#020 : スキル《怪力》☆OL時代残業モード
前回までのあらすじ
→ ──歯医者怖い。
◇◇◇
サクラ「はぁ……やめやめ。刀なんて性に合わないわ。私にはやっぱ拳だわ。」
ガランガラン……
刀を地面に投げ捨てた。
刃が石を割り、鈍い音を響かせる。
サクラ「本気出すぞ……デッカいトカゲさんッ!!」
【スキル:《怪力》】発動
バキバキバキッ──!
骨と筋肉が音を立てて悲鳴を上げ、すぐにそれは歓喜の咆哮に変わった。
全身に力がみなぎる。
血が沸騰するような感覚。
地面が、空気が、私の気配に押されて震えた。
サクラ「ふぅ……いくぞ! トカゲッ!」
気合一閃、地を蹴った私はまるで弾丸のように飛び出した。
目標はただ一つ──目前にそびえ立つ巨大なドラゴン。
ドラゴン「ふん……特攻か?だがそれがどうした」
ドラゴンは鋭い爪を振りかぶる。
だがその一瞬、横合いから黒い閃光が飛来した。
ドンッ!
──その時、エスト様の《ダークアロー》がドラゴンの肩に命中!
エスト『お姉ちゃん!今だよっ!』
ドラゴン「む!?」
ドラゴンの視線が逸れた。
その隙、私は加速を緩めず──
サクラ「おらあああああッッ!!」
振り上げた拳が、全身の怪力を纏って炸裂。
狙いは顔面だ!
サクラ「よそ見してんじゃぁ!ねーーーーーぇよッ!」
ドゴォッ!!!!
乾いた破裂音とともに、拳が鱗を砕き、骨に届く。
ドラゴンの首がのけぞり、全身が大きくよろめいた。
ドラゴン「ぐぅ…?」
サクラ「ふぅ。やっと調子出てきたわー……」
地面に着地し、手をぷらぷら。
そして、もう一度拳を握りしめる。
サクラ「第二ラウンド、いくぞ?トカゲぇ?覚悟しとけよ?」
ドラゴンは低く唸りを漏らしながら、なおも鋭い眼光でこちらを睨み返してくる。
顔面の鱗は割れ、鼻先から血が流れ、それでもプライドだけは折れていない。
むしろ、“次こそは”という構えすら見せていた。
サクラ「行くぞぉあッ!!」
──私はスイッチを入れた!
サクラ「残業……だと……?」
ピキィィィ………ッ!!
私の中で何かが弾けた。
脳内に地獄がぶち上がる。
チャット通知、Excel地獄、午前0時の「軽く修正して」メール。
何人の同僚が泣きながら退職届を打ち込んだか。
そして私も、あの夜を超えてきた一人──。
全身の筋肉が音を立ててうねり、肩に“責任”という名の重みがのしかかる。
空気が変わった。周囲の温度すら数度下がったように感じた。
サクラ「なるほどね……これは“完徹コース”ってやつか……!」
【スキル:《怪力》──OL時代残業モード】発動!!!
《天の声:社畜時代を思い出すことによる怒りのバフ。要するに八つ当たりするのだ。サクラの攻撃力が300%アップする。理由?知らん。》
背中から湯気が立ち、目の奥に殺意じみた光が宿る。
サクラ「いいよ。出勤してやるよ。ブラックな戦場にさァ!!」
私はニヤリと笑い、口角を吊り上げる。
サクラ「なぁ、トカゲ……アゴだけ守っとけ?“報連相”の順番、間違えんなよ?」
ドラゴン「……何を言っている?」
ザッ!!
地を蹴った瞬間!音を置き去りにした。
【サクラさん奥義:《報・連・相》発動──!】
サクラ「まずは──報告ッ!!」
ズドンッ!!
ドラゴン「ぐはッ!!」
両足を揃えたドロップキックがドラゴンの胸板に炸裂ッ!!
サクラ「現状報告ゥーッ! “お前はすでに死にかけている”ってなァ!!」
サクラ「次は!連絡ッッ!!」
着地からすぐ踏み込み、右ストレートをドラゴンのアゴにぶち込む!
バシュッ!!!
ドラゴン「がはぁ!!」
サクラ「アゴ守っとけって言ったよねぇ!!次の予定?“お前の敗北”だよッ!!」
サクラ「最後は!!相談ッッッ!!!!」
(沈黙)
ぶんッ──ピタッ……!
拳を振りかぶるが、止まる。
視線が宙にさまよう。
(……誰に相談すればいい?)
