#058 : 世界征服☆それは文化から
リンド村は、日に日に にぎやかになってきた。
道には人の往来が増え、広場には仮設の露店が立ち並び、どこからともなく笑い声が聞こえてくる。
温泉施設の効果は絶大で、領主の命により派遣された技術者や農夫、職人たちが続々と村にやって来ていた。
サクラ「うーん……やっぱり人が増えるっていいわねぇ……」
私は広場に腰を下ろし、村の様子を眺めながらひとりごちた。
(……まるで、開場前の後楽園ホールって感じね)
そう、いずれこの村に建てるつもりなのだ。世界征服の中核となる施設──
サクラ「サクラ・グランド・花月!!」
略してSGK。お笑い劇場兼プロレス会場。
サクラ「ふふふ……どちらも世界征服には欠かせない文化なのよ……」
エスト『お姉ちゃん?何をニヤつきながら独り言言ってるの?』
後ろからエスト様が現れ、首を傾げた。
サクラ「野望について語っていたのよ」
エスト『怖い答えが返ってきた☆』
…
私は村の北、空き地の一角を見つめた。
地盤は良好、温泉施設にも近い。
ここにドーム型アリーナと劇場を並べて建てれば、宿泊客の流れがそのまま観客になるって寸法よ。
サクラ「ここにリングがあって……そっちに花道……実況席はあのへん……」
エスト『お姉ちゃん、顔がガチだよ☆』
サクラ「私の辞書に"遊び"のページは無いの。プロレスに関してはね」
エスト『お笑いには?』
サクラ「"真剣"ってページに載ってるわ」
エスト『お姉ちゃん……征服より劇場の方が本気なんじゃ……』
私は何も言わず、地面に棒で
《メインイベント:可憐なファイター・サクラ vs 竜王ダークドラゴン辰夫》
とでっかく書き加えた。
エスト『……あ、しかも出場するんだ……』
サクラ「え?リングに立つのが魔王軍の魔王として当然でしょ?」
辰夫「えっ!?……わ、わわ我がサクラ殿と戦う!?」
「いや、いやいやいや!?なんでですか!?」
「む、無理です!何をされるのか想像もつかない!恐ろしすぎる……!」
辰夫がその場で崩れ落ちた。
サクラ「弱そうだからよ」
辰夫「弱そう……そんな理由……か……」
辰夫はそっと空を見上げた。
辰美「え!?竜王なのに!?うちの看板モンスターなのに!?出オチなの!?」
辰美がツッコミながらも目をキラキラさせていた。
エスト『お姉ちゃん……?魔王は私だよ……?……ね……?』
サクラ「……。」(無視)
エスト『……。』(また無視かの顔)
エスト様はそっと空を見上げた。
…
サクラ「ふふ、これぞサクラ興業第一弾興行──伝説の幕開けってやつね」
ちょうどその時、エスト様が真顔でぽつりと聞いた。
エスト『お姉ちゃん……これって……ほんとに世界征服なの?』
サクラ「え?そうよ?」
エスト『え、だって、もっとこう……バーン!ってお城が爆発したり!ズドーン!ってお空が割れたり!ふはははー!って高笑いしながらさ!?おっきな塔の上から見下ろす……みたいなの想像してたんだけど……』
サクラ「古いわね……昭和の魔王像かしら?」
エスト『え!?じゃあ何!?』
私は鼻で笑って、村の広場を指差した。
サクラ「いい?見てなさい、エスト様。民衆が笑ってるでしょ?あれがね、征服よ。」
エスト『えっ?笑いが?』
サクラ「そう。笑わせて、泣かせて、ドラゴン・スクリューして、謝ってから殴って、逆ギレして、自分を正当化して感情を掌握するの。これが"私の"世界征服。プロレスとお笑い、どっちもガチよ」
エスト『一部が凄く納得できた☆』
私は地面に棒で図を描きながら、堂々と言い放った。
サクラ「いい?計画はこうよ──」
・まず温泉で観光客を呼び込む
・次に劇場とリングで笑わせて泣かせる
・その場でTシャツとタオル売って資金確保
・地元と連携して町おこし
・自治権ゲット、スポンサー獲得
・貴族の地位を奪取
・そして王に就任、税制と法を改正!
サクラ「世界を動かしたければ、笑顔で契約書を差し出して、経費で殴れ。── 完璧ね!」
エスト『ムダ様かな?』
サクラ「で、気に食わない奴は貴族だろうと王様だろうとモンスターだろうと── バーンてして、ズドーンてして高笑いするのよ?」
エスト『……なんだ!やっぱり合ってた☆』
──そう言って笑ったエスト様だったが、ふと顔を曇らせた。
エスト『……でも、お姉ちゃん……ほんとにこれで大丈夫なのかな……?』
突然のトーンダウンに、私は少しだけ黙り込む。
エスト様は空を見上げて、小さな声で続けた。
エスト『なんか、すごく楽しそうだし、笑えるし……でも、なんかちょっとだけ……怖い気もするんだよね……今の楽しいのが、終わるのが怖い…』
私は立ち上がって、そっとエスト様の頭を撫でた。
サクラ「……」
私は少しだけ黙って、視線を広場に向けた。
サクラ「うまくいくかどうかじゃないのよ。うまくいくように、ブチ上げて、力技で押し通すの」
エスト『え?……怖い☆』
サクラ「でも楽しいでしょ?」
エスト『……うん☆』
私はウィンクしながら棒をくるくる回し、地面の図面に「王都ラウワ焼き討ち計画(仮)」「王都ラウワ in モンスタースタンピード計画(仮)」と書いた。
サクラ「どっちが良い?どっちも楽しそうでしょ?」
エスト『……やっぱり怖いよ!?☆』
──そのとき、村長が急ぎ足でやってきた。
村長「さ、サクラさん!オーミヤの領主様宛の請求書についての件でございますが……」
サクラ「はいはい、ちょうど王都に行こうと思ってたから、ついでに渡してくるわね♪」
村長「さすがです!」
村長が請求書を出した。
エスト様が『えっ、王都!?』と目を丸くした。
サクラ「うん。王都に行くわよ!」
──その瞬間、広場のどこかから歓声が上がった。
振り返ると、元盗賊団のひとりが、バナナの皮で滑って転倒していた。
村民「だ、大丈夫か?」
元盗賊団「……ネタのつもりでした!」
村中に笑い声が響き渡る。
私は立ち上がって、パチパチと手を叩いた。
サクラ「見なさい、エスト様。これが……文化。これが……支配よ。今のは古典すぎるから私がレベルを上げる必要あるけどね。」
エスト『楽しみだね☆』
(つづく)
\\次回予告!//
領主への請求書が、魔王軍を王都へと導く──!
次回──
#059 : 世界征服☆進捗率3%ってマジ?
\\お楽しみに!//
◇◇◇
──【今週のムダ様語録】──
『世界を動かしたければ、笑顔で契約書を差し出して、経費で殴れ』
【解説】
暴力より請求書、剣より書類、城壁より会計処理。
支配とは、領収印を握ること。ムダ様はそうおっしゃいました。




