元皇族の伯爵夫人(3/5)
帝国の皇太子と公爵令嬢は、十年近く婚約関係を結んでいる。
長い婚約期間を経て、結婚可能な年齢もとうに過ぎた。
なのに、まだ結婚はしていない。
先延ばしは、皇帝の思惑によって行われている。皇太子の結婚ともなれば、帝国民のムードも大きく変わる。一時的に愛国心を高める効果などが期待できるので、ここぞというときにカードを切りたいのだ。
――というのが表向きの理由。
裏でまことしやかにささやかれているのは、皇帝が皇太子の人気を恐れている、といううわさだ。皇太子が世継ぎを設けて賢妃を皇宮に迎え入れ、安定した派閥を築いてしまうと、ただでさえ高い皇太子の人気が不動のものとなる。歴史からみれば、親子同士の血で血を洗う抗争だってそう珍しくはない国なので、皇帝が警戒するのも無理はないという結論になる。
つまりディーネは、彼の嫁として宮廷世界に入った瞬間から、熾烈な派閥争いに巻き込まれることになる。たとえ皇帝がうわさとは違って皇太子を恐れていなかったとしても、皇太子の派閥を壊したいと願っている貴族は少なくない。元老院に席を持っている中流の貴族や聖職者たち、それに庶民院にひしめいている新興の弱小貴族たちなどがそれに当たる。
帝国の議会制はやや変則的で、大貴族には特権的な議席が用意されている。彼らは最上級の騎獣・ドラゴンをも扱える『竜騎手』であることから、『騎竜議員』と呼ばれている。
騎竜議員の持つ権力は絶大だ。並の貴族院数十人分もの投票権を持っているので、ときには上院下院の総反対を受けても強引に法案を通せるほどの独裁ぶりを発揮する。もちろんバームベルク公爵も騎竜議員のひとりである。
こうしたあからさまな大貴族優遇は中小規模の貴族のみならず、平民や聖職者たちからも強い不満を招くもととなる。
この国には無数の対立軸がある。
ヨハンナが嫁したザクサーノ伯爵家は、中堅どころの貴族に当たるが、現在はどちらかというと『騎竜議員』の大貴族と対立する一派に属していた。
彼らの真の目的は皇帝領および大貴族領の解体と、その領地の再分配である。とくに三十六のタイトルホルダーであるバームベルク公爵は怨敵なのだ。そんなにたくさん領地を抱えているのはズルいから俺たちにもよこせと、そう言いたいのである。
前置きが長くなった。
ところで、新興貴族や中流の貴族たちが結託して皇帝の大貴族優遇政策をつつくとするのなら、まずはどこを狙えばいいのか?
候補は色々あるだろうが、気が弱いクラッセン嬢などは、優先的に攻撃するべきだと見なされるだろう。
そうした思惑などが絡まり、公爵令嬢のディーネは、ただいま吊るしあげを食らっている真っ最中であった。
ディーネの結婚は、政略なのだ。
泣きごとや甘えなどは通用しない。
「早くジークライン様も宮廷にお上がりになったらよろしいのに」
「いろんな楽しみを教えてさしあげたいですわぁ」
帝国の国教はメイシュア教で、一夫一妻制。
皇太子もその法典によって、別の女性と付き合いを持つことは禁じられる。しかし国教成立以前の帝国は多神教であり、歴代皇帝はたくさんの愛人を持つことが多かった。相手は庶民の女性か、あるいは宮廷で要領よく秘密を保持していける、『洗練された』貴婦人たちだ。
おそろしいことに、近頃では正式に結婚した相手とのロマンスよりも、婚姻関係にない相手とのロマンス――『不倫』のほうが上等な恋愛だともてはやされる傾向すらあった。
以上をふまえると彼女たちが言いたいことが見えてくる。
つまり、『お前が愛されている期間などほんのわずかだ』ということだ。
――皇太子妃になるからといっていつまでも寵愛されていると思うなよ。
これにはディーネも黙ってしまう。
集団生活のイジメについては多少免疫があっても、恋愛となると全然だったりする。
