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第四十三話 後日

まだ読んでくださる方に感謝を。

「よ、バリアマスター」

「だから、そんなんじゃないって」


 顔見知りの一人から手を振りながらされる挨拶に苦笑を返す。あのワイバーンの一件以来、俺はギルドでこう呼ばれることが多くなった。曰く、結界を自在に使っていたことへの尊敬を込めているのだとか。言われている側としては中二病臭くて勘弁してほしいのだが。


「魔法使ってる時点で中二病も糞もねーだろ」


 そんな身も蓋もないセリフに振り返ると、そこにはヤンキー女と姉御さんがいた。二人を見たのはあの日以降では初めてだが、それなりに元気そうで少し安心する。全身を焼かれたり、その光景を目の前で見ることになったのだからショックで塞ぎこんでしまう可能性もあったのだから。


「この馬鹿っ! ……あの、先日はありがとうございました」

「あー、その。姉御を助けてくれて、感謝してる」


 しかし一体なんの用かと思ったら、わざわざそれを言うために近づいてきたらしい。確かにあの時はバタバタしていて礼をいう暇などなかっただろうが、共闘者として当然のことをしたまでであり気にする必要もないのだが。そう言うと、


「ほら、だから言ったじゃないっすか。こいつは中々見所があるやつなんすよ!」

「この大馬鹿! それに甘えてちゃスジが通らないんだよ!! ……もし、私達が力になれる時はいつでも言ってください。全力で協力させていただきます」


 とのこと。


「ありがとうございます。でも、本当に気にしなくていいんですよ? えっと……」

「彩奈です。こいつは由香。どちらも金持ちから探偵、近隣の老人会までコネがありますからそれなりに役に立てるかと」


 俺が二人の名前が解らないことをすぐに察し、自分とヤンキー女の名前を教えてくれる姉御さん。もとい彩奈さん。ついでに熱心な売り込みもかけてきたわけだが、例えのチョイスが謎である。まあいざという時に力になってくれるならそれに越したことは無いが、正直どこまであてにできるかは未知数だ。


「夢人、誑かされちゃダメ」


 そんなことを考えていると、澪が間に割って入ってきた。そして振り向きざまに彩奈さんたちにむかって口を開く。


「夢人が魅力的なのは分かる。でも私達のだから手を出さないで」

「はあ? 何言ってんだ、お前」


 発せられたのは頭を抱えたくなるような内容。当然ながらヤンキー女、もとい由香は不快そうに睨みつけてくる。


「彩奈さんは夢人にお熱。だから釘を刺した」

「ふざけんな! 姉御がこんなガキに落とされる訳ねーだろ!! ですよね、姉御……姉御?」


 一方、当の彩奈さんはというと顔を赤くしながら動揺していた。


「あ、その、私は年が離れてるから相手にされないだろうし……」


 まるで年齢のことがなければアタックしてるともとれる発言。これには俺も由香も驚く。特に由香については信じられないといった表情だ。


「やっぱり」


 逆に、澪はより警戒を強めたらしい。表情を険しくし、俺を隠すような位置取りを行う。


「れ、恋愛は本人の自由だろうが! だいたい“私達の”ってなんだよ。おかしいぞ、お前!!」

「私と璃良のという意味。あなたに分かってもらう必要はない」


 要の姉御の反応が予想と違ったことに戸惑いつつも、なおも噛みつき続ける由香。口論を始めたことに加え、姉御のことなので引くに引けないのだろう。だが、澪はお前に用はないと言わんばかりの対応であり、それが由香の炎に燃料を注ぐ。


「はん、つまり二股の糞野郎ってことかよ。そんな不誠実な奴だから不安になって姉御を威嚇してるってわけか」


 安い挑発だ。しかも多分あまり間違っていない。しかし俺のことを悪く言われたからか、澪はそれまで相手にしていなかった由香に対して怒りをあらわにする。


「夢人の侮辱は許さない。撤回して」

「お前が姉御に謝るのが先だ」


 互いに険悪な空気を纏い、一触即発といった雰囲気。流石に事が大きくなるのは好ましくないので、この辺りで止めておくべきだろう。


「そこまでだよ、澪」

「いい加減にしろ、この馬鹿たれ」


 声が被ったので向こうを見れば、彩奈さんも由香を制止しているところだった。ふと、目が合ったので互いに頭を下げる。


「お礼を言いに来たのに……申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ」


 その後とりあえず、お礼云々についてはまた日を改めてということで話がつき、この場は解散となった。




 それから数日たったある日、璃良をギルドの一角で待っていると彩奈さんに声をかけられた。ちなみに澪は用事で今日は修行不参加である。


「この間は申し訳ありませんでした」

「いえいえ、こちらこそ」


 心底申し訳なさそうに頭を下げられ、逆にこちらの方が恐縮してしまう。最初に突っかかったのは澪なのだからどちらかと言えばこちらに非があるし、そもそもそんな大きな問題でもなかったという認識なのだが。


「えっと、彼女さんは大丈夫でしたか?」

「ええ、なんとか」


 あの後、落ち着いた澪は俺に迷惑をかけたことや流石に彩奈さんに失礼過ぎたことを反省していた。なんでも、俺に明確に貢献できるライバルが出てきたと焦ったらしい。ビジネス相手じゃないのだから貢献とかを気にする必要はないと思うのだが、澪や璃良にとってはそうでもないようだ。二人揃って落ち込んでいるのを励ますのは少しばかり大変だった。


