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第三十一話 解散騒動

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 初デートからだいぶ経った頃、ギルドは新山さんたちの研究成果をIFO(国際幻想機構、International Fantasy Organization)で公表した。基礎理論から派生する技術の修得法までが体系的に記されたそれは、魔法黎明期の地球においては最先端のものだったと言えるだろう。

 だが、各国は“それなり”の賞賛を表すにとどまった。例えばアメリカは『世界の安寧のために技術公開を決断した日本に感謝する』という行動を褒めるものだったし、EU圏は『魔法使いの安定的な成長に寄与するものだ』という微妙な褒め方。中国やロシアに到っては『今後も日本の活躍に期待する』という無難なものであった。


「まあ、考えてみれば当然だけど」


 というのも、他国においても魔法に関する研究や技術の普及には取り組んでいたのだ。特に戦線が厳しいところほどその傾向は強い。つまり彼らにとって今回の発表は“画期的”ではなく“手間が省けた”程度のものだったわけである。凄いと思っていたのは魔法使いの人数の多さに慢心し、国が研究と普及の手を緩めていた日本くらいだったのだ。

 もっとも、その日本の魔法使いにとっては革新的なものに違いなく、ギルド講座の開設や互助グループの構築といったものが全国的にみられるようになった。世界に追いつけ追い越せ、というわけだ。


「俺も最近妙に人気だしな」


 研究補助員として実験指導をしていたことはすぐに支部内で広まり、よく質問をされるようになった。見せかけの魔力量の多さやオーガ戦の殿を引き受けたことも相まって、どうも才能があるやつと目されているようだ。今ではギルドで声を掛けられない日はない。


「まあ良いんだけどさ」


 優秀と認識されることや周辺のレベルが上がることは、公に使うことのできる手札が増えることを意味する。これこそが俺が研究補助員を引き受けた目的だったのだから、今の状況はむしろ歓迎するところだ。


「目立ちはしたけど許容範囲だったしな」


 基本的に、目立たずに済むならそれに越したことはない。だが、必要ならば常識の範囲内で目立つくらいは妥協しても良いとも考えている。逆に常識から大きく外れる目立ち方は性質の悪い厄介事を引き寄せるので、抑止力として作用させる以外は原則禁止だ。

 そして、今回の件は二番目――目立つが常識の範囲内――に該当する。魔法の自由度を上げる代わりに『才ある者』という目立ち方を許容した形だ。


「あと、充実感もある」


 俺も社会的な生き物である以上、他人に認められ頼られるというのは気分がいいものだ。もちろん澪や璃良と違って力を見せ過ぎれば容易に離れていく存在であることは夢の体験で理解している。しかし、それでも孤独を知る者としては嬉しく感じないわけにはいかない。


「総じて、今回の研究関連は十二分に満足いく――」


 ふと、携帯端末が電話の着信を告げる。相手は研究のことでしか電話をかけて来ない新山さんだ。


「はい、もしも――」

「春日井さん、大変です!! ギルド長が、研究グループが!!」


 どうも、まだ一区切りとはいかないらしい。




 ギルドの研究グループに割り当てられた部屋に入ると、重い沈黙が場を包み込んでいた。


「何があったんですか?」

「ああ、春日井くんですか。急に来てもらって申し訳ありません」

「いえ、それは構いませんが……」


 声をかけてようやく反応する研究メンバーとギルド長に只事ではなさそうだと感じる。しかし、本当に何があったのだろうか。新山さんはギルド長とか研究グループとか口にしていたが。


「実は、私の立場が危うくなってきていましてね」

「それで、研究グループは、か、解散だって」


 しゃくりを上げて泣き出す新山さんをギルド長が慰め、話は中断。全く内容がつかめない。


「あー、つまりだな――」


 ゲンさんが言うには、この研究グループをギルド長から取り上げようとしている者がいるらしい。


「取り上げるって……」

「評価は微妙だったとはいえ、IFOで国が発表するものを作ったからな。このグループの価値が跳ね上がったのさ」


 ギルド長としてはグループメンバーの扱いがより良くなるのなら別に構わないらしいが、どうもその狙っているやつは部下に対する態度がすこぶる悪いことで有名なのだそうだ。国益を掲げながら再就職の邪魔をほのめかすことで縛りつけ、セクハラやパワハラと言った迷惑行為を行っているのだとか。


