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第二十五話 魔物の群れ

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 夏休みに入り、毎日のように修行をこなすうちに二人も着実に力を付けてきている。その副産物として体に纏う魔力量の差を実感できるようにもなった。つまり俺の魔力も体感できるようになったわけだが、試しに保有魔力10万相当にした時の反応が逆に俺を驚かせた。


「凄い。凄い……!!」

「格好いいです……」


 澪は崇拝にも似た反応だし、璃良は頬を赤く染めて呆けている始末だ。恐怖など欠片も感じている様子が無い。これはいくら信頼しているとしても度が過ぎている。普通は圧倒的な力に反射的に警戒するはずなのだから。

 と、そこまで考えた時に一つの可能性に思い至る。つまり、二人が使える魔法の種類を手っ取り早く増やすために施した、魔力同調の存在だ。あれは魔力を体が受け入れやすくなるという副作用がある。したがって、今回のこともそれが作用して脅威ではないものと認識したのかもしれないと。実際、纏う魔力の制限を解放した時も二人はテンションが上がるだけだった。


「まあ、別に困らないからいいんだけど」


 むしろ、二人を弟子にとって良かった。そんなことを前を行く澪と璃良を見ながら思う。


「夢人くん。早く行かないと良い依頼無くなっちゃいますよ!」

「急ごう」


 振り返り俺を呼ぶ二人に、魔法を見せても孤独にならないという現実を実感し頬が緩むのを感じた。




「なんか、変」

「どうしたんでしょうか……」


 ギルドに入ると、普段とは異なる緊張した雰囲気が俺たちを待ち受けていた。二人もそれを感じ、動揺している。そんな中、一本の電話の着信音が鳴る。


「はい……はい……そうですか。いえ、……ええ……分かりました。ではそのように」


 見ればギルド内の人間全員がそちらに注目している。これは夢の異世界で何度か見た光景に近い。つまり、ギルド側が何らかの理由でギルド員たちに待機を依頼しているのだ。そしてギルド員たちは緊張感を持って待っていた。となるとおそらくその内容は……。


「現場の先行組から連絡がありました。街中に突如発生した魔物の群れはゴブリン二十体超、オーク八体、それから紫のオークが一体とのことです」


 魔物絡みの緊急事態、というわけだ。


「これよりギルドは討伐に向けた部隊を組織します。報酬は参加で五十万円、討伐への貢献が大きかった場合は報奨金五百万円も追加です。人数制限はありません。どうか市民の安全のためにご協力をお願いいたします」


 そう言って責任者と思しき人物が頭を下げる。それに同調し室内にいた多数のギルド員も盛り上がり、受注処理をした順に外へ。


「夢人、私たちも」

「夢人くん、急ぎましょう!」


 そんな熱に当てられたのか、澪と璃良も俺をせかしてくる。だが。


「駄目だ」

『え!?』


 俺は彼女たちの提案を却下する。


「ど、どうしてですか!」

「この数では倒しきれないから」


 声を荒げる璃良に冷静に返す。先ほど室内にいたのは大体三十名。それも全て一般的なレベルの魔法使いだ。その面子では説明に合った魔物の群れを倒すことは不可能である。


「彼らではまず勝つことはできない。全員が死ぬだけだ」

「だったら尚更っ!! それに、今この瞬間にも非魔法使いが危険な目に合っているかもしれないんですよ!!!」

「だから?」


 俺の口から出た驚くほど平坦な声に、璃良が身を強張らせる。


「そんな感情論で勝てもしない魔物に挑んで死ぬの? その身を犠牲に赤の他人を助けて喜ばせて、親や友人を始めとした身近な人たちを悲しませることがいいことなの? 璃良は本当にそれで満足なの?」

「っ」


 俺のあんまりな発言に反論できない璃良。すると、今度は澪が口を開いた。


「私たちは最近いろんな魔法が使えるようになった。それでも無理?」


 こちらはいつもとあまり変わらない調子に見える。もちろん油断はできないが。


「無理だね。全員で協力しても通常のオークを倒しきれるかも怪しい」


 その言葉に隣で聞いていた璃良のほうが唇をかむ。俺としても胸が痛まないわけでは無いのだ。もしこれが討伐ではなく、市民救出のための時間稼ぎだったら俺も頷いていただろう。だが、討伐と言うことは援軍が来る可能性はゼロに等しいということ。それでは絶対に勝てないのだから、その主張を認められるはずもない。