(上司?帰宅済み。部長?既読スルー。同僚?全員疲弊。)
(……いつもこうだ。)
そして──
サクラ「相手いねぇええええええぇ……えぇぇぇぇぇッ!! 」
洞窟に反響する咆哮!!
サクラ「いつもそうなのよ!! 相談したくても誰もいない!!だから全部一人で回してんのよォォォ!!」
ズズズッ……!
ドラゴンの巨体がグラつき、ついに片膝をついた。
ドラゴン「ぐっ……な、なんだ今のは……三段……いや、二段構えの連撃……まさか、それが“報連相”…?」
サクラ「そうよ!! 社会の荒波を生き抜いた拳だよ!!」
私はくるりとバク転で着地し、口元をぬぐってニッと笑う。
(笑っとけ……ふざけとけ……そうしないと……動けなくなる)
サクラ「残念でしたー! 私はね、正々堂々って柄じゃないのよ。
“誰かがやらなきゃいけない仕事”を、全力でブン殴ってるだけよ!!」
ドラゴンが、呻きながらこっちを見ている。
その目に浮かんでるのは──完全に戦慄。
(ふふん、今さら気づいた?私の一番ヤバいところって、性格だからね。)
エスト『お姉ちゃん……凄い……』
後ろで、エスト様がぽかーんと口を開けていた。
尊敬とちょっとした恐怖が混じった、ありがたいリアクション。
サクラ「ありがとエスト様。あてくし?テンションで回る社畜型バトルスタイルなんで!」
私は肩を軽く回して、静かに言った。
サクラ「さて、"案件処理"を続けま──」
── その時だった。
目にも止まらぬ速度で、ドラゴンが突進してきた!
ドラゴン「甘いな、鬼の娘よ。」
ズドンッッ!!!
サクラ「は──!?」
ガシィッ!!!
反応する暇もなく、ドラゴンの左手が私の胴体をがっちり掴む。
サクラ「くっ……この巨体で、なんでそんな速さ出んのよ……!」
巨大な爪が食い込み、肋骨がミシリと悲鳴を上げた。
サクラ「ぐあぁぁぁ!」
そのまま私は地面に叩きつけられる。
ドガァァァン!!!
サクラ「ぐぅッ!!」
石床が粉々に砕け、クレーターができた。
私の体は完全に動かなくなる。
サクラ「はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えで、もう立ち上がる力も残っていない。
視界が暗くなっていく。
エスト『お姉ちゃーん!』
タタッ!!
ドラゴン「下がっていろッ!!!……やはり我には敵わなかったか。だが、よく健闘した。」
エスト『うぅ……』
エスト様が駆け寄ろうとするが、ドラゴンが威嚇の咆哮を上げる。
ドラゴンは私を見下ろしている。
(くそ……こんなところで……)
意識が沈む。
光も、音も、全部が遠い。
……その時だった。
──またムダ様の声が蘇った。
『勝ちたきゃ食え。食えば解決する。昔からそうだ。
噛むとは生きること。飲むとは覚悟だ。
だが家系ラーメンのスープは覚悟を超えてきた。』
サクラ「ム……ムダ……様……」
(静寂)
(家系ラーメン……?)
(つづく)
\\ 次回予告 //
瀕死のサクラに、ムダ様の声が再び降り注ぐ!
「勝ちたきゃ食え」──その言葉を胸に、暴食発動!?
伝説ドラゴンのスキルを奪い取る!!
そう、きっと手に入るのは……炎のブレス!覇道の咆哮!
異世界無双への切符!
……の、はずだった。
次回──
『暴食発動☆ドラゴンのスキル奪ってやったぜ!!』
「……え? ちょ、待って、今なんて!?」
\\ お楽しみに!! //
◇◇◇
──グレート・ムダ様語録:今週の心の支え──
『勝ちたきゃ食え。食えば解決する。昔からそうだ。
噛むとは生きること。飲むとは覚悟だ。
だが家系ラーメンのスープは覚悟を超えてきた。』
解説:
ムダ様にとって「食う」とは、戦うこと。
噛む=生、飲む=覚悟──すなわち摂取は闘争の延長線である。
だが“家系ラーメン”という存在は、その覚悟を試す暴力的な儀式。
ムダ様は戦った。脂と。勇敢に。
そして悟った。「人はスープに勝てない」と。
以後、彼はスープを残すようになった。
敗北ではない。消化を選んだのだ。
美味しいけどな!




