お肌をより美しく見せたいあなたに(薬事法を守ったキャッチコピー)
公爵令嬢に転生したディーネは化粧品の開発に着手した。
皇妃ベラドナはディーネ謹製の化粧水を手に取ってみるなり、素直に歓声をあげた。
「あら、とってもひたひたしてるのね。お肌によさそう」
「毎日、朝起きて顔を洗ったあとと、入浴後につけていただくと効果的ですわ。お肌がしっとり潤います」
「あら、つけるだけで効果があるの? ありがとう。うれしいわ」
それからディーネはなるべく自然に見えるように、しゅんとした顔を作った。演技には慣れていないので、内心はドキドキものだ。
「ヨハンナ様のところにも同じものをお持ちしたのですけれど、あまり歓迎してはいただけなくて、落ち込んでおりましたの。でも、皇妃さまに喜んでいただけて光栄ですわ」
「まあ……ヨハンナに?」
皇妃さまにとっては義理の親族だが、表面上はふたりともうまくやっているようだ。裏で起きている確執まではディーネにも分からない。
「ええ。ほら、先日、お化粧のことで教会の方にこっぴどく注意をされたというでしょう? わたくしあんまりだと思いましたの。お化粧を楽しむのが悪いことだなんて、わたくし許せませんわ。ねえ、皇妃さま」
使命感に燃えるふりをしてみせると、皇妃は少しほほえんだ。
「ディーネちゃんはとっても優しいのね」
「まあ、そんな……」
純粋な好意でしているわけではないが、あえて説明する必要もないので言葉を濁しておく。
「ヨハンナ様にも使っていただけたらいいのですけれど……」
「分かったわ、わたくしのほうからも勧めてみるわね」
「ありがとうございます」
ディーネはほっとした。その言葉を引き出したくてずっと会話を続けていたのだ。ひとまずこれでいいだろう。
最後に試作品を母親にも試してもらって、感想を尋ねる。
「お母さま、いかがでございます?」
「そうねえ、悪くはないわ。こっちの化粧水のほうはいいわね、つけると気持ちいいわ。でも、このおしろいなのだけれど……」
「なにかさしさわりが……?」
やっぱり鉛白のほうが使い心地がいいのだろうかと考えていると、彼女は小さく首を振った。
「やっぱり副作用が心配で、つけられなかったの」
「お母さま、最初に説明したように、これは今までとは違う材料で作ってあるのですわ」
「でも、それが分かるのは、十年、二十年と使ってみたあとのことでしょう?」
「それはそうですが……」
要するに臨床試験が足りないということなのだろう。
時間がかかることなので、誰の目にも分かるように証明しろといわれると難しい。
ディーネが悩んでいると、公爵夫人はおかしそうに笑った。
「もう、ディーネちゃんは頭がカタイわね。材料を説明するよりも、これはこういうものなのだと思わせるエピソードを用意したほうがいいのではなくて?」
「たとえば……?」
「そうね、薬草で有名な修道女さまの秘伝レシピ……とか?」
「なるほど、薬草魔女の」
その道で有名な人のレシピとなれば、そういうものなのかと思う人は出てきそうだ。
「あとは、そうね、こっちの化粧水は、デイジーの朝露を集めて作った、とか」
「虚偽表示ではありませんか。薬事法違反でございます」
「やくじ……?」
――しまった、この世界に薬事法はまだなかった。
「難しいことは分からないけれど……ほら、美人さんのことは、デイジーの花のように白い、というでしょう?」
この国ではよく聞く、美人の慣用句だ。
「それで、朝露には魔力が宿るとよく言うじゃない? 中身を細々と説明されるよりも効きそうな気がするわ」
しかし科学全盛の時代を知っているディーネとしては、虚偽表示はとても後ろめたい。
「お粉のほうは、真珠を砕いて作ったことにでもしたらどうかしら。茶色なのは、ミイラの粉末が混ざっているからね」
「出た、ミイラ」
なぜか万能薬だと思われているミイラ。焼いて飲むとどんな病気も治ると思われているミイラ。現代知識持ちのディーネとしてはそんなわけあるかのひと言だが、じゃあどういう手順を踏めば万人にそれを理解させられるのかとなると、非常に難しい。人間は常に自分が一番正しく常識的だと信じているので、横から『正しいことを教えてあげましょう』とやられると、それだけで無条件に不快感を持つ。
