#015 : 姉の誓い☆失わせないための世界征服
◇◇◇
【現在地】パンジャ大陸南東部・常闇のダンジョン(魔王の間)
【視点】サクラ
【状況】異世界生活5日目。魔界超サーモンキング(Lv999)の召喚をキャンセル成功した直後。
◇◇◇
──魔王の間。
クマ肉を食べて“冬眠”と“鮭取り”を覚えた。
残るのは、部屋に漂う肉の匂いと、妙に静かな時間だけだった。
あの謎スキルの通知音も、もう鳴らない。
代わりに、胸の奥がやけにうるさい。
……クマ食べて冬眠と鮭って、どんなRPGだよ。
いや、もはやギャグだろ。
《天の声:お前の存在がギャグみたいなもんだろ。》
(またこいつかよ!)
サクラ「っさい!!」
──
火の落ちた石板コンロの上で、串の先が冷えきっている。
私はぼんやりと、空になった皿を眺めていた。
……まぁいい。
冬眠でも何でも、エスト様を守るためなら使いようだ。
それに──守るって、そう簡単に言える言葉じゃない。
だからこそ、ちゃんと“決意”に変えなきゃいけない。
魔力灯の淡い光が、石壁をゆらゆら照らしていた。
まるで夜の焚き火みたいで、少し落ち着く。
サクラ「……まぁ、いざとなったら私が大魔王やってもいいけどね?」(クスリと笑う)
その独り言に、隅で座っていたエストが顔を上げた。
エスト『ねぇ、お姉ちゃん……わたし、ほんとは……もっと強くて、かっこいい魔王になりたかったんだ。』
彼女の声はか細くて、まるで灯の揺れみたいに頼りない。
エスト『……私に召喚されたの嫌だと思ってたら……やだな……って。』
私は、しばらく黙っていた。
そして、乾いた笑いがこぼれる。
サクラ「……そんなの、最初から分かってたけど?」
エスト『えっ……?』
サクラ「エスト様がポンコツで泣き虫なのは、見れば分かる。でも──」
私は立ち上がり、魔力灯の光を背に彼女を見下ろした。
サクラ「勝手に喚んで“お姉ちゃん”なんて言われたら……もう引き受けるしかないでしょ。誰が妹を置いてくもんですか。」
エスト『お姉……ちゃ……』
サクラ「……あーもう!また涙ぐんで!湿っぽいのは禁止!」
エストは唇を噛みながら、それでも小さく呟いた。
エスト『……もし……お父様が戻ってきたら、わたし……また捨てられるのかな……。』
胸の奥がギリッと鳴った。
サクラ「……はぁ???小娘!自分が何を言ってるか分かってんの?」
サクラ「親に捨てられたとか、そういう話は小娘のせいじゃないから!!ちっちゃくて、バカで、ポンコツで──」
サクラ「あぁ、もう!──笑うとアホみたいに可愛い魔王の、何が悪いっていうんだ!」
言葉が止まらない。もう止められなかった。
サクラ「家族を失うのがどんなに辛いかも、残された者がどんな気持ちになるかも、全部知ってる。」
サクラ「誰にも『おかえり』って言われない夜が、いちばん冷えるんだよ。」
サクラ「だからこそ言える。残された家族を放っておく親なんて、魔王だろうが何だろうが、ぶん殴ってやる。」
言葉を吐き出したあと、胸の奥がじんと熱くなった。
サクラ「それに──ムダ様が言ってたんだ。『親は選べないが、殴るかどうかは選べる』ってね。」
サクラ「エスト様を泣かせた責任、きっちり取らせてやるから。」
深く息を吸った。
守るって決めたんだ。あの日も、今も。
サクラ「──それが、私の世界征服。“大切な人を失う世界”なんて、私がぶっ壊してやる。」
ドゴォン!