「流石にそんな人には任せられませんからね。こちらとしても引き継ぎを拒絶したんですが……」


 今度はギルド長のクビをちらつかせ始めたらしい。これに対して何の後ろ盾もないギルド長はどうにも対抗できないようだ。


「組織の力学、というやつですか」

「難しい言葉を知ってますね。ですが、その通りです」


 組織の力学とは、組織内のパワーバランスの話だ。地位や実績、コネといったものによる発言力や権限によって組織は動いていて、それ次第では不条理な話や非合理的な案が通ってしまうことがある。つまり、今回のケースだと敵に力があるせいで既にうまく運用しているギルド長を排斥して私設の研究グループを取り上げるという案がまかり通ろうとしているわけだ。


「そこで、もういっそ解散してしまおうかと。当初の目的は果たしましたし、メンバーの皆さんは今回の実績でより待遇の良いところに移れるでしょうから」


 なるほど、確かに合理的だ。ただ、


「私は! ギルド長の下で働きたいんです!!」


 他の面々も似たり寄ったりなことを口にすることに、ギルド長は嬉しそうな困り顔。


「なあ、坊主。なんかいい案はないのか?」

「ゲンさん、俺高一なんだけど?」

「組織関係なんてみんな素人だろ」


 そう口にするゲンさんの口元は苦々しげだ。己にもっと力があったら。そんなことを思っているに違いない。


「案、ね」


 ふと、かつての父の言葉が思い出される。


『問題が起きた時、主な解決策は力でねじ伏せる、逃げ出す、妥協点を見つけるの三つだ』


 逃げ出すのは論外。妥協は相手にそのつもりが無いから無理。となれば、


「力でねじ伏せるしかない」


 思いついた二つの案について考えながら、そう口にする。


「……何か浮かんだのか?」

「確実ではないですけどね」


 その言葉を聞くや否や、新山さんが立ちあがる。


「教えてください。わたしに出来ることなら何でもします!」


 あまりの剣幕に少し驚く。もっとも、出し惜しみをするようなものではないので案の一つを口にすると、


「――とりあえず、やってみましょう」

「あ、PC周りは私に任せてください」

「資料作るか―」


 みんな少し考え込んだ後、実行する流れになりこれまた驚くはめになった。


「なに驚いてんだ。坊主が言い出したことだろう?」

「まあ、そうなんですけどね」


 これで回避できる可能性は高くはないのだが。そういえば、


「俺、何で呼ばれたんです?」


 俺は正規の研究メンバーではなく、あくまで補助員だったはずだ。


「何言ってんだ。お前も俺たちの仲間だからに決まってるだろ?」


 変なことを言ってる暇があったら動けと口にするゲンさんに一瞬唖然とし、徐々に口の端が吊り上っていく。

 そうか。仲間なら、仕方ないな。そんなことを思いながら俺は二つ目の案の実行を決意した。




 結果は二日後に出た。


「研究グループですが、ギルドの直轄になることが決まりました」


 唐突に研究グループ用の部屋に現れたギルド長がそう告げ、場の空気が固まる。


「そ、そんな……」

「ついては第三十八支部付属研究室として、これからもよろしくお願いします」


 そして悲壮感を漂わせる新山さんをよそにギルド長は発言を続け、お辞儀を一つ。今度は微妙な雰囲気で全員が動きを止める。


「……これから?」

「はい」

「つまり、なんだ。ギルド長も俺たちもそのままだと?」

「はい」


 一瞬の間。そして皆が喜びの声を上げた。


「きゃー!!」

「よっしゃ―!」

「紛らわしいんだよ、この野郎!」

「やりましたね!!」


 ギルド長に駆けよりもみくちゃにしている光景に思わず笑いが出る。新山さんに至ってはギルド長に抱き着いている始末だ。今度これをネタにからかうのもいいかもしれない。


「坊主もこっち来い!」

「あはは、思わず力が抜けまして」


 ゲンさんに呼ばれたのでそんなことを口にしながら歩いて向かう。


「坊主の“世間を味方に付けよう作戦”がこんなに早く当たるとはな」

「まあ、閲覧数もかなり伸びてましたからね」


 世間を味方に付けよう作戦。これは名前の通り、『パワーが足りないなら世間に協力してもらえばいいじゃない』という案である。具体的には今回発表された魔法理論や技術習得に関する講義を動画で公開したのだ。それも、ギルド長と研究員が出演して。つまり、このシリーズが人気になればギルド長を辞めさせるのは難しくなり、ギルドの顔の一つとして組織内パワーも得られるという理屈だ。世間の評判も一つに力なのである。