「全員でも無理。……それは、夢人も含めて?」


 痛いところを突かれた。璃良も希望を見つけたと言わんばかりに俯かせていた顔を勢いよく上げる。しかし、それは駄目なのだ。


「確かに俺が出れば倒すことができる」


 それこそ、怪我人ひとつ出さずに終わらせることが可能だ。


「じゃあ!!」

「そして俺は散々詮索された後、休む間もなく魔物を駆逐する駒として働かされ続けるわけだ」


 盛り上がりかけた璃良は冷や水を掛けられたような思いだろう。顔が蒼い。


「なら、このまま町は蹂躙されるしかないの?」


 澪は悩ましい表情でそう問うてくる。しかし、そういうわけでもない。


「紫のオーク以外は五十人もいれば倒すことができる。紫のオークもさらに五十人が飽和攻撃をすれば倒せないこともない。時間はかかるけど増援を含めて部隊を再編すれば倒すことはできるよ」


 逆に言えば、それほど危険なのだ。特にオークの変異種である紫のやつがヤバい。本来は魔法文明が始まったばかりの現代で進んで相手をするような敵ではないのだ。しかし街中に現れてしまった以上、人は生存圏を守るために戦わないわけにはいかないだろう。


「……そっか」

「ああ。俺は見ず知らずの人たちよりも自分とその周りの方が大事だ。ゆえに今回の依頼への参加は許可できない。これは師匠としての命令だ」


 その言葉に澪も璃良も目を見開く。まさかそこまではっきりと禁止するとは思わなかったのだろう。だが、いま口にしたように俺は知らない人の命よりも自分や澪、璃良の安全を取る。仮に二人が不満に思おうとも、それが最善であると信じているからだ。


「わかった。依頼は受けない」

「澪ちゃん!? ……いえ、分かりました」


 二人は完全に俺の考えに同意したわけでは無いだろうが、一応言うことを聞く姿勢を見せた。


「よかった。最悪強制的に意識を奪わないといけないかと思ってたからね」


 そんな俺の発言に二人は再度目を見開く。割と丁寧に優しく指導してきたから、ギャップに頭がついていかないのだろう。


「とりあえず、再募集がかかるまではここで様子を見よう。っと、ごめん。ちょっとトイレ」


 とりあえず二人を説得したし、トイレに急ぐことにした。




「璃良、行こう」

「え?」


 俺がトイレに立って少しして、澪が口を開く。


「早く行かないと、犠牲が増える」


 澪が何を言っているかを理解した璃良は驚き、次いで迷う様子を見せる。


「で、でも、夢人くんが禁止だと……」

「私が力を求めたのは、こんな時に立ち向かうため。理不尽に負けないため」

「澪さん……」


 強い意志を湛えた瞳でそう口にする澪。なるほど、確かに弟子になりたい理由を問うた時にそのようなことを口にしていた。


「それに、“依頼は受けない”から。勝手に出歩いて、戦闘をなるべく避けつつ人命救助に奔走するだけ」


 つまり依頼を受けるなという俺の命令に背かず、なおかつ俺が危険だと注意していた戦闘を極力避けることでなるべく意図から外れないようにするということらしい。


「そう、ですね。うん、行きましょう!!」

「うん。夢人が来ると怒られるから、その前に」


 そして二人は頷き合い、目的地を確認してから駆けだした。とはいえ、


「俺がその程度を警戒していないとでも思ったのかね」


 先の態度でこれくらいのことを予想しないわけがない。俺は透明化を解き、弟子の行動にどう対処するか頭を悩ませるのだった。




 透明化を掛け直し、身体強化を身に纏って町を駆ける。二人を見失わないように、かといって追い越さないように注意を払いながら追跡する俺の姿は通報ものではないだろうか。もちろん、透明化によってそんなことにはならないが。


