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第二十六話 殿

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 オークの通常種の掃討が終わり、とりあえず一段落かなという時になると澪と璃良が駆け寄ってきた。二人ともとても嬉しそうだ。


「来てくれて、ありがとうございます」

「やっぱり、夢人は最高」


 ああ、喜んでもらえて何よりである。だが、


「とりあえず、二人は後で話があるから」


 俺のセリフに一転、項垂れる二人。そんな光景に思わずすぐにでも許すような言葉をかけたくなる。もっとも、それでは良くないと思い何とか堪えているわけだが。


「なんだ、喧嘩か? あんまり女の子を泣かすなよ?」


 ふと、近くにいたギルド員、もとい中年の男がそう声をかけてきた。


「いえ、弟子の指導です」

「弟子? ……あー、なら仕方ないのか」


 弟子という言葉に一瞬驚いて見せたものの、二人の現状に納得がいったのか理解の色を見せる。その言葉が追い打ちとなったのか、澪と璃良はさらに落ち込んでいる。


「ところでよ」


 そんな二人をよそに中年は話を続ける。表情は先より真剣なところを見ると、こちらが本題なのかもしれない。


「さっき使ってたあれって、もしかして発動点の変更か?」


 あれ、とは間違いなく落とし穴の魔法のことだろう。通常、魔法は手元からしか発動できない。しかし俺は、さっきの戦闘で遠距離から直接オークの足元に展開していた。同じ魔法使いとしては気にならないはずもない。見れば周囲でも数人、聞き耳を立てているのが解る。


「ええ、そうですよ」


現場を見られているのだから嘘をついても仕方がない。それに、


「やっぱりか。知り合いにも使うやつが一人いるんだが、他にも出来るやつが居たんだな」


 凄いな、などと呟く中年だが、これはネットで“気づき”を流した技術の一つである。当然俺以外にも使い手が居てもおかしくないのだ。


「よければ、増援が来るまでコツを教えましょうか?」

「い、いいのか?」

「ええ」


 既に限定的とはいえ世間に流れている情報である。特に秘匿する意味もない。


「俺も頼む」

「私も!」

「むしろ弟子にしてくれ!!」


 すると乗り遅れては堪らんとばかりに周囲で聞き耳を立てていた者たちも参加を表明する。ちなみに今のところ追加の弟子をとるつもりはない。だから澪と璃良は両腕にしがみついておっさん相手に威嚇しないでほしい。




「そういえば、あの紫のオークはどうするんだ?」


 発動点の変更のコツとちょっとした質疑応答が終わると件の中年がそう話を振ってきた。とはいえ、どうもこうもない。


「当然、増援部隊が来るまで放置です」


 現在、討伐部隊の面々は通常種のオークを討伐したことで魔力がほとんど残っていないはずだ。澪や璃良も残り少ないだろう。わざわざ身動きとてない状態の敵にちょっかいを出す理由などないのだ。


「まあ、俺たちの分の仕事はしたか。しかし増援は驚きそうだな」


 確かに。強敵だと意気込んできてみれば、ただ穴の中に魔法を撃つだけのお仕事なのだから。むしろ驚くというよりは拍子抜けする、の方が近いだろうか。


「でもホントに倒せねーのか? あんなやつ、姉御なら瞬殺して――」

「できるわけねーだろ、馬鹿っ!!」


 夏の青空の下、今日もコントが冴える。


「馬鹿はないっすよ……って、あれ?」

「どうした?」

「あれ、なんすか?」


 ふと、ヤンキー女がある一点を指さしながら疑問を口にした。つられてそちらを見るとそこには宙に浮かぶ黒い点が一つ。それも徐々に大きくなっていく。


「ばっ、あれは魔物が出現する前兆だよ!!」


 ヤンキー女の顔に緊張が走った。この現象を既に知っているであろう大半の者たちは、臨戦態勢に入っている。


「まあ、どうせいつものようにゴブリンかコボルトだろ」


 そう楽観的に告げる中年の言葉とは裏腹に、宙の黒点はみるみる大きくなり渦を巻く。そして全員が見つめる中、魔物が巨大化した渦の中から姿を現した。


「ば、かな」


 誰かの声が響く。信じたくないといった心情を明確に感じさせるそれは、しかし目の前の光景を打ち消すには至らない。紫のオークが小柄に見える巨体。凶悪な面構え。なにより特徴的な頭部の捻じれた二本角。すなわち、