虚偽表示は悪いことなのであまりやりたくはないが、いかに納得させるかをつきつめると、それが一番なのかもしれない。相手の持っている誤解や迷信、信念をなるだけ否定せず、あえてそこに乗っかっていくのだ。
「分かりました。では、今からこの化粧水はデイジーの朝露を集めてローズマリーを足したものとなります」
「そうよディーネちゃん。その意気よ」
「パウダーファンデは真珠とミイラの粉末です。リキッドファンデは世界樹の根っこをすり潰して混ぜました」
「いいんじゃないかしら? とっても売れそうよ。わたくしは使わないけれど」
「お母さま……」
お母さまはけっして悪い人ではないが、ちょっといけずだった。
そんなこんなで母親に協力してもらうのは諦めたが、化粧品を売り込むための種はまくだけまいた。
あとは育てていくのみである。
また数日後にヨハンナのところへ行った。
置いてきた化粧品の具合を尋ねると、彼女はむすっとした顔で『使用人に下げ渡した』と告げた。
「どうせ何か混ぜたに決まってるわ」
「ではその方を呼んでくださいましな。どんな具合か聞いてみましょう」
連れてこられたのは乳母だった。忙しい子育てに疲れているはずなのに、顔色がいい。
「使ってみてどうでした?」
「ええ、とっても調子がいいですよ。貴族の方が使うようなお化粧品なんてあたしは初めてで、本当にありがたいことといったら」
どうだというようにヨハンナを見ると、彼女はより一層しぶい顔になった。
「では今週の分も置いてゆきますから、ぜひ使ってくださいね」
ヨハンナはディーネのほうを見向きもしなかった。
「あーこりゃ、もうちょっと違うアプローチも必要ね……」
聞く耳持たない状態でディーネがあれこれ言ったってしょうがない。
ディーネはうちのおしゃれ番長にヘルプを求めることにした。
***
そしてあっという間に半月が過ぎ、十一月一日。
祝祭を行う皇宮はとてもよく晴れていた。
この日はもともとよその宗教で死者を偲ぶための大きな祭典だったが、国教がメイシュア教になったとたん、聖書の偉人をたたえる日になってしまったのである。偉人であれば誰でもいいらしく、毎年違う偉人のお祝いが行なわれている。戦争中ならば戦で有名な王、金策に苦労している場合は商売の守護聖人、といったように。
今年は宮廷の貴婦人たちで聖母の劇をすることに決まったようだ。
青空の下で開かれた宮廷には、思い思いのコスプレをした人たちが集まっていた。
半神半獣の神さまコスがあったかと思えば、西のほうで殉教した舞姫の妖艶なコスがあったりする。
ディーネはフクロウの神さまのなりきりで背中に羽根を生やし、くちばしのついたお面をかぶっている。今回は正装しなくて済んだのがありがたかった。
ちなみにジークラインは欠席である。ディーネがお願いして外してもらった。
だって、彼がいると注目や賞賛が全部持っていかれてしまうのだ。
今日の主役にはぜひとも目立ってもらわなければならないので、ドラゴン騒動で忙しいことにしてもらった。
「見たかったですわぁー、ジークライン様のお衣装ー」
「また今度ね」
ディーネのおともをしているのはシスとナリキ。ジージョとレージョはザクサーノに貸し出し中だ。着付けをお願いしているのである。
あれから一計を案じて、ディーネはザクサーノ伯爵夫人に劇の衣装のトータルコーディネイトを提案した。
頭の先からつま先まで今日はディーネの侍女のプロデュースである。
お化粧品も無理やり使ってもらった。彼女の嫌がりようはすごかったが、提案した衣装の内訳を見て目の色を変えてくれた。提案をのんだほうがトクだと分かってもらえたようである。
「ディーネ様、いらっしゃったようですよ」
ちょっとした悲鳴があがった。
十一月一日の祝日
諸聖人の日(万聖節)をモデルにしていましたが、都合によりまったくの別物となりました。