「着いたか」


 ギルドから車並みの速度で走ること十分少々。思いのほかギルドから近かったその現場は、中々に酷い有様だった。建物は通常個体より二回りは大きいかと思われる紫色のオークによって所々破壊され、路上に放置された自動車は見るも無残なことになっている。賑やかだったであろう大通りは、いまや完全な戦場と化していた。もっとも、死人どころか怪我人すら見当たらず、逃げ遅れた人も居なさそうなのは不幸中の幸いだと言える。

 できれば助ける非魔法使いがいない現状を持って二人が撤退してくれるといいのだが、それはさすがに無理だろう。なぜなら、俺たちよりも先にギルドを出た部隊が瓦解し始めているのだから。


「アースウォール!」

「リトルテンペスト」


 案の定、璃良と澪は襲われそうになっているギルド員を守り、魔物に攻撃を加え始めた。


「早く皆の下へ!!」


 もっともその行いは無駄ではなく、討伐部隊は軽傷者が数名出るだけで一人の欠員も出すことはなかった。だが、


「ダメダメだな」


 討伐部隊が予想以上に使えない。なぜかみんなひとつの場所に固まって碌に動かず、そのくせ攻撃を合わせることもなく散発的に魔法が飛んでいくだけ。指揮官の不在、個別パーティーの寄せ集め、中型以上との戦闘経験の浅さ。様々な要因があるとは思うが、これは酷過ぎる。今は何とか澪と璃良の二人が放つ魔法がやや威力があるので押しとどめているが、二人の魔力が切れたらおしまいである。


「いや、それよりも前に決着がつくか」


 建物を壊すことに熱心だった紫のオークが標的を討伐部隊へと変える。ゆっくりと近づいてくるその体には当然ほかのオークたちと同じように魔法が当たるわけだが、それは意味をなさない。重戦車が鉄砲玉を弾くかのようなその光景は討伐部隊の一部に恐慌をもたらし、そして逃げ出す者が現れた。ただでさえ拮抗していたところにそんなことが起きればどうなるか。当然紫以外のオークも少しずつ近づいてくることになる。ゆえに、


「はい、そこまで」


 透明化を解くと共にオーク共の頭上へ石の槍を数本放つことで参戦を表明する。ちなみにわざわざ姿を現したのは悪目立ちを避けるためだ。魔力量的にまず間違いなく俺が犯人候補に挙がるのだから。


「夢人!!」

「来てくれたんですね!!」


 突然の援護射撃に驚き手を止める討伐部隊と、喜色満面の二人。その光景に『俺、今ちょっとヒーローっぽい?』などとバカなことを考えつつ、指示を出す。


「璃良はギルドへ増援の依頼! 澪は攻撃で足止め! 討伐部隊の皆さんも手を止めないでください!!」


 俺のセリフに自身が危険地帯で呆けていることに気付いたのか、全員慌てて動き出す。オーク共は随分近付いていたが、距離のないものから優先的に落とし穴にはめていくことで対処。当然、紫のオークもだ。


「ォォオッ!?」


 一体、また一体と遠距離から綺麗に掘られた円柱へと落下していくたびにこちらの士気が上がるのを感じ、ほくそ笑む。


「夢人くん、人数を揃えるまで三十分はかかるそうです!」

「了解。皆さん、紫以外を一番近い穴から順に倒していきましょう!」


 先ほどの場の流れを利用し、指示を続ける。内心では何でこいつが指揮を執っているんだと思う人も居るだろうが、全体が従う雰囲気なのだから口には出さないだろう。こちらとしても仕事さえしてくれるなら文句はない。


「ブ、モ、オォォォ」


 自力で出られぬほど深くに落とされたオークたちは一方的に攻撃され、やがて霧散する。戦況は既に勝利が確定的であとは作業が終わるのを待つだけだ。


「なんとかなりそうだな」


 そんな中、俺はなるべく手札を晒さず澪や璃良と無事に切り抜けるという目標を達成できそうなことに独り安堵の息を吐く。もう少し全体のレベルが上がってくれないといざという時に動きにくいな、などとも考えながら。



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