
ホウセがそれを感じ取り、仲間たちに告げる。
「あの隕石の魔術が来る!」
『あらかじめ来るとわかっているなら、迎撃は難しくありません』
『軌道計算完了。クロスレンジ・レーザー、行使』
黒と白の鎧が空中を向き、側頭部からそれぞれ2条のレーザーを発振する。
白い鎧は更に、レール・スナイパー・ライフルも使用した。
飛来した隕石は、射程内に入ったそばから破壊されて小さな破片となり、空気抵抗で速度を落としてゆく。
この正確さは、観測データリンクがもたらしたものだ。
1500メートルほど距離の離れた2領の鎧と、上空に留まっているドローンとが得た情報を合成すれば、単独より更に精密な射撃が可能となる。
「……!」
粉砕された隕石がかすかな微粒子となって、上空にうっすらと漂っていた。
後方のエクレルたちから、再び通信が入る。
『148の隕石、全ての破砕を確認した』
「アレも撃ち落とせるんだ……」
『今度は防ぐことが出来ましたね。あなたの警告のおかげです、ホウセ』
空を見上げ、半ば呆然とつぶやくホウセに、プルイナが礼を言う。
その時、悪魔が動き出した。
左腕を振り上げ、一足で黒い鎧へと飛びかかる。
「おのれ!」
「プルイナ!」
『加速』
ディゼムの呼びかけに応え、プルイナが黒い鎧のスラスターを全開にする。
一瞬で亜音速にまで加速した黒い鎧は、その間に拳を振り抜き、身長3メートルを超えるペレグの胴体を打った。
反動で空中に大きく、悪魔が吹き飛ぶ。
『限局核レーザー砲、行使!』
黒い鎧はそのまま右腕の装甲を展開、外側に飛び出した肩装甲の内部で、小規模な核爆発が生じた。
爆発によって生まれた大量のガンマ線が収束され、レーザーとなる。
レーザー化されたガンマ線は、鉄拳で空中に放り上げられた悪魔を捉えた。
そのエネルギーで悪魔の身体は膨張し、小さく爆ぜる。
そのまま荒れ地へと落下する悪魔を見届けたディゼムに、アケウとエクレルから通信が入った。
『やったんだね、ディゼム』
『他の悪魔たちも迫ってきている。当初の予定通り、引き撃ちでおびき寄せていくぞ』
だが。
『避けて!』
「!?」
プルイナの警告と共に急速に迫った影が、黒い鎧の首を掴む。
そのまま猛烈な力で締め上げられ、ディゼムは空中に浮いた。
掴んでいるのは、ペレグだった。
「はははは、人間め、甘く見ていた!」
黒焦げになりながらも、悪魔は死なず、哄笑を上げていた。




