2.12.呪詛の飽和
ディゼムたちと連携・後退しつつ、火炎弾の魔術を放つホウセ。
「熱く、燃やせっ!」
直撃を受けた下級の悪魔たちが炎上しながらのたうちまわり、それとは形態の違う、やや上級らしき悪魔たちが彼女を追ってきた。
巨大な粘土玉から手足を生やしたような悪魔が、魔術で頭上から雷を落とす。
「落ちよ、雷よ!」
「おっと……!」
ホウセは真紅の槍を地面に刺して姿勢を落とし、落雷を槍へと引き受けさせた。
「群がれ、火球よ!」
腕の骨だけがいくつも連なってできたような悪魔が、無数の火球を飛ばしてきた。
ホウセは真紅の槍を引き抜き、振り回す。
「硬く、弾けっ!」
真紅の槍から放射された魔術の力場が、火球の群れを跳ね返し、ばらまく。
火球は周囲の廃屋や下級の悪魔たちに着弾し、炎上させた。
その直前に屋根から飛び降りてきたのは、鉄でできた切り株のような悪魔だ。
密集した金属の根のような器官を、彼女に向かって鋭く伸ばしてくる。
ホウセは呪文を唱えた。
「長く、伸びろっ!」
真紅の槍の柄が10メートルほども伸びて金属の根をかき分け、悪魔に突き刺さり貫通する。
鉄でできた切り株のような悪魔は、どこに口があるのか、悲鳴を上げた。
「くぁぁ!?」
「縮んで、飛べっ!」
ホウセが振りかぶって投げるような動作をすると、真紅の槍は彼女の手を離れ、悪魔に刺さったまま元の長さに戻る。
そして呪文の通り、悪魔を突き刺したまま、飛翔した。
真紅の槍は軌道を変えて、2人の悪魔が並ぶ直線上を突撃する。
ズガ、と小さな音を立て、悪魔たちは真紅の槍で串刺しとなった。
そこに今度は、大きな影がいくつも落ちた。
「っ!」
見上げるホウセの目に映ったのは、家屋だ。
土台から掘り返された石造りの廃屋が、複数。
放り投げられ、彼女を目がけて落ちてくる!
ホウセは前へと飛び出し、廃屋を投げつけてきたと思しい悪魔に接近する。
悪魔の姿は、ナメクジで作った結び目の塊といった印象だ。
「疾く、戻れ!」
真紅の槍を呼び戻し、突進の勢いと共に前方に突き出す。
彼女の背後に石造りの廃屋が落下して、バラバラになる。
同時、槍の穂先が、悪魔を貫通した。
だが悪魔は死なず、両腕で槍を掴んできた。
「っ!」
『ホウセ、離れてください』
通信機からプルイナが指示する。
すぐさま槍を手放して飛びのくホウセを、これまでにない激烈な衝撃が襲った。
着地に失敗し、転倒する。
「…………!!」
呪いだった。
複数の悪魔による、複数同時、多重の呪い。
ホウセ自身の魔術抵抗で、毒の呪いを拒絶した。成功する。
そして石化の呪い、豚化の呪い――合計5つを真紅の鎧が弾いた。
だが、7つ目、8つ目と、呪いは更に折り重なってくる。
鎧と自身では弾けなかった分の呪いが、彼女の肉体へと直接降り注いできた。
呪いによる、飽和攻撃。
それなりに高度な魔術を扱える悪魔が揃っていないと、できないことだった。
通信機の向こうで異変を察知したプルイナが、呼びかける。
『ホウセ? どうしましたか、ホウセ!』
「……!」
ディゼムも、ホウセが倒れた瞬間を鎧の望遠で捉えていた。
躊躇せず、周囲の悪魔たちに照準を向け、レール・スナイパー・ライフルの引き金を引こうとする、その直前。
『アケウ、ディゼム、警戒しろ! 前方、悪魔らしき集団が飛来する!』
エクレルからの通信が入った。
着装者たちの視界の隅に相対座標が表示され、高速で接近する物体があることを知らせてきた。
空を飛ぶ悪魔だ。
白い鎧を立ち上がらせて告げる、エクレル。
『我々が抑える。お前たちはホウセを救出しろ』
着装者たちが返事をする間もなく、飛んできた悪魔たちが炸裂弾の魔術を放った。
プルイナが警告する。
『陣地変換!』
爆風と爆炎が、彼らのいた森の射点を吹き飛ばす。
