第1章 「帝国軍人集団見合い」
七月七日、小暑の候。
今年もまた、この服を仏前に飾る日がやってきた。
ボタンが左側に付けられた国防色の詰襟と、同色のスカート。
この大正五十年式女子軍衣は、大日本帝国陸軍女子特務戦隊で青春時代を過ごした妻の遺品だ。
「里香さん…私達が初めて会った時も、この軍服を君は美しく着こなしていたね…」
上下揃いの軍服を仏前に示しながら、私は妻の遺影に語り掛ける。
黒縁の写真額の中では、私が手にしているのと同じ大正五十年式女子軍衣を纏った婦人将校が、陸軍式に脇を開いた挙手注目敬礼を決めていた…
私と妻の馴れ初めは、防衛省主催の集団御見合いの席だった。
陸海両軍の独身士官から希望者を募って開催される集団御見合いは、帝国軍人の福利厚生の一環として企画された恒例行事で、軍人同士の親睦を深める意味合いもある。
主計士官として内地の警備府で平和に事務仕事をしている私としては、他の士官達の武勇伝を聞くだけでも楽しく、機会を見つけては顔を出していた。
特に、先の戦争で活躍した大日本帝国陸軍女子特務戦隊の女子士官達は、凛々しくて可憐な軍服姿もさる事ながら、激戦区と化したユーラシア大陸での武勲話が刺激に満ちており、自分でも積極的に話を聞きに行っていた。
そしてその日の集団御見合い会でも、私は一人の女子士官と同席していたんだ。
「自分は、大日本帝国陸軍第四師団隷下女子特務戦隊所属、園里香上級大尉であります!出身地は堺県堺市であります!」
華奢な身体を包む大正五十年式女子軍衣の折り目は正しく、しなやかな細腕で決められた陸軍式の挙手注目敬礼には一分の隙も無い。
左側頭部で結い上げた艷やかな青髪は爽やかだし、丸い碧眼が自己主張している整った童顔には、快活で意思の強そうな微笑が浮かんでいる。
−いかにも大日本帝国陸軍の女子士官らしい、生真面目で凛々しい好人物だなぁ…
彼女の第一印象は良好だったが、この時は「将来を共にする人」という風には意識していなかった。
「第二海軍区所属の主計将校、北中振善光大尉であります。自分の出身地は、岸和田であります。」
こうして自己紹介に出身地を付け足したのも、単に彼女の自己紹介に合わせただけでしかない。
もしも彼女が聞き流していたら、私は今頃は別の女性と家庭を持っていたかも知れない。
「お国は岸和田でありますか?それでは貴官は、『ともの湯』という銭湯を御存知ではありませんか?」
だが、この美貌の陸軍上級大尉は私の出身地に意外な程の関心を抱き、地元民御用達の老舗銭湯の話題を切り出してきたんだ。
「ともの湯でありますか、懐かしいですね…あの銭湯は小学校の同級生の実家で、放課後によく通ったのでありますよ。」
「その同級生、友呂岐さんと仰る方ではありませんでしたか?貸本劇画が大好きな…」
私が答えるや否や、彼女は身を乗り出して次の質問をぶつけてきた。
その様子から察するに、ともの湯への関心は並大抵の物ではなさそうだった。
「驚きましたね…全く以て、その通りでありますよ。貸本で読むだけじゃなくて、自分でも劇画を真似して描いて、クラスメートに見せていましたっけ…友呂岐とは、御知り合いでありますか?」
私の問い掛けに、彼女は青いサイドテールを軽く揺らして頷いた。
「直接お会いしたのは比較的最近でありますが、御噂は存じ上げておりました。私の戦友の御兄様でありますから。」
「えっ…?」
思ってもみなかった意外な接点に、私は園里香上級大尉の童顔を二度見するばかりだった。
満更、赤の他人ではないという事か。
「そう言えば…友呂岐には確かに妹がいましたよ。誉理ちゃんといって、西洋人みたいな子でした…」
直接の面識はないものの、お互いの知人が兄妹だった。
そう考えると、目の前の女子士官を意識して考えてしまい、つい親近感を抱いてしまう。
「そう!金髪で少し蓮っ葉だけど、その実は優しい子で、士官学校時代からの友達だったんです!」
どうやらそれは、彼女も同様だったらしい。
口調がくだけて言葉数が増えたばかりでなく、その声色にも親しげな気安さが感じられるようになっていたからだ。
「私達の事、誉理ちゃんが引き合わせてくれたのかなぁ…いかがでしょう、北中振大尉?連絡先を交換するというのは!」
十代後半の少女時代を色濃く残した快活さと、グイグイとリーダーシップを取っていく我の強さ。
いずれも第一印象の通りだったが、決して悪い気はしなかった。
そもそも、こちらは内地で安全に事務作業に従事している主計士官で、向こうはユーラシア大陸の戦場を駆け抜けた女子特務戦隊。
どちらが主導権を握るかは一目瞭然だろう。
かくして、彼女の提案でアドレスを遣り取りした私達は、七月初頭の休暇日に初デートを行う運びとなったんだ。




