第三十五話 食糧問題
ストックさん、無事死亡。もう一文字も残ってないです。
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「夢人、お味噌とお醤油がそろそろ無くなりそうだから出しておいてくれる?」
「ん? ああ、了解」
母の注文に携帯端末の操作を中断し、亜空間倉庫を展開する。
「はい。最近、また食料品が値上がりしてるね」
「そうね。うちは調味料だけは買わなくていいから助かるわ」
そんな会話に近頃の物価について考えを巡らせる。
この半年以内に二度も発生した魔物の大量発生は、世界の食糧事情に大きな影響を与えた。というのも、魔物が田畑を踏み荒らしたお蔭で収穫量が激減しているのだ。魔物が意図的に作物を荒らすということは原則的に無いが、徘徊中に農地に入るということは十分にありうる。
また、畜産に関しても深刻だ。魔物は作物を荒らすことはしないが、生き物は襲う。つまり、牛や豚、鶏と言った家畜も襲われるのだ。一応、建物内に入れておけば小型の魔物からは守れるが、人工物をも壊す中型の魔物が現れる可能性を考えるとそれも絶対ではない。外国では放牧も盛んだし、飼料確保の問題もある。
そんな食料産業の天敵である魔物の大量発生が二回も起きたのだ。それも世界全体で。食料品の価格も上がろうというものである。一応、各国ともに備蓄を開放したり少々痛んだものでも消費するように奨励してはいるが、それでも完全に追い付いてはいない。特に食糧輸入大国の日本としては非常に苦しい状況だ。普通の家庭ではおかずはおろか調味料でも負担になる始末だったりする。
「まあ、昔山ほど買い込んだからね」
その点、我が家は大量に購入しておいた調味料のストックが俺の亜空間倉庫にあるからまだマシな方だろう。なぜそんなものを買い込んでいたのか。それは異世界転移への備えの一環だったからだ。なにせ夢の記憶によれば異世界には味噌や醤油といったものは見当たらない。もちろんどこかには似たようなものがあったのかもしれないが、俺は知らなかった。ゆえに一生分の調味料を確保しておいたというわけだ。
「ちなみに今日の夕飯は?」
「アジの塩焼きよ」
「アジか。結構好きなんだよね」
ちなみに漁業の具合はどうかというと、こちらはあまり打撃を受けていない。なぜなら水棲の魔物自体が浅瀬に出現するからだ。クラーケンのような大物でも遠洋で見たという話は聞いたことがない。もっとも、他国の自国消費量が増えた関係上、輸入量が落ち込んでやはり値上がりしているのだが。
「本当はもっと色々用意したいんだけど……」
「いや、十分だよ」
こういったり理由による食品の値上がりは、当然食卓に反映される。おかずの数が減ったり、品目が固定されたりと言ったことだ。幸い我が家は父と母の頑張りによってかなり高い水準を維持されているが、世間ではおかずがあると豪華という家庭も珍しくない。なお、俺の金が余ってるからそれを渡そうかとも言ったのだが、やんわりと断られてしまった。
「輸入関連の外交もあまり上手くいっていないみたいだし、どうなるのかしらね」
この食料品の価値が高まっている今、食糧輸出は大きなカードとなるらしい。日本はEUやアメリカ、中国から様々な要求をされて外交的に厳しい局面に立たされているようだ。
一方、オーストラリアやカナダ、東南アジア諸国は日本へ優先的に輸出してくれているらしく、政府もこのまま良好な関係を維持していきたいと述べていた。
「まあ、中々難しそうだよね」
魔物の出現に終わる気配が見えない以上、今後も大量発生は起こるかもしれない。今は備蓄があるが何らかの対策が必要なことは間違いないだろう。だが有効な案というのは未だ聞いたことが無かった。
その日の午後、ギルドに行くと研究チームの部屋に通された。
「おう、来たか坊主!」
「ゲンさん、何事ですか?」
快活な声掛けをしてくるのは研究グループ最年長のみ。他の面々は顔にタオルを乗せて天を見上げていたり、机に突っ伏していたりしている。
「ああ、すまんな。今は休憩中なんだ」
「それはいいですけど……」
そして何より目につくのは本の山、山、山。動植物図鑑から建築学の専門書、果てはSFっぽいものまで置いてある。
「今の案件でちょっと行き詰っていてな。坊主と話せば気分が変わるかと思ったんだ」
嬉しいことを言ってくれる。研究補助員の依頼は終わったが、こうしてまだ繋がりがあるのは喜ばしいことだ。
「ちなみに、どんな案件なんです?」
「食糧問題の改善についてだな」
奇しくもちょうど今朝話題に上がった話関連らしい。
「その割には資料の種類が妙なことになってますけど」