ディゼムたちはレール・スナイパー・ライフルを放棄し、戦闘速度での飛行に移った。
代わりに、それぞれ背面に装着していた突撃銃を握る。
アケウはその引き金を引き、反撃した。
「当たれ!」
撃ち出された弾丸は悪魔たちの複数に当たるが、いくつかは魔術の防壁で弾かれたようだった。
突撃銃の威力は、レール・スナイパー・ライフルには大幅に劣る。
「ヒトよ、石となれ!」
悪魔の1人が、魔術でアケウに呪いをかけた。
魔術の呪いが、白い鎧の中のアケウに絡みつく。
エクレルは内部のアケウの身体データを計測し、組織が変化する兆候を検出した。
二酸化ケイ素――つまり石になろうとしている。
エクレルにとっては理解不能だったが、ともあれそれは超自然、つまり魔術による呪いと解釈していい現象だった。
『アケウ、魔術抵抗だ! やってみせろ!』
「このっ……!」
意識を鋭く固めて、侵入してくる悪意を振り払うアケウ。
時間にして、およそ3秒。
「…………!」
『組織変性の兆候なし――撃て、アケウ!』
「ッ!!」
突撃銃を構えて、白い鎧は撃った。
弾丸は呪いを放ってきた悪魔に当たり、頭や翼を撃ち抜いて殺傷する。
アケウが自身の魔力で呪いに抵抗し、弾き返したのだ。
一方、廃港に向かったディゼムは、高速で飛行する黒い鎧の中で歯噛みしていた。
「クソ、距離を取ったのが仇になったか……!」
『悪魔の数と魔術の強度が予想以上です。急ぎましょう』
何もなければ、ものの10数秒で到達する距離だ。
その前方に、背面から鳥のような翼を生やした、人間型の悪魔が5体。
黒い鎧に向かって、悪魔たちが狙いを定める。
『速度はこちらが上です。このまま突破します』
しかしその時、プルイナはディゼムの体に変化が生じる兆候を検出していた。
わずかだが、手足が縮退し始めている。
皮膚や呼吸器系にも異常が出始めていた。
プルイナにも、ディゼムにも知る由もないことだが、人間を魚に変える、呪いの魔術だった。
プルイナは黒い鎧を後退させた。
呪いの術者と思われる悪魔からの距離を取れば、変性の速度は落ちるはずだ。
『ディゼム! 身体に異常が出ています! 呪いの魔術に抵抗してください!』
「う……! クソ、ふざけるなよ……!」
彼は意識を固め、反抗を念じた。
だが、変化は止まらない。
プルイナはさらに、鎧の内部のディゼムに一過性の向集中薬を注入投与した。
軽率に使うべきではないが、ドーパミンの分泌が促進され、精神の集中や意識の切り替えが強化される作用がある。
間接的に、魔術抵抗を強化したといえるだろう。
しかし、まだ呪いは止まらなかった。
空を飛ぶ悪魔たちは黒い鎧へと接近し、呪いの強度を強めてくる。
ディゼムの呼吸器に、魚への変性による窒息の兆候が見られた。
「う、ごぼっ……!」
「ディゼム!?」
通信越しに彼を案じるアケウの声が聞こえたが、聴力が失われつつあるのか、やや遠い。
『ディゼム!』
プルイナの声も、遠くなってきていた。
人間の肺が、魚のそれへと変化しようとしている。
白い鎧は、呪いを弾きながら抗戦するので手一杯だった。
黒い鎧が、倒れる。
視界にはドローンが撮影している、真紅の鎧の姿が映っていた。
悪魔に囲まれ、呪いにさいなまれている。
通信の向こうからは、苦しむホウセのうめき声が聞こえてきた。
「……っ……ぎぃ……!」
(こんな……)
うつぶせに倒れる黒い鎧の背に、別の悪魔が重力の魔術を放った。
「重さよ、増せ!」
昨日も廃港で受けた、重力を増大させる効果だ。
強まる重力は、内部のディゼムの体にも及ぶ。
魚になりつつある肉体が、増大した自重に負けようとしていた。
(こんな、ところで……!)
死んでなど、いられない。
(けど、どうにもならねぇ……のか……!?)