「オーガ……」


 俺の声に空気が緊張から恐怖一色へと染まる。外国では一体で町ひとつを半壊にしたとの噂もある危険な大型種だからそれも当然だろう。しかも、情報に上がっている赤色ではなく青色の個体である。恐らくは紫のオークと同じ、通常種よりも強い変異種に違いない。


「……」


 その絶望的な光景に膝をつくものが現れる。逃げなければならない。足止めしなければならない。応援を呼ばなければならない。様々なことが頭をよぎるも、いずれも難しいという結論に行き着いてしまったのだろう。

 逃げれば追いかけてきて大多数が犠牲になる。足止めは魔力がほとんど残っていない自分たちでは不可能。応援はオークの集団用が来るだろうが間に合わないだろう。そんな絶望的状況だ。ゆえに。


「拒絶せよ拒絶せよ拒絶せよ! 三面を封じる壁は牢獄となりて彼の侵入を防げ」


 一歩前に踏み出し詠唱をする。


「隔絶の牢壁」


 展開した結界はオーガを閉じ込め、その場から動けなくする。


「独自詠唱まで使えるのか!?」

「ええ、まあ」


 驚く中年に軽く笑って見せつつ言葉を続ける。


「全員、そのまま街へ。ここは俺が食い止めます」


 皆の驚愕が空気を伝い感じられる。澪や璃良にいたっては何を言っているのか理解したくないといった様子だ。


「馬鹿野郎、死ぬ気か!?」

「まともに魔力が残ってるの、俺だけでしょ?」


 中年の男が声を荒げるも、俺の発言に言葉が詰まる。俺の魔力が大きい――1万相当と思われている――のはあの支部のギルドでは多くの人が知る所だ。そして、現状戦えるほど魔力が残っているのは俺だけであろうことも明白である。


「なに、増援が来るまでぬらりくらりと時間稼ぎをしてますよ」


 ゆえに、俺が残るしかないのだ。


「なら私も!!」


 自分も残りたいという澪。しかしそれは認めるわけにはいかない。


「駄目だ」

「どうして!?」


 その表情は今にも血反吐を吐きそうなくらい歪んでいる。


「足手まといだ」

「……っ!!」


 それをあえて無視して冷たく切り捨てる。邪魔なのだ、と。それは本人も分かっていることなのだろう。しかし涙がこぼれ、強く握りしめた手からは血がにじむ。


「身体強化くらいならまだできるでしょう? あの結界も何時まで持つか分かりません。……急いで!」

「……すまない、恩に着る」


 歯を食いしばり、苦渋の表情でそう言い残した中年は街へと向かって駆けだし、他の部隊員もまばらに後を続く。


「二人も行って」


 あとに残ったのは澪と璃良の二人。そしてその二人にも撤退を促す。


「嫌っ!」

「できません!!」


 しかし言うことを聞くつもりはないらしい。だが聞いてもらわねばならない。


「強制的に転移させないといけないかな? 戦闘前に余計な魔力は使いたくないんだけど……」


 俺が渋い表情をしてみせると、璃良は観念したのか澪の手を引く。しかしそれでも澪は顔を横に振るばかりだ。


「いいから行け!!」


 しかし俺の強い言葉を受けた二人は一瞬固まり、澪は涙を流しながらも立ち上がった。


「絶対に、負けないで」

「どうかご無事で」


 そう口にして、後ろを向いて駆けだす。強化された体でみるみる小さくなっていく二人を見送った後、俺もオーガの方へ振り返る。


「さあ、始めようか」


 軋みを上げ、ひびが入り始めた結界の中にいるオーガへ開戦を告げた。




 決戦前の別れかというような一幕だったが、実を言うと倒すだけなら然程大変な敵ではない。極端な話、ずっと結界の中に閉じ込めておくことだって可能だ。だが、今の段階でそれは不自然過ぎる。この結界だって独自詠唱のお蔭ということにしてなんとか、といったところだ。もちろん、隠匿を考えるなら逃げるのが一番だったわけだが、澪や璃良はそれを望まないだろう。師として、男として二人を見殺しにするわけにもいかない。


「とはいえ、どうしたもんかね……」


 相手は災害扱いされるような魔物であり、勝つのは論外。かといって負けるという選択肢もあり得ない。適度に凄く、しかし理解可能な範囲の動きで生き残らなければならないだろう。これは監視カメラがそこら辺にありデータがどこに送られているか分からないことから絶対条件だ。