農業に関する本など目に付くところには見当たらない。かろうじて動植物図鑑が掠るくらいだろうか。SFの本に至っては何かの間違いではないかとすら思える。
「農業は経験も必要だろうからな。俺たちは魔物の性質から被害を減らす方向でアプローチをしてるんだ」
「なるほど?」
「ただ、これが難航していてな……。魔物の姿から特定の動植物が苦手みたいな習性がないかを捜したり、建物や柵の形状を変更することで侵入を防ぐことを考えたり。最近は魔法があるんだから空想上のシステムも実現できるんじゃないかってな」
どうにも、苦労しているようだ。話しているうちにゲンさんの元気がどんどんしぼんでいっているような印象さえ受ける。というか、
「難しく考えすぎなんじゃないんですかね?」
「なに?」
重要なのは食糧問題を改善に持ち込むこと。つまり手に入る収穫物が増えればいいわけだ。
「だから魔物の大量発生が起きた時に少しでも被害を減らす方法をだな――」
もちろんそれに対する対策も必要だろう。だが、相手は災害のようなものだと考えると相手にするだけ無駄だともいえる。例えば放牧中のところに発生すれば全滅もあり得るし、田畑に関してもその中に出現したらどうにもならない。
「というわけで、ここは日本人的に考えましょう」
自然に対する姿勢の観点から、人は三つに分類できるという話がある。ヨーロッパでは征服的、中東は対抗的、日本は受容的といった具合だ。
「受容的。悪く言ってしまえば諦めるとも言えますが、それを前提にして動けるとも取れます」
今回の場合なら魔物の大量発生だけでなくそれによる被害は仕方がないものとして諦める。代わりにその後にどうするかの対策を考えるという具合だ。
「いざという時のために備蓄を行う。備蓄が少ないなら増やす」
そして収穫前にやってくるというのなら、
「収穫時期を早める、ですか」
いつの間にやら突っ伏していた新山さんが起き上がりこちらを向いてそう口にする。
「まあ、そういうことです」
「だが、その辺は研究されつくされてそうだが……」
もちろん、今から研究するなら従来とは違ったアプローチが必要だろう。例えばこの研究グループが主に対象としている魔法や魔物関連を使ってみるとか。
「成長促進魔法とかありそうですし、魔物のドロップ品を肥料にしたら面白そうですよね」
想像と魔力が足りれば何でもできる魔法に、美肌だの筋力増強といった効果のあるドロップ品。自分で言っててなんだが、意外とできそうな気がする。
「……」
「……」
「あの?」
ゲンさんも新山さんも黙る。流石に言っていることが単純すぎたかなと思っていると、次の瞬間には大声を出していた。
「でかした、坊主!!」
「すぐに植物と魔物からの収集品を集めてください! ああ、本も片付けないと!!」
全員が慌ただしく動き出した辺り、本当に盲点だったようだ。ドロップ品なんかは食べるものという印象が強いのかもしれない。まあ、役に立ったのなら何よりである。
後日差し入れでもと思って研究室を訪れると、そこはジャングルだった。
「え、何これ」
「ああ、坊主か。まあ入れ」
唖然とする俺に、ゲンさんが開け放たれた扉から顔をだし入室を促す。流石に少々躊躇うが、気付かれた以上このまま帰るわけにもいかないのでそのまま部屋へ。勧められるままに椅子に掛ける。
「どういうことです、これ?」
「坊主の言ったことが当たってな」
ゲンさん曰く、魔法の方ははずれだったらしい。正確には効果はあったが、微々たるもので使い物にならなかったのだとか。しかし、魔物のドロップ品の方は見事に当たった。というのも、比較的よく出現する魔物のドロップ品を粉末にして土に混ぜてみたら一日で冗談のような成長を見せたのだとか。しかも、どの品種でも、どのドロップ品でもである。
「経過観察も必要だから様子を見てたんだが、部屋に入りきらなくなってきてな。今メンバー総出で外に運び出してるところだ」
どうやらジャングルである今以上に凄い状況だったようだ。
「まあ、魔物からのドロップ品を使うから以前のような価格は無理だろうが、今みたいな品不足からの高騰は改善できるかもしれん」
特にこの間から出現するようになったトレントの木材が良いらしい。今流行の食用目的では使われないし、建材として使うには小さいものも多くあるので値段が抑えられそうなんだとか。
「分量や地力の減少に関しての検証はこれからだが、とりあえず方向性が見えた。ありがとよ」
「いえ、ほとんど妄想話でしたし」
流石に恐縮する。だが、これで収穫物の品質や地力への問題が無さそうならある程度事態は改善に向かうかもしれない。そうなればいいなと思いながらゲンさんの出してくれたお茶を啜った。
現代物で知恵・知識系の強えぇ!するのはなかなか厳しいものが……。




