96、互いにとって奇跡で
「オクルス様。一緒に散歩しませんか?」
オクルスが部屋から窓の外を眺めていると、部屋に来たヴァランからそのように提案された。唐突なヴァランの言葉に、オクルスは首を傾げた。
「どうしたの、急に」
「この前、窓から散歩しようとしていたじゃないですか。それなら一緒に行きましょうよ」
そのことを引き合いに出されると断りにくい。魔法が使えない現状を忘れて、窓から外に出ようとしてしまったのはオクルスなのだから。
「うーん」
それでもオクルスは躊躇した。外にヴァランを連れ出して安全だろうか。オクルスはヴァランを守れるか分からないのに。なかなか頷かないオクルスに、ヴァランは付け加えるように言った。
「エストレージャ様に許可はとりましたよ」
「そうなの? ……じゃあ、行こうかな」
そこまでヴァランが根回しをしたのなら、断る理由はない。オクルスが頷くと、ヴァランはふわりと笑った。
◆
ヴァランが風魔法を使って浮かせている箒に乗って移動をする。一緒に箒に乗るのは、本当に久しぶりだ。
ふっとオクルスが頬を緩めると、こちらの顔は見えていないはずのヴァランだが、心配そうに声を出した。
「乗り心地、悪いですか?」
「ううん。そんなことないよ」
オクルスはすぐに否定したが、何となくスピードが落ちた気がする。やはりヴァランは優しい子なのだ。改めて感じながら、オクルスはヴァランの背を凝視する。
いつの間に、彼はこんなに大きくなったのだろう。何度目かも分からないそんな感覚。
嫌われようと、ヴァランと関わりを最低限にしていたからこそ、実感がなかったのだろう。それを再度認識し、オクルスは静かに息を吐いた。
◆
ヴァランが連れてきてくれた場所は、広い花畑だった。どこまでも広がっているかのように花しか見えず、色とりどりの花だけが視界に映る。
ヴァランが地面にそのまま座ったため、上着でも敷くