騎士叙任式’(改稿)
2017.05.03 中盤文章追加
【 結局ジークラインは今回の真相を】~【よそに犯人を求めてしまった方がずっと賢い。】
「……セバスチャンのことですの? セバスチャンはわたくしの持参金稼ぎも率先して手伝ってくれましたのよ。できることをしてあげたいと思うのは当然の人情ではございませんか」
それにしてもまたずいぶんと話が飛んだものだ。セバスチャンのことなんてディーネはすっかり忘れていたぐらいなのだが、ジークラインはずっと気にしていたのだろうか? 彼が話の飛躍に気づいた様子はない。
「そうかよ。……ああ、クソ、気分悪ィな」
ジークラインはぼそぼそと意味不明のことをつぶやいた。何だろうとディーネが思う暇もなく、突然大きな声を出す。
「いいか、俺は何もお前が憎くて言ってんじゃねえぞ。ただ、戦争批判はマズいって言ってんだ。こと侵略と戦争に関しちゃ、帝国将軍を兼ねるこの俺でさえもオヤジの意向には口を挟まない。それは皇帝の領分であって、俺の仕事じゃあねえからだ。ましてや女のお前に口が出せることなんざ何ひとつありゃしねえんだよ。俺はお前が不敬だなんだとつまらない罪に煩わされるのを見たくはない。今後の発言はくれぐれも慎重にしろ。分かるよな? こんなことが何度も続きゃあ、いくら俺であってもお前を守ってやれないかもしれない」
なるほど、とディーネは思った。さきほどやけにトゲトゲしかったのはそのせいか。皇帝と皇太子の関係もなかなか微妙であるようだ。
ディーネが『分かった』と返事をすると、ジークラインはようやく少し余裕が戻ったのか、苦笑した。
「お前を見くびって怒らせたことについては悪かったよ。……まったく、ちょっとお前の遊びに付き合ってやるつもりが、予想外に高いツケを払う羽目になっちまったな。……よりによってあれに持ってかれるとは思ってなかったが」
なにしろ魔法石産出国のスノーナビアだ。逃した魚は大きいはずだとディーネが思っていると、ジークラインは若干ヤケのにじむ動作で手を広げた。つくづく演劇的な仕草が好きな男だと感心するが、実際に似合っているので不快感はあまりない。
「――お前の気持ちはよーく分かった。俺は一度した約束を違えない。お前が死をも覚悟してそれを貫くってんなら、俺に否やはない。どんな手を使ってでも叶えてやるさ」
「いえ、別にわたくし、ジーク様に何かしていただきたいわけでは……」
「しっかし、珍しくお前が何かを欲しがったかと思えば、まさか一国の存亡とはね。まあいい。俺の女が欲するにふさわしい、豪華な貢ぎ物だ」
「ですから別に、ねだっているわけでは……何を叶えてくださるおつもりなのかは存じませんけれど、それでまた何もできないなんて決めつけられたくありませんし……」
「おいおい、遠慮すんなよ。この俺からの施しだ。釣り銭ごととっておけ」
「はぁ……」
ディーネはその辺で言い返す気力を失った。どうあってもジークラインは謎の彼氏ヅラをしたいらしい。婚約者だから一応彼氏よりは重い関係なのだが、ジークライン独特の言い回しのせいか、余計なお世話感がすごい。
「いいぜ、蜥蜴もいい加減見飽きていたところだ。まとめて始末してやる」
「そうですわね、ドラゴンの襲撃は早く終わらせるべきだと思いますわ」
いたずらに事態を長引かせていたせいで、不安で夜も眠れない帝国民がどれほどいるかを思うと、皇帝の謀略も罪深いと言わざるを得ない。
結局ジークラインは今回の真相を隠し通すことに決めたようで、その後ディーネが皇帝からとがめだてられることもなければ、周囲の誰かが処罰されるようなことも一切なかった。それはそうだろう。今回ディーネが何をしたのか知っているのはジークラインだけで、それを告発すれば、自動的に自分の落ち度もさらけ出すことになる。すなわち、重要機密を不用意にディーネへと漏らしたことについてだ。
ジークラインがどうしてもディーネを許せないと感じるのであれば、自爆覚悟で皇帝に突き出すことは十分に考えられた。が、親子同士の確執も珍しくないお国柄であること、ジークラインが皇帝の政策に対してかなり気を遣っていることを考えれば、ジークラインが自身の落ち度の発覚のほうをより恐れたことは想像に難くない。皇帝はパパ公爵のとりなしで真犯人を教皇の息子のほうとみなしているはずだから、そちらと口裏を合わせてしまうことはできる。身内の犯行であるとしていたずらに疑心暗鬼を招くよりは、よそに犯人を求めてしまった方がずっと賢い。
――そうしてあれよあれよという間にセバスチャンがスノーナビアに旅立つことになった。
騎士の叙任式は前日に教会で一晩中祈りを捧げることになっているので、それに合わせて一日早く現地入りしている。ディーネはというと、どうしても見学したかったので、無理やり頼み込んでジークラインに連れてってもらうことにした。さすがにまだ皇太子との婚約中の身空で、他国の宮廷にソロで出入りし、あまつさえセバスチャンと仲良くするなどという不祥事を起こす気にはならなかったのである。いったいどんなうわさが立つか分かったものではない。
式典はそれは見事なものだった。雪に埋もれたスノーナビアの宮殿は太陽光の反射を受けてキラキラと輝き、焚かれた無数の火鉢と魔法石の炎で中は快適な暖かさに保たれている。
リスやうさぎの毛皮をあしらった、暖かそうな宮廷衣装の人々が広間にひしめいている。
国王はひときわ豪奢なマントと王冠を身に着けて玉座の前に立ち、ワンピース状の質素な下着姿で足元にひざまずくセバスチャンを見下ろしていた。
双子だと知ってはいたが、ふたりは本当によく似ていた。セバスチャンが王弟なのは紛れもない事実だと、ここに集っている誰もが感じていることだろう。
銀髪の国王は、両脇に侍らせた高位貴族たちの誰よりも若く、軟弱そうな印象だった。王冠をつけて立っているのが何かの冗談のように見えてしまう。このあどけなさに、フェンドル庶子公も惑わされたのかもしれない。ちなみにそのフェンドル庶子公はというと、国王のすぐ右席で屈辱に顔を青ざめさせている。フェンドル庶子公もまた、国王兄弟とは少し性質の違う、硬質の美貌を備えた美男子だ。スノーナビアの人間は色素が薄い美人揃いで有名だが、こうして並んでいるのを見るとなかなか眼福である。
国王は片手に携えた祈祷書に視線を落とし、セバスチャンに祝詞と聖印の祝福を与えた。次に脇から宮廷司祭が六人やってきてセバスチャンに鎖帷子を着せ、兜を身に着けさせた。さらにその後に高位貴族の紋章をつけた男が六人来て、彼に黄金の拍車と盾を授ける。最後にやってきた国王の小姓とおぼしき少年六人が、王に立派なツーハンドソードをうやうやしく渡した。
国王は剣を水平にして、平らな面でセバスチャンの鎖帷子の肩を強く叩いた。
叩きながら何かを喋っているが、帝国語ではないので、ディーネには部分的にしか理解できない。しかし状況を総合すると、どうやら騎士の訓示を与えているようだ。
セバスチャンがそこで初めて立ち上がり、喋ったが、帝国語ではないので、国王に忠誠を誓ったことしか分からなかった。
国王は続けてセバスチャンに姓を下賜する旨を宣言した。国王と同じ姓で、ヴィンランドと名乗ることを許されたセバスチャンはそれを拝命。
続けて国王の親族領としてシュヴェルフ公爵の称号が授与されたが、セバスチャンは頑固にもそれを受け取ろうとはしなかった。
実の兄に忠誠を誓うことができた、それだけで十分だと言い続けるセバスチャンに、国王もらちが明かないと思ったのか、また後日審議するといって取り下げた。
最後に王がセバスチャンの両頬にキスをして、儀式は終了した。
「よかったぁー……本当によかったぁー……」
ディーネは感激のあまり泣きそうだった。美しい銀髪の双子が王と騎士の役に別れて儀式をしているというだけでも稀有なシチュエーションで見とれてしまうのに、その片方はディーネにとって特別な、ママと呼んでもいいほどの思い入れのある相手なのである。
「おい、泣くな。怪しまれるだろうが」
「だってぇー……」
本当にいい儀式だった。一生の思い出になる美しさだった。
「よかったねぇー、セバスチャン、よかったねぇー……」
完全に息子の卒業式を見にきた母親の気分のディーネをどう見たのか、ジークラインはマントを広げてディーネをさりげなく衆目から隠してくれた。ディーネはありがたくその陰で涙をぬぐうことにする。図体がでっかくて豪快そうな見た目をしているわりに気配りがこまかい男である。
「しっかし、なんであいつは爵位を辞退してたんだ?」
「そうですわね……もらえるものはもらっとけばいいのですわ」
「この俺と張り合おうってんなら、公爵位程度でもまだ不足だろうに」
「……なんでセバスチャンがジーク様と張り合うんですの?」
「なんでって、そりゃお前……」
ジークラインは最後まで答えずに、おもむろに歩き出した。大勢の貴族に取り囲まれているセバスチャンのところまでやってきて、無言で周囲を威圧する。
すると次々に場所を譲る貴族が現れ、人垣がさっと割れた。
騎士叙任式
「西洋版の元服の儀式」とは佐藤先生の言です。(カペー朝 フランス王朝史1 (講談社現代新書) 佐藤賢一)