クラッセン嬢がジークラインとの結婚後の生活に悲観的だった理由も、実はこれだ。
皇太子殿下が腐れ縁の新妻に飽きてしまった後。
彼の寵愛を誰が得るのか、皆楽しみにしているのである。
「皇太子殿下はどういった女性がお好みなのかしら」
「あらぁ、やっぱり皇妃さまのような素敵な女性なのではなくて? 男はみんな母親のような女性を求めるっていうじゃない」
「そうねえ、身近にあんなに艶っぽい方がいたら、並大抵の女性では相手にもされないでしょうねえ」
どちらかといえば可憐な少女のディーネにあてつけた会話が続く。
この世界はまだ宮廷文化もそれほど発達していないので、社交界デビューのしきたりはない。
しかしディーネは皇太子の婚約者ということもあり、一般的に未婚女性の出入りが禁止されるような行事にも呼ばれることが多かった。
そこで猛威を振るったのがヨハンナたちである。
彼女たちは蛇のようにしつこく陰険だった。
クラッセン嬢は女性としての魅力に欠ける――といったようなほのめかしも昔からよく受けた。それがまったくの事実無根であるとしても、女性らしい肉体美に欠けるだとか、女性らしい賢さがないだとか、あるいはまったく逆の、女性だからといって愚かで皇太子に甘えてばかりいるようではいけないだとか、抽象的な文句であることないこと責め続けられてはだんだん自己分析能力も狂ってくる。
あんな娘より誰それのほうが皇太子殿下にふさわしい、といったようなささやき声も多く聞かれた。ときにはライバル心むきだしの少女から、『皇太子殿下に気に入られるにはどうすればいいか』とあからさまに質問されたこともあった。
様々な貴婦人たちからジークラインの略奪宣言を受けるにつれて、クラッセン嬢の人間不信が限界突破してしまったのであった。
クラッセン嬢はひとたびジークラインと結婚してしまったが最後、ずっとこのような貴婦人たちと争っていかなければならなくなるのだ。誰かにジークラインを取られてしまうかもしれないという不安や猜疑に怯えながら、友好的なふりをしつつ毒を飲ませたがる人たちの、小さな嫌味やからかい、いじめを無数に受ける日々。
彼女のストレスは、もうほとんどジークラインが原因といっても差し支えない。
彼から愛される存在でいたいと思う反面、水面下ではふつふつとフラストレーションを募らせていく彼女の心を、いったい誰が知り得ただろう。
――あの人の婚約者でなければ、こんなにつらい思いをしなくても済んだのに。
宮廷中の貴婦人から敵意を向けられ、一挙手一投足に注目され、あらゆることで引き合いに出されてけなされる毎日。バームベルク公爵令嬢が約束されているのは劇場の人生だ。皇太子妃とは、愛する人の妻などという安穏とした座ではない。ある意味で見世物小屋の動物よりも卑しい、ドレスを身にまとった道化師だ。
それは誰にも言えずにためこまれた、無意識の不満だった。両親は生まれたときからずっとディーネに英雄の嫁になることを期待している。他の誰であれそうだった。ディーネがどんな思いでいるかなんて気にかけてくれる人はひとりもいなかった。
――ディーネの記憶が、カナミアを併合した記念式典の夜に引き戻される。
あの日の彼女は、いつもより長く皇宮に留め置かれていた。カナミアの残党がどう動くか分からないので、危険を感じたジークラインが手放したがらなかったというのもある。しかし間の悪いことに、カナミア戦の総指揮官だったジークラインは式典の立役者で、ずっとディーネのそばについているわけにはいかなかった。
社交界デビューのしきたりはない
未婚女子の社交界デビューは近~現代のもの。
一般的に未婚女性が中世の宮廷に出入りすることはなかったが
祝典には呼ばれることもあった。