「となると、少し工夫が必要だな」


 瞬間、その場を離れる。


「ガアァ!!」


 鈍い打撃音と共にアスファルトが砕け、地面が揺れる。ついに結界を破ったオーガが跳びかかり棍棒を振り下ろしたのだ。魔物同様、魔力で形作られた棍棒は内部で魔力が循環しているため、人間の身体強化と同様の状態にある。つまり、こちらの身体強化の物理バリアを抜いてくるのだ。


「身体強化の強化率をいじれば耐えられるが……」


 まだ習得したという情報は見たことが無い。ならば念のため使わない方が良いだろう。つまり今回使えるのは発動点の変更と独自詠唱のみ。


「まあ、なんとかしてみせるさ」


 夢の体験ではたくさんの戦場を乗り越えたのだ。このくらい軽く対処できなければ大魔法使いの名が廃るというものである。


「せいぜいうまく踊ってくれよ?」


 そんなことを思いながら、俺を軽くステップを踏んだ。




 ギルドからの増援が駆け付けたのはそれから十五分後のことだった。その時に参加した人に後で聞いたところ、全員が我が目を疑ったらしい。なにせ、町ひとつを半壊にさせるという魔物が十代と思しき少年に翻弄されていたのだから、と。もっとも呆けていたのは短い時間で、すぐに組織的な追撃に移ったようだが。


「一体、どうやったんだ?」


 戦場から退避して二百からなる魔法の雨がオーガと残されていた紫のオークに断続的に降り注いで殲滅した後、そんな疑問を投げかけられた。


「何ってほどでは。基本的に逃げ回ってただけですよ」


 注意を引いては逃げ、攻撃されては躱し、ひたすら同じところをうろうろと囮になっていただけである。もちろん、多少の工夫はしたわけだが。


「工夫?」

「ええ」


 一つは発動点の変更を用いた奇襲。振り向きざまに顔の部分に石の槍展開したり、跳びかかろうとした瞬間に足もとに落とし穴を設置したりといった具合だ。平たく言えば性質の悪い嫌がらせである。ちなみにオークの時の様に落とし穴だけで済ませなかったのは規模が大きくなりすぎるからだ。

 二つ目は独自詠唱の結界の使用。これは三面で封じ込めるのではく、一面だけを斜めに展開して攻撃を受け流すのに使った。回避だけでなく、安定した防御手段もあったというわけだ。


「まあ、それもこれも人より魔力量や体力に自信があったからこそできた戦法ですね」


 そう言うと質問者も納得する。流石に発動点の変更や独自詠唱のくだりでは驚く人も居たが、それは未知のものへの驚きではなく優秀なものを讃えるものだったことが俺を安堵させた。それはつまり、丁度いい範囲で対処ができたということなのだから。


「それより、ずいぶん人数が集まりましたね」


 本来はオークの増援だったはずだ。変異種がいたことを入れても百人も集まれば御の字だと思ったのだが。


「ああ、それか。ギルドが片っ端から電話を掛けたんだよ。このままだと俺たちの街が危機にさらされるから早く来いってな」


 緊急時はギルドに登録した電話番号に電話がかかってくることがある。それを使ったということだろう。もちろん参加は任意だが、近隣から集められた、つまりこの辺りを故郷とし守るべき人たちがいるものとしては集まらないわけにもいかないというわけだ。


「まあ集まった人数見たらオーク共には少し過剰だとも思ったんだが、直後に追加でオーガが現れたなんて発表があってな」


 我が耳を疑ったよ、と続けるその人は苦笑している。まあ、楽な仕事だと思ってたら急に難易度が上がったのだから気持ちは分からなくもない。


「それでも、この人数なら勝算は十分ってことで出てきたんだ」

「なるほど」


 外国での討伐事例は最大で百人規模の魔法使いが必要だったらしい。それを考えれば今回は二百人以上いるからいけると踏んだわけだ。そんなことを考えていると、ふいに体に衝撃が走った。


「夢人!!」

「夢人くんっ!!」


 見れば澪と璃良が俺の体にしがみついている。


「無事で良かった」

「怪我してませんか?」


 くっついたまま動かない澪と心配そうに俺のチェックをする璃良。


「モテモテだな?」


 そしてその光景を面白そうに見ている増援部隊。


「……」


 当の俺はと言えば恥ずかしさのあまり赤くなった顔で天を仰ぐしかない。


「春日井夢人さんですね?」


 だがそんな平穏な時間も長くは続かない。


「ギルド長が詳しい話を聞きたいそうなのでギルドへの移動をお願いします」


 電話を手にしたギルド職員が次の一戦の開始を告げた。




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