第四十六話 調査・後編
やっと書けた……!!
第二階層へと足を踏み入れた俺たちを待っていたのは牧歌的な風景だった。
「空!?」
驚く澪の言うとおり、見上げればそこには青空が広がっている。それも雲一つない快晴だ。先ほどまで天井のある洞窟を歩いていたのに突然野外のフィールドが始まる。これもダンジョンの意味不明なところの一つだろう。
「それに、随分と温かいです」
また、上着を脱ぐ璃良の言うように気温もおかしい。外は十一月も半ばで寒くなってきているのに、ここは温暖な気候のようだ。足下にも青々とした草が生い茂っている。
「まあ、これがダンジョンっていうものなんだろうね」
細かい理屈は分からない以上、とりあえずはそういうものだと受け入れるしかない。それでもなお驚きが止まない二人に、俺も夢の中で初めて潜ったときはこうだったなと懐かしくなる。
「ひとまず、先に進もうか」
とはいえ、ずっとここに居ても仕方がない。それにしばらく歩いていれば慣れてくるだろう。問題はどの方向に向かっていくかなのだが……。
「璃良、どうやって進めばいいと思う?」
「ま、また私ですか!?」
「ああ。どうも運が良さそうだからね」
公平を期すのならば今回は澪にすべきだ。だが、あの迷宮妖精は璃良の元に現れた。それを考えると、今日は璃良の采配に頼ってみたくなる。迷宮妖精に会えたというのはそれほどのことなのだ。
「私もそれでいい」
「えっと、それじゃあ川の上流の方に」
そう言って璃良はどこか遠慮がちに右側にある川を指さした。
「よし、行こうか」
そう言いって歩きだしつつ、内心で良い選択だなと思う。というのも、現在いる第二階層はここから見る限り広大な丘陵地帯のようなのだが、往々にしてこの手の一面フィールドは全域を舞台とした謎掛け型であることが多いのだ。正しい道を行かねばいつの間にか既に通った場所に戻されるはめになり、いつまでたっても次の階層に至ることは無い。そんな場所では少しでも指標となりそうな物に沿って進むのがセオリーである。
ちなみに左側には林が広がっていて、こちらはこちらで何かありそうな雰囲気だったりするのだが……。まあ必要があればまた来ればいいだろう。
「魔物です!」
そう思考に区切りをつけて、目の前の戦闘へと意識を切り替えることにした。
サハギンやリザードマンといった水辺に出現する魔物を倒しながら川辺を歩くこと暫く、俺たちの目の前にはそれまでとは少し異なった光景が広がっていた。
「牛と……小麦か」
俺たちが歩いてきた川の左側には牛たちが闊歩しており、反対の右側にはちょうど収穫時期だろうと思われる麦が風に靡いている。一見して長閑なその景色は、しかしダンジョンの中の一部であることを念頭に置くと異様と言えるものだ。
「魔物、でしょうか?」
確信を持てないといった風に呟く璃良の言葉の裏にあるのは、これがダンジョンの一部かもしれないということだろう。事実、ここに来るまでの道中の川に居る魚の半数はダンジョンの一部だった。戦闘の余波などで損傷を受けると壁や地面と同様に消えていく。そんな摩訶不思議な光景を目の当たりにした二人には、現在目に映る何もかもが紛い物に見えて仕方がないのだろう。だが、あの牛はそれより性質の悪いものだ。
「試してみようか」
俺はそう口にしつつ水球を生成し、牛に向かって射出する。あくまでも試しであるので威力は控えめにしたそれは、狙い通り目標に着弾すると、対象の気を引くことに成功した。
「ギョエェェ!!」
「……え」
怒りの雰囲気を漂わせた牛は俺たちの方を振り向き、本能的に不快感を覚えるような叫び声と共に頭部が“縦に”割ける。中からはうごめく触手を覗かせ、割けた淵には幾本もの牙が。
「魔物だったね」
「……」
「……」
とりあえず二人の緊張を解くためにと軽い調子で言葉を放ってみたが効果はなかったようだ。俺の発言は虚しく空気に溶け、二人は魔物のあまりのおぞましさに肌を粟立たせている。
とはいえ、悠長に構えているわけにもいかない。なにせ先ほどの注意を引いた牛の声に釣られるように周囲の牛も口を開き、そしてこちらに群れを成して向かってきているのだから。
「二人とも、迎撃準備!」
ゆえに、拍手を一つ打って二人のきつけを行う。
「見ての通り、炎に弱いらしい。近づけさせないで始末しよう」
そして色々な属性の攻撃を同時に放ちながら有効手段を見せてやり、行動を促す。すると二人はようやく意識を戦闘モードに切り替え、俺と共に掃討を開始した。
「まあ、ああいう魔物もいるってことだね」
