お姫さまとドラゴンのお話 2
悪竜退治の創作話を考えるのはいいが、何も実在の人物の名前を使わなくてもいいような気がする。
「ところがある日悪いドラゴンがやってきてディーネ様をさらっていってしまうのですわ!」
「ドラゴンはいつも遠くからディーネ様を見ているうちに好きになってしまったのです」
「彼女こそが僕の番。種族は違うけれど、きっと僕が幸せにしてみせる……」
――んん?
その要素必要だろうか。
女性受けという意味ではいいのかもしれないけれども。
「ドラゴンはたくさんの贈り物でディーネ様を振り向かせようとするのですわ」
「最初は恐怖に震えていたディーネ様もいつしか竜の熱意にほだされて……」
「ディーネ様もとうとうドラゴンと恋に落ちてしまうのです」
――あれ?
どうしてドラゴンとなのだろう。ジークラインとの身分違いの恋はどこに行ってしまったのか?
「そしてディーネ様はつい肌を許してしまい」
「待って」
「女の喜びを知り」
「だから何なのその官能小説要素」
「ついにはジーク様よりもドラゴンのほうがずっといいと感じるように」
ディーネは机を叩いて立ち上がった。
「だからどうして隙あらばそういう路線にいこうとするの!? メインカップル以外とくっつけたらだめでしょう!? これ恋愛小説なんだよね!? 気持ち悪いよ!!」
「あら、高貴な女性がする不倫はたしなみのようなものですわ、ディーネ様」
「そうですわそうですわ。ちまたのラブロマンスの一番人気も王妃と騎士の不倫話ですのよ」
「女性はみんな不倫を求めているのですわ」
「騎士道物語はこれだから……!!」
ちまたで流行っている恋愛小説が不倫ものばっかりなのには理由がある。
そもそも中世的な感覚で言うと、結婚は恋愛の末に相手と結ばれるものではない。
現代人は好きな相手と結婚するのが当然だと思っているが、恋愛結婚が主流になったのは歴史的に見てもつい最近のこと。昔のお姫さまは成人したら適当な相手に家財道具よろしく『渡される』のが当然で、そこに愛や恋といった感情は介在しなかった。
貴婦人にとっての愛は、身分が低い騎士・若武者から、無償で捧げてもらうものなのである。
結婚相手に恋愛感情を持つのはみっともないことだという風潮もある。
なので、前世の記憶を取り戻す前のディーネのように、婚約者が大大大好き! というケースはきわめて珍しい。
「そういうのはだめだよ。だいたいジークの名前も借りてるのにあいつの寝取られ要素を入れるのってひどすぎない? ドラゴンはとにかく悪いやつって路線でいいよ」
「じゃあ、悪いドラゴンはジークライン殿下に退治されて、姫は無事に帰ることができました」
「帰城した姫は、誘拐から戻った娘ということで傷物だとうわさされてしまいますが……」
――傷物って。
なぜそう生々しい展開にしたがるのだろうとディーネには不思議でならない。
昼ドラか。
「しかし姫は大広間のテーブルに乗っかり、全裸をさらすことで妊娠していないことをみんなに見せつけるのです……」
「痴女じゃん! 最悪だよ!!」
「あら、聖女のテンプレですわ、ディーネ様」
「そうですわ、純潔を疑われた聖女は全裸になるのがお約束なのでございます」
ディーネは目まいがしてきた。
困ったことに本当にそういうテンプレがあるのである。
似たような話が全国各地に実在する。
現実は昼ドラよりも生々しい。
「カナミアの二代目王妃様も、聖女ヒルデ様も同じことをなさったのですわ~」
「知ってるけども! 今回は必要ありません!!」
「ではまとめますと、ディーネ様が悪竜にさわられるけれども、身分違いの恋のお相手であるジーク様が勇敢に助けにきて竜退治、ふたりの結婚が認められてめでたしめでたし……という感じかしら?」
「思ったよりフツーの話になりましたわね」
「つまらないですけれど、やっぱり王道が一番ということかしらぁ……」
――かくして侍女作のジークライン主演『悪竜退治』の絵本案は無難にまとめられ、出版の候補リストにあげられることになった。
原作をジークラインに提出し、読んでもらって感想を求める。
「いかがです?」
「どうって……まあ、どっかで見たような内容だな。実につまらん」
「ジーク様のお名前をお借りすることになるのですけれど……」
「今さら何を言ってんだ? 好きにしろよ」
「でも、せっかくジーク様の実話風として作っておりますから、ジーク様にとっても不都合な内容にはしたくありませんのよ。どこか、ここは変えてほしいというようなところはございませんか?」
前回は勝手に人形を作ってしまってジークラインに迷惑をかけたので、今回は同じ轍を踏まないようにしようと決めているディーネだった。
「変えてほしいところ、ねえ……」
気のなさそうな顔でペラペラと紙をめくっていくジークライン。
ディーネはだんだん冷や汗が出てきた。
だってその紙には、侍女たちが力を合わせて作ったラブストーリーが記されているのだ。女性が好みそうな甘い台詞がばんばん出てくる。
「『私の姫。あなたに出逢えてよかった。あなたは私の光』……」
「音読はおやめくださいまし」
ただでさえイイ声をしているのだから余計なことはしないでもらいたい。彼の声は低くていやらしい。うっかりちょっと萌えてしまった自分が恥ずかしいではないか。
「……お前はこういうのがいいのか?」
「へっ?」
「俺とは似ても似つかねえ。これはお前の理想か?」
「理想……といいますか……侍女が勝手に暴走したといいますか……近頃流行りの騎士道物語をつなぎあわせたらこういう優男風のキャラになったのですわ」
ジークラインはもっと唯我独尊な言動をするので、まるっきり似てないという抗議はもっともだ。
ジークラインは興味もなさそうにぱさりと台本を投げ捨てると、ディーネを手招きした。
「なんですの?」
「いいから来な」
めんどくさいのをおして椅子から立ち上がり、対面に座っている彼の方に寄っていくと、強引に手を取られた。
驚いて鋭く息を吸い込んだ拍子に、ひゅっ、と喉から変な音が鳴る。
「『あなたが愛おしい。私の愛する姫君、どうかしばらくこのままで』」
台詞とともに、ちゅっ、と音を立てて手の甲にキスされた。
――ぎゃー!
原作の時点でベタベタでこっぱずかしいと思っていたが、実際に喰らってみると想像以上の威力だった。顔から火が出そうだ。
泡を食っているディーネに、ジークラインは愉快そうにニヤリと笑った。
「……どうだ?」
「あっ……ありがとうございます……」
――ありがとうございますじゃねーわ!
何に対する感謝だ。セクハラされてるのに何でお礼を言ってるんだ。馬鹿なのか。ぐるぐる巡る思考回路とは別に、身体ははっきりとこれをご褒美だと認識していた。
彼はひとしきりディーネの顔を観察してから、独特の男らしい顔つきで、満足げにニヤリと笑った。
「いいんじゃねえか? 好きにしろよ」
「はい……」
鼻血が出ないようにさりげなく手で鼻を押さえつつ、ディーネは自分のことを馬鹿なのかもしれないと思い始めていた。
たかが演劇の台詞で軽く愛をささやかれただけでこんなに反応してどうするのだろう。
これが本番だったら一体どうなってしまうのか。
深く考えるとどつぼにハマりそうだったので、ディーネはそこで考えるのをやめた。
馬鹿の考えは休むに似たりである。




