西洋版女工哀史
転生令嬢のディーネは領地の開発に余念がない。
ドラゴンの襲撃はちょっとした騒ぎになったものの、屋敷に目立った損壊もなかったので、次の日には通常運転に戻った。
パパ公爵と公爵夫人は朝から皇宮に行ったきりで、ディーネも気になってはいるが、彼女もまた仕事をたくさん抱える身。時間は待ってくれないのである。
その日は紡毛工場のプランを練っていた。
紡毛工場とは、羊の毛を刈り取った原毛を毛糸にするための施設だ。
紡毛工場のテスト建設計画は着々と進んでおり、すでに一基目が実用段階に入った。ほぼ一週につき一基増える予定で、十二月の二週あたりまでには十基全部が稼働する予定である。
ディーネが考えなければならないのは、これをどう活かし、いかに儲けるかだ。
「大量生産用の工場は、在庫と需要を考えないと資金がすぐにショートしちゃうんだよね……」
ディーネはひたすらパチパチと珠算をはじく。
「姉さま、今度は何の遊びですか?」
きらきらの瞳で見上げているのは弟のイヌマエルだった。レオは執務用の離れの散乱ぶりが気に入ったのか、帳簿がたくさん積んであるあたりに身を潜めてしまった。誰に似たのかは知らないが、すき間でじっとしているのがお気に入りの子なのである。
弟たちは秋の休暇で寄宿学校からプチ帰省中だった。
一般的な貴族は子守や子育てを全部使用人任せにするものなので、公爵夫妻が弟たちの面倒を看ることはまずない。
虐待ではないのかと思われる向きもあるだろうが、そもそも子どもの人権意識が発達したのはつい最近だ。子どもは母親が責任を持って世話をし、教育をしなければならないという思想自体が現代的なのである。
学校を普及させたいのなら、ここらへんの意識改革から始めないといけなかったりする。
それはさておき、必然的に子ども同士で勝手に遊ぶことになり、長子であるディーネは弟たちからあとを追っかけまわされている。ディーネとしても相手をしている暇はないのだが、なんとなく弟たちを放っておくのもかわいそうなので、適当にそのへんをうろつかせていた。
「工場を経営する予定なんだよ」
「こーじょー……?」
「そ。羊さんから毛を刈って、その毛を糸にするの」
「糸にすると……悪魔が来て毛糸に悪い魂を吹き込む……?」
「吹き込まない」
「魔物と化した毛糸のモンスターボールが街を支配する……?」
「支配しない! ごくごくふつーの糸巻きを機械で自動化する工場!」
「糸巻きって、手でくるくるするやつのことですか、姉上」
すき間からレオが目だけ出した。
この子は話が通じるから助かる。
「そうそう。あれってめんどくさいでしょ? 機械が自動でやってくれるとすごく助かるよね? めんどくさい作業を機械化した工場を建てたの」
イヌマはハッとした。
「姉さま、まさか……」
「今度はなに?」
「無人で動く機械たちはいつしか人の魂を得て暴走し……? 退治に現れたエクソシストたちを恐怖の毛糸が襲う……?」
「なんでイヌマの発想はいつもいつもB級映画みたいなの?」
「姉上、エイガとはなんですか」
「なんでもないから……」
八つ当たり気味に冷たく返してしまったせいで、レオがしゅんとした。このままだとちっとも仕事が進まない。
――しょうがないなあ……
「……そうだよ。実は毛糸工場に悪魔が出たから、退治する算段を立てているの」
ディーネが思いつきでイヌマの話に合わせていくと、とたんに弟ふたりの顔色が明るくなった。
「本当なのですか、姉上」
「ほんとうです。姉上はうそつかない。それでね、今うちに大司教主様がいらしているでしょう? 実はね、あの方は……」
ディーネが声をひそめると、最後まで言わないうちに、イヌマの顔がぱあああっと明るくなった。
「エクソシストですね!? 僕は前からあの人のこと怪しいと思ってました!」
「そうよ。あの方はとってもすごいエクソシストなの。とっても霊験あらたかな方だから、たくさん握手や按手をしていただくといいです」
「すっごーい! すごいです姉さま!」
イヌマとレオは何を思ったのか、懐から聖具を探り出すと、清めてもらおうだとか、破邪の魔法をかけてもらうだとかいった相談をしはじめた。そのまま執務室を飛び出していってしまう。
「夕飯の前に帰ってくるのよー」
イヌマとレオを追い出すと、急に室内が静かになった。
やれやれと思いながら手元の珠算を見て、ディーネは頭を抱える。自分が何の作業をしていたのか忘れてしまった。
「えーと、そうそう。大雑把な経営計画を立てる予定だったんだよね。まず、工場の処理能力は一日あたり羊毛が三袋半から四袋」
思考を整理するために、あえて口に出す。
――羊毛一袋がだいたい一年放牧した羊一匹から採れる量だ。
一袋の羊毛を毛糸にするのにかかる時間は、手作業だとざっと半年から一年といったところなので、控えめに言っても驚異的な速度と言える。
最大十基を三か月間フル稼働させたとすると、一日あたり羊三十五匹から四十匹の羊毛が処理できる計算になる。
ひと月で百匹から百二十匹ほど。年間で千から千五百になるだろうか。
羊千五百匹がどのぐらいの数字かといわれると説明が難しいが、羊を百匹飼っている農民がいたら、彼はちょっとした資産家だと言える。千五百匹なら一地方の領主あるいは代官並みだ。
さてバームベルク全体で飼っている羊の数はというと――
「うちのお父さまの領地で管理している羊って全部で何匹ぐらい?」
違う作業をしていたハリムが、振り返って手を止めた。
「さあ……各地で千匹単位の放牧をしているかと思いますが。山羊が多い地域などを除いても、何十万といるはずです。正確な数が今すぐお知りになりたければ帳簿を確認いたしますが」
「あれ、そうなんだ。じゃああとでいいや」
ならば紡毛工場が十基では足りない。将来的には領内で保有している羊の毛をすべて工場で処理できるようにしないとならないだろう。
「また何かお考えなのですか?」
「ちょっとね。うちで飼っている羊を全部機械で処理するようにしたらどうかと思って」
羊の毛刈りや紡毛などはおもに領民の賦役で成り立っている。
「賦役の代わりに、税金を取るといいんじゃないかなって。今は苦労して手作業でひと月もふた月もかけて紡毛してもらってるでしょう? ひと月分の労働を免除する代わりに、ほんの日給分ぐらいの税金を納めてくれってお願いしたら、喜んで払ってくれる農民が多いんじゃないかな?」
バームベルクの領内は一部を除き農奴制を取っているので、労働力は賦役の形で無限に搾取できる。しかしもちろん、それは領民にとっていいことではない。おおよそ週に何日まで、という制限が慣習によって定められていても、それはあくまでも慣習。理論上はいくらでも働かせていいことになっている。
農奴制はおおよそ十八世紀前後まで地球のほとんどの国に残っていた制度だが、末期にはほぼ形骸化しており、ほとんどが貨幣での地代支払いという形式に変換されていた。産業革命による大規模な工業化にあたり、労働力がほしくなった貴族が労働奉仕義務を強化したところなどもあるにはあるが、それはごく一部の話だ。
農奴の奴隷的労働負担は軽くしていくべきものだと、ディーネは考えている。
ディーネたちは羊毛を工場で素早く処理できるのだから、建設費用や維持管理費に気をつければかなりの金額が儲かるはずだ。
その分の領民の労働負担を軽くしてやりたい――というのが、今回の目論見だった。