「こりゃあ、今夜は宴会だな。坊主も来いよ?」

「補導は嫌です」


 ばれなきゃいいだろ!? と声を上げるゲンさんにみんなで笑う。


「とりあえず、みんなで乾杯しましょう。春日井くんと適当に飲み物と食べ物を買ってきますね」

「あ、それなら私が――」

「いえ、皆さんは片付けを。荷物運びの手伝いをお願いします、春日井くん」

「あー、はい」


 そんな会話の後に部屋を出る。新山さんがこちらを若干羨ましそうな目で見ていたが、今回は“お話”があるので勘弁してほしいところだ。




「今回は、本当にありがとうございました」

「いえ」

 

 言うまでもないが、ギルド長が窮地から脱出できたのは“世間を味方に付けよう作戦”なんかのお蔭ではない。いや、もしかしたら微妙に効果があったかもしれないが、どちらかと言えば今後の体制を盤石にしていくのに使われるだろう。では何が事態を好転させたのか。


「全くだ。この少年が連絡取ってくれなかったら本当に解雇されてたぞ、お前」


 それは彼の存在にある。渡辺友一、先読新聞社会部の記者だ。


「ギルド絡みの派閥が複雑なのは知ってるけど、最低限の工作はしておかないとな」

「返す言葉もないですね」


 彼――山小屋で傍観し、権田平蔵案件で忠告しに来た記者――は、元官僚でパイプ役を担っているという話だった。そこで名刺を引っ張りだし、ギルド長の後ろ盾になってくれる人物を捜す依頼をしたのだ。もっとも、二人は大学の同期で仲が良かったらしく、途中からはトントン拍子で話は進んだが。


「しかし君にも驚いたよ。まさか『ギルドへの影響力を持てる美味しい話があるんですが』なんて言うんだからな」


 まあ、最初から下手に出る交渉など滅多にないだろう。こちらとしては最悪見つからなくても諦めがつくのだ。ならば対価を払って引き取り手を捜すのではなく商品を売り込む精神で挑むのは当然のことといえる。


「普通なら無視してるところだぞ?」

「それならご縁が無かったということで」


 苦笑気味の渡辺記者に、肩をすくめて見せる。今回はあくまで紹介だけで俺は何も支払うつもりはなかった以上、そこら辺はきちんと区切りをつけておく必要があった。無駄に毟られる趣味はないのだから。


「ですが春日井くんはなぜここまで?」

「一つはギルド長に貸しを作っておくのも悪くないかと思いましてね」


 冗談のようにそう軽く笑って見せる。もっとも、今後もギルドを利用する可能性があることを考えると、何かの時に強いコネがあった方が良いと思ったのは確かだ。また、ギルド長ともなるとコネの集合地のような側面も出てきそうだと判断したのもある。つまり、澪や璃良をいざという時に守れそうな候補探しに便利そうだと。


「あとは、なんていうのかな……」


 二つ目は口にしないが、政治家とのラインを形成しやすくする意図があった。というのも、これはある種の保険である。今は権田平蔵の件でアンタッチャブルになっているし、上手くすればこのまま忘れられるだろう。だが、もし何か失敗して再注目された時に法律を始めとした搦め手で来られたら対処が難しい可能性がある。その時に交渉ラインを作りやすくしておけば、全面戦争という悪目立ちは避けられる可能性があるのではないか、と。

 もっとも、逆に護衛依頼などのコンタクトを取られる可能性も出てくるわけではあるが。


「そう。気分、ですかね」


 最後の一つはゲンさんが仲間だと言ったことだ。自分が使える手札を増やしたい。悪目立ちはしたくないがいざという時の味方は欲しい。そういった打算的な思いから研究関連でギルド長の頼みを聞いたわけだが、最後くらいはこんな人情味ある動機が一つくらいあってもいいかなと思ったのだ。


「気分……?」

「ええ」


 人との関わりが増えていき、充足感や仲間を思う気持ちを思い出す。親や澪や璃良といった大切な者とその他の間に、いれば嬉しい程度の括りが付け加わり世界が広がる。零か百ではない、幅を持った人としての成長を確かに実感した。




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