「そうですか。まあ、冷静になれば私みたいな年増なんか気にかける価値もないことが分かるので大丈夫だと思いますが」


 そう自嘲気味に言う彩奈さんの姿に、自分たちの価値とか貢献度を気にしていた澪と璃良の姿が重なり少し不快に感じる。


「いや、彩奈さんは普通に綺麗なお姉さんの範囲だと思いますけど?」

「え?」


 そんなことを言われるとは思わなかったという表情の彩奈さんにそのまま言葉を続ける。


「だって、今幾つですか?」

「その、二十歳です」

「たった四つ差なら俺たちと同世代みたいなものじゃないですか。澪が威嚇したのだって、彩奈さんが魅力的だったからなわけですし」


 と、そこまで口にして気が付く。これではまるで口説いているようではないか。彼女が二人もいる身としてこれは不味い。


「いや、まあ、だからもっと自信をもってそんなに卑下しないで欲しいなと」

「あ、そ、そういう意味ですよね。うん、ありがとうございます」


 慌てて修正をはかると、一応その意図が彩奈さんにも伝わったのか顔を赤くしながらも少し肩を落とし返事をする。そんな話始めて早々に気まずい空気が漂うことに焦るも、それを払拭するように彩奈さんが方向を少しずらして話を再開した。


「そういえば二人と付き合ってるって本当ですか?」


 それは俺にとって急所となる話題であり、一気に緊張する。しかし、今後も二人と共に居るのであればこの程度で怯んでいるわけにもいかないと気を取り直す。


「はい。世間的に見たら不誠実に映るかもしれませんが、二人とも俺にとって大事な存在ですし、いざという時に庇う覚悟も出来ています」


 この二人への気持ちに恥じるところなど無い。そんな思いを込めて言葉を紡ぐ。


「そう、ですか」


 そんな俺の言葉を聞いた彩奈さんはどこか潤んだ瞳でそう呟く。そしてしばらく俯いたかとおもうと次に顔を上げた時は笑顔だった。


「少し、羨ましいですね。私、これでもお嬢様で出会いとかなかったんで」

「お嬢様?」


 窓の外を見るその瞳に映るのが憧憬というより憂いなことが少し気にかかりながらも、続きを促す。


「私も由香もちょっとした企業の令嬢でして。まあ見ての通り跳ねっ返りなんで“らしく”はないですけど」


 曰く、今までずっとお嬢様向けの環境で育ってきたが馴染めずに苦労したんだとか。その時に似たような境遇の由香とも仲良くなったらしい。そして魔法の素養があったことで魔法使いとしてのコネ作りを理由に外での自由な活動の権利を勝ち取ったのだという。もっとも、だからといって直ぐに出会いなどあるはずもないらしいが。


「そういうわけで、愛だ恋だってのには憧れますね」


 照れながらそう口にするその姿は中々に可愛らしく魅力的だ。だが、俺には澪や璃良がいる以上、彼女の好意には答えられそうもないが。


「えっと、私は仲間に入ってくれるなら歓迎しますよ?」


 そんなことを考えていると、ふと聞き慣れた声がする。振り向けばそこには璃良の姿が。よく見ると魔力放出を0にしていたようだ。敵意も当然無く、俺が気が付かなかったわけである。


「澪ちゃんは敵対を警戒しているみたいですけど、本気で夢人くんを想っていてこちらにくるなら交渉の余地があると思います」


 突然現れた彼女の一人にそんなことを告げられ、慌てる彩奈さん。


「でも、いざという時は何より夢人くんを選ぶ覚悟を決めてもらいます」


 親より、友より、世間体より。そう続ける璃良に本気の色を見たのだろう。彩奈さんはしばらく考え込み、やがて頭を振った。


「……今は、まだ決められない」

「そうですか。気が変わったら言ってください。夢人くん、行きましょう?」

「ん、ああ」


 未だ迷った様子の彩奈さんに挨拶をし、璃良との修行のためにその場を後にした。




「そういえば、何で彩奈さんにあんなこと言ったの?」


 修行を終えた帰り道、ギルドでのことを璃良に尋ねる。


「好きになるのって理屈じゃないですから。それに夢人くんも満更じゃなさそうでしたし」


 まあ、美人に好意を持たれて悪い気はしなかったのは間違いない。もっとも、彼女が二人もいるのにと申し訳なさがないわけでもないが。


「あとは、私も澪ちゃんに背中を押してもらったことがあるので今度は私の番かなって。ただ好きってだけじゃなくて、命を助けてもらってるっていうのもポイントですね」


 なるほど。だが、二人が許したとしても取り巻く環境が悪化するという懸念はなかったのだろうか?


「二人の時点で既に手遅れです。それに夢人くんならなんとかできるような気もしてるんです」


 期待が重い。まあ、クリアすべき問題は世間体と親との関係、いざという時の守り方であることから人数はあまり関係ないのは確かだが。


「俺は二人と一緒に居られるだけで満足だから」


 しかし俺にとって重要なのは澪や璃良と共に在ることだ。それすら不確定な現状、余計なことを考える余裕はない。


「嬉しいです。夢人くん、一緒に幸せになりましょうね!」

「ああ、頑張るよ」


 そう、頑張らねばならない。もっと状況を大きく変えるような一手を……。


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