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バームベルク公爵領の転生令嬢は婚約を破棄したい  作者: くまだ乙夜
最終章

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179/252

終わりの始まり

 公爵令嬢のディーネは皇太子に対して、婚約を解消するという申し入れをした。

 ジークラインはそれを了承したが、あいにくとディーネの両親は黙っていなかった。

 もう一度話し合えとばかりに馬車へと放り込まれた。


 直通のゲートは通じなかったので、パパ公爵の馬車で皇宮の正面に乗りつけることになった。


 車内でパパ公爵のお説教を聞くこと小一時間、ディーネはお付きのジージョと一緒にぺいっと皇宮の車寄せに放り出された。


「仲直りするまでうちには帰れないものと思いなさい。いいね?」


 パパ公爵は非情な宣言を残して去っていった。当然馬車も没収である。


「さ、姫さま、参りますよ」

「うん……ごめんね、ジージョ」

「何をおっしゃいます。姫さまがお決めになったことなのですからお謝りになることなどございませんよ。まったくもう、何ですかその情けない顔は。しゃんとなさいませ」


 背中をたたかれて、ディーネは反射的にぴんと伸びた。それを見てジージョが笑う。


「……まったく姫さまときたら強情で……あんなに意地になって公爵閣下にご意志を主張なさるんですから、わたくしはすっかり驚きましたよ。いつも泣いてばかりいらしたディーネさまがねえ……」


 しみじみと過去を懐かしむ老婦人に、ディーネはなんだかこそばゆくなってきた。


「泣いて殿方の陰に隠れるような女性でいれば、たいそうかわいがられて幸せな人生が歩めましたでしょうにねえ……」


 聞き捨てならないことを言われて、ディーネは腕を組んだ。


「私ね、もう、そういうのは嫌なの。そんなの全然幸せだと思わない。ジークに何でもかんでもやってもらう人生なんてちっとも面白くないもの。やりたいことは自分でやる、思い通りのことをする人生がきっと一番楽しいはずなのよ」


 ジージョは、そうですか、と言って目を細めた。


「……厳しいことも色々申しあげましたが、すべてディーネさまのおためを思ってこそですよ。ディーネさまのためなら、わたくしは屋敷から追い出されても悔いはありません」

「だから本当にごめんって……」

「いいんですよ、一度きりしかない人生ですものね。さあさ、せっかくですから皇太子殿下にも言うだけのことを言っておやりなさい」


 なんだかやけっぱちになっているジージョに連れられて皇太子の部屋に入った。


 ディーネが顔を出したとき、ジークラインは不在だったが、いつも取り次いでくれる小姓の目がきらっとした。


「おかけになってお待ちください。すぐにお呼びいたしますので。くれぐれも帰らないでくださいね! すぐにいらっしゃいますから!」


 小姓たちがばたばたとやかましく駆けていく音がして、小さなささやき声が奥の方から聞こえてきた。


「殿下は今……らに……」

「……らない……でも絶対に……いと……」

「……したら……られるかも……」


 この様子だとディーネの婚約破棄は前情報としてしっかり伝わっているようだ。


 ひそひそとささやき交わす小姓たちに居心地の悪い思いをしつつ、ジージョの顔をちらりと見やる。


「姫さま、なんです、そのお顔は」

「……なんか変?」

「わたくしの顔色など窺ってどうするのです。ここまで来たのですから、取り繕うのはおやめなさい」


 ジージョの苦笑も見慣れたものだが、そのときはいつもよりしんみりして見えた。


「……本当のことを申しあげますとね。わたくしは姫さまがお悩みになっているのを、ずっとおそばで見ておりましたから、申し訳なく思わないでもないのです」


 何の話だろうと思っているディーネに、ジージョは懺悔のような調子で続ける。


「わたくしなりに、かわいらしい女性になることが最善だと思ってアドバイスをさせていただいておりましたが、ディーネ様にとって、それが本当に幸せなのかどうかについては確信が持てずにおりました」


 ジージョには刺繍や礼儀作法など、基本的なことをすべて教わった。

 ディーネの女の子らしい趣味や性格は、ジージョの影響によるところが大きい。


「可愛い女性というものは、怒りを感じたときに泣き、傷つけられてもしとやかに笑っているべきなのです。わたくしがそうお教えしてまいりました。いつなんどきもジークライン殿下から可愛がられる女性であるように……そうご注進してまいりましたが、でも、本当は……人から愛されているかどうかで自分の価値を決めるのは、とても苦しいことですわね……」


 彼女の言うことは過度に抽象的で、ディーネにはよく分からない。それでも、ジークラインの気を引こうともがいていた頃のことをかすかに想起して、苦い気持ちになった。


 そう。あの頃は、ただ、苦しかった。


「姫さまは素敵な女性におなりですよ。殿下の顔色を気にして言えなかったこと、怒れずにいたこと、笑ってごまかしていたこと、この際なんでもぶちまけておやりになったらよろしいのです。たとえ殿下に嫌われようとも、それで姫さまの魅力がなくなってしまうわけではありませんからね。女は愛らしい存在でいなければ無価値だなんて、貴族社会が作り出したまやかしでございますよ、ディーネ様」


 ――励ましてくれてるんだ……

 珍しいこともあったものである。まさかジージョから婚約破棄を認めてもらえるとは思っていなかったが、彼女なりにディーネのことを気にかけてくれていたのだと知って、なんだか胸が熱くなった。


「うん。色々と、ありがとうね。いつも、私を助けてくれて」


 ジージョは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でディーネを見ていたが、こほんとひとつ咳払いして顔を背けた。心なしか耳が赤い気がするが、暗いのでよく分からなかった。


 使用人の掲げる燭台がちらちらと揺れている。蝋燭の明かりがあちこちで点火し、皇宮の中が少しずつ明るくなっていく。時刻はまもなく夕食の頃合いだろうか。


 ジークラインはすぐにやってきた。おなじみの転移魔法の前触れが室内に現れては消える。どこかに出かけていたのか、屋外用の毛皮つきの外套を身に着けていて、髪の毛には雪までついていた。


 ジークラインはディーネの顔を見るなり疲れたようにへたり込んだ。


「お前は本当に次の行動が読めねえな……」

「突然申し訳ありません」

「今度はなんだ?」

「お父さまが、ジーク様と仲直りするまで帰ってくるな、と……」


 言いながらディーネは恥ずかしくなってきた。我ながらくだらない理由で呼びつけたものだ。


「わーった、俺からオヤジさんに言ってやる。今どこだ?」

「いえ、その……」

「何だよ、心配すんな。俺が絶対にお前を家に帰してやるからよ」


 ――優しい。

 うっかりときめきかけたが、ディーネは微妙に視線をずらして誤魔化した。

 母親にも話し合いをしろとねじこまれてきたから、このまま直帰するのは具合が悪い。


「……それよりも、少しお話をいたしませんか?」


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