拳を突き出すと、空気が震えた。
魔力灯の光がビクリと揺れて、二人の影が壁に踊る。
エストは目を見開いたまま、しばらく私を見つめていた。
やがて、視線を落とし、小さな手で私の腕をそっとつかんだ。
エスト『……それって、すっごく……わがままで、でも、あったかい。』
サクラ「……っ、な、なにそれ……は?……知らないし……。」
エスト『──ありがとう、お姉ちゃん。』
一拍置いて、その小さな頭をぽんと押さえた。
サクラ「……ったく、ほんとチョロいんだから。」
悪くない。いや、悪くないどころじゃない。
むしろ──少しでも長く、この手を離したくない。
……でも。
その温もりの裏で、胸の奥が少しざわついた。
怒りも、悲しみも、後悔も。
全部、まだ拳の中に残ってる。
そのとき、ムダ様の声が頭に蘇った。
『ストレスを溜めるな。拳で昇華しろ。筋肉は感情を代弁する。』
サクラ「……あー、やっぱムダ様、天才だわ。」
そうだ。
このざわつきはきっと、ストレスだ。
なら、解消法はひとつ。
サクラ「うん。ストレス解消も、征服のうちってことで。」
エスト『……え、いま急にテーマ軽くなった!?』
サクラ「違う!ムダ様の教えに従っただけ!!拳で世界と、自分を鍛え直すのよ!!」
エスト『お姉ちゃん、それただの筋トレでは……?』
サクラ「筋肉は世界を救う哲学ッ!!」
エスト『哲学なんだ……!?』
サクラ「そう、筋肉は裏切らない。裏切るのは大体、人間だけ!!」
ドガァァァン!!(*机を殴って壊す音)
エスト『お父様の机がァァァァ!?!?』
サクラ「……」
(沈黙)
サクラ「……あ」
粉々になった机を見つめる。
サクラ「……これ、お父様の……」
エスト『そうだよ!?』
サクラ「……」(冷や汗)
(間)
サクラ「……いや、むしろ良かったんじゃない?」
エスト『え?』
サクラ「だってさ、エスト様を置いて行った親の机でしょ?こんなもん残しておく方がおかしいわけ」
サクラ「過去に縛られてちゃダメなの。前を向くために、机も過去も全部ぶっ壊す!これ、ムダ様の教えね」
エスト『そんな教えあったの!?』
サクラ「今作った」(てへぺろ)
エスト『作るな!?』
サクラ「でもほら、これでエスト様も、過去に縛られなくて済むでしょ?」
エスト『いや!縛られてないから!普通に使ってただけだから!?』
サクラ「それに私、さっき宣言したじゃん。"エスト様を泣かせた責任、きっちり取らせてやる"って」
エスト『机に責任取らせてどうするの!?』
サクラ「机から始まる報復。これが私の世界征服」
エスト『征服関係ないよね!?』
(沈黙)
サクラ「……胃が痛い」
エスト『今更!?』
サクラ「……うん。明日からレベル上げ再開だな。」
ストレスも拳も、動かしてナンボ。止まったら腐る。ムダ様もそう言ってたし。
サクラ「よし。世界征服──まずは腹筋300回から始めよう。」
《天の声:物語の方向性、迷走中。》
サクラ「っさい!!」
別に世界なんか欲しくないっての。
でも、まぁ、あの子が笑って生きられる場所くらい……
私が殴ってでも作ってやんよ。
……なーんて。言わんけどね。やっぱ恥ずかしいし、ね?
(つづく)
ムダ様の言葉は、いつも乱暴で、でも真っ直ぐだ。
殴れって、きっと暴力の話じゃない。
“どんな過去でも、自分の意思で上書きできる”ってことだ。
親がいようがいまいが、泣き虫な魔王がいようが、関係ない。
私は、私の手で、この世界を殴り返す。
そして──
守るために、笑うために、今日も拳を握る。
◇◇◇
《征服ログ》
【征服度】:0.2%
【支配地域】:クマ肉と魔王(胃袋と方針の両面制圧)
【主な進捗】:育てて征服する計画が始動。魔王を妹として守ると決意。
【特記事項】:最悪、自分が大魔王やるらしい。(やめろ)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『親は選べないが、殴るかどうかは選べる。』
解説:
血は水より濃いが、拳はそれより早い。叩け。
血縁は宿命だ。逃げられない構造だ。
けど拳には“今”がある。
過去に殴られたままの自分を、今、殴り返せる。
ムダ様にとって殴るとは、報復じゃなく更新だ。
一発で血の呪いをリロードする儀式。
親でも運命でも、ぶん殴った瞬間に「お前の人生」になる。
だから叩け。速さこそ自由だ。あと殴るとスッキリする。