戦闘終了後、ドロップ品の皮を集めながら敵のグロテスクな容貌に動きを止めてしまったことへの注意をそう言って締める。
「で、次はこっちなわけだけど」
「……また魔物なの?」
そして皮を集め終えた後、元の位置まで戻ってきた俺は小麦畑の方を向いてそう口にすると、澪が実に嫌そうな表情で疑問を返してきた。
「いや、多分こっちは――」
そう言いながら風の魔法で小麦を刈り取ると、小麦はこれまでの破損したダンジョンの一部のように消えていく。もっとも、ただ消えるだけでなくその場に金色の粒子を残した。
そしてその後も暫く刈り取りを続けると、やがて変化が訪れる。金色の粒子は集まり、光と共に藁製の袋となったのだ。
「宝物、ということなんでしょうか?」
「おそらく」
中に詰まった小麦を見ながらそう答える。随分安っぽい宝物もあったものだが、ドロップ品以外のダンジョンからの収集物を総じて宝物と呼んでいるので間違ってはいない。なにも露骨に宝箱に入ったアイテムだけでなく、ダンジョンの一部から採取できる宝物もあるわけだ。ちなみにダンジョンの宝物や魔物は異世界と法則が同じならば一日以上時間をかけてランダムに復活する。
「全部持って帰るの?」
「それは気分次第だけど、刈取りだけは全部やった方がいいだろうね」
「えっと、何ででしょう?」
「不自然だから」
温和な環境に忘れそうになるが、ここはダンジョンである。そして、そのダンジョンを入り口から歩いてきて初めてとなる大きな変化なのだ。ダンジョンの常識に照らし合わせて考えるならば、ここは宝物庫か次の階層へと至るキーポイントの可能性が高い。ゆえに小麦を持って帰るかはさておき調査はする必要があるというわけだ。
そんな説明をすると二人とも得心が行ったようで早速小麦を刈り取り始めた。
「さて、早めに見つかるといいんだけど」
はるか先まで広がる小麦畑を前にそんな呟きがこぼれた。
小麦を刈り取り続け一時間が経過したころ、ようやく先へ進む鍵となるであろうものが出現した。
「石碑と台座、ね」
ダンジョンの課題としては比較的オーソドックスな形である。石碑に書かれた課題の品を台座におくことで次への道が開かれるという仕組みだ。ちなみにこの石碑は触れることで内容が伝わってくる不思議システムを搭載しているので文字が読めない人も安心だったりする。もっとも、異世界においてもその機能が使われることは稀だったが。
「これ、何が書かれているんでしょうか?」
だが、今はその機能がありがたい。なぜなら“前半部分が異世界言語で記載されている”からだ。
「翻訳、にしては中途半端――っ!!」
そう疑問を呈しながら文字を追っていた人差し指で石碑に触れた澪は、とっさにその場を飛び退く。
「澪ちゃん……?」
「何か、声が」
石碑から内容が伝わってくることを知らなければ当然の反応だろう。とはいえ、害は無いと分かっている以上このままでいても時間の無駄なので俺も石碑に手を当てる。すると懐かしき異世界言語が聞こえてくると共に、その内容が直接伝わってきた。
『(深奥を目指す旅人に告ぐ)』
『(汝、この先を望むならその証を台座に示せ)』
『(一つは牛の皮、一つはトカゲの皮、一つは狐の皮)』
『揃えた暁には引き換えに霧の迷いから守る石を与えよう』
『扉はその向こうにあるがゆえに』
途中から同時に聞こえてくる言葉が日本語になったが、それは記載された部分が日本語に切り替わったからだろう。内容自体は聞こえてくる言語に関わらず伝わってくるので特に問題はない。ゆえに心配そうにこちらを見ている二人にも促して確認させる。
「つまりゲートは霧の中?」
「そうみたいですね。幸いリザードマンとさっきの牛のような魔物の皮はあるので、あとは狐の魔物の皮を集めればいいと思います」
浅い階層であることもあり、謎掛けというよりは単なる道標だったので二人もすぐにやるべきことを挙げていく。目標が明確になったからか心なし先ほどよりもやる気が感じられる。
「それじゃあ、早速――」
「いや、今日はここまでかな」
だが残念なことにタイムリミットだ。既にダンジョン内に入ってから三時間半が経過している。依頼で潜っている以上、俺たちは最初の指示通り直ぐに帰還に入らなければならない。
「まあ、解放されたらまた来ればいいさ」
非常に残念そうな二人に苦笑しながらそう声をかける。他のダンジョンの成果にもよるが、完全に封鎖されるということはまずないだろう。危機感ゆえか欲望によるものかは分からないが、そう遠くないうちにダンジョンは解放されてまた入る機会がやってくる。その時に今日の続きを探索しようと説きながら、地上に向かって三人で歩き出した。