そんな考えが、脳に充満しようとした時。
『左前腕、射出』
プルイナが、黒い鎧の左腕を射出した。
重力の魔術の範囲から抜け出した左腕部分が宙を舞い、悪魔の1人の足首を掴んだ。
そして肘部分のスラスタを噴射して、黒い鎧本体に向かって道連れにした。
黒い鎧の周囲には、まだ悪魔の魔術による重力が働いている。
「……っ!」
黒い鎧の動きに反応し、ディゼムは足に力を込めた。
ヒレになりつつある足だったが、そんなことは関係ない。
強大な重力に引っ張られていた、右手の突撃銃を手放す。
「――――!」
声は出せなくなっていた。
腕も、ヒレになりつつあった。
それでも、拳を固め、左腕が連れてくる悪魔へと打ち放つ。
円筒のような形状をしていた悪魔の頭部を、鉄拳が破砕した。
同時に、呪いが解ける。
魚になろうとしていた組織が、急速に人間へと復旧を始めた。
「…………!」
直後に、プルイナが鎧本体の兵器を起動する。
『クロスレンジ・レーザー、行使』
高出力のレーザーが空中へと発振されて、重力の魔術を放っている悪魔を推定し、その頭部を溶断した。
推測は当たり、重力の魔術が消失する。
ディゼムの手足に、明確な力が戻った。
「く……!」
ディゼムは手放していた突撃銃を拾い直し、照準、射撃。
誘導銃弾の全てが、残りの悪魔たちに命中した。
翼を備えた悪魔たちが死亡し、草地へと落下する。
プルイナはすぐさま黒い鎧を高速飛行に移行させ、内部のディゼムに呼びかけた。
『変性した組織は元に戻っています。ディゼム、動けますね?』
「あぁ……! それより、ホウセだ、助けねぇと」
『もう到着します。構えてください!』
荒れ果てた草地を飛び越え、廃港の市街地跡へ。
真紅の鎧を囲んでいた悪魔たちに向かって、ディゼムは発砲した。
「どけ、悪魔どもッ!!」
「ぎひ!?」「ぐぁっ!」
10人の悪魔のうち、5人が銃弾を受けて即死、残りが散開する。
真紅の鎧は、微動だにせず、倒れ伏していた。
ディゼムは、祈った。
(生きてろよ……!)
プルイナは、通信機越しに呼び掛けた。
『ホウセ。ホウセ! 可能ならば応答してください!』
「…………」
返事はない。
通信機に生じるノイズから、かろうじて呼吸をしているのは把握できるが、弱い。
生き残った5人の悪魔が、黒い鎧を取り囲もうと動く。
ディゼムは黒い鎧に回避機動を取らせながら、右手の突撃銃を連射した。
発射された誘導銃弾が、1人、また1人と悪魔を捉え、射殺する。
そこで、弾が切れた。
「っ!」
それを隙と見た悪魔の1人が、呪文を唱えて呪いを放とうとする。
「ヒトよ、木にな――」
「うるせえッ!!」
叫び声とともに呪いの魔術は弾かれ、鎧の力で投げつけられた突撃銃が、悪魔の頭部を叩き割った。
『制圧しました。周囲から別の悪魔たちが集結しつつあります。ホウセを回収しましょう』
「分かってる!」
ディゼムは横たわる真紅の鎧を慎重に抱き上げると、背部と脚部のスラスターの出力を上げて後退した。
『ニンジャ・スモーク、行使』
プルイナが黒い鎧の手のひらから、煙幕を噴霧した。
高速で反応して体積を増大させる混合液が、白い煙となって周囲に広がる。
ホウセを抱き上げたまま、ディゼムはさらに後退し、通信の向こうのアケウに呼びかけた。
「アケウ! ホウセは救助した! そっちはどうなってる!?」
「ディゼム、無事ならよかった。でもちょっと今、手が離せない!」
『さっき引き受けた悪魔がまだ片付いていない。悪いが、もう少し持ちこたえてくれ』
「仕方ねえ……!」
ディゼムはうめいて、後退を維持した。
鎧越しに、異様な硬直をしているように感じられる、ホウセの身体。
『呪いの作用によるものでしょう。彼女の肉体は現在、蝋に近い組成に変化しているようです』
「蝋って……崩れたりしねえだろうな」
『それも問題ですが、どのように治療するか、そもそも治療する方法があるのかどうか』
懸念しつつ、プルイナが警告する。
『接近する物体、おそらく悪魔です。やや大きい』
「大風よ、吹け!」
プルイナの見立ては正しく、煙幕の向こうで悪魔が呪文を唱え、魔術を解き放った。
悪魔たちの視界を遮っていたスモークが吹き散らされ、その向こうから大柄な悪魔が姿を現す。
走ってこちらを追ってきており、強烈な踏み込みによって一歩ごとに土砂が舞い上がっていた。
外見は鎧を着た人間のようだが、その頭部は馬の頭蓋骨から長い角を2本生やしたような形状をしている。
角を除いても、その身長は3メートルほどはあった。
悪魔が声を張り上げ、言葉を発する。
「やっと姿を現したな、人間の戦士!」
他の悪魔たちより、明らかに強い。
角の悪魔の姿は、そんな印象を抱かせた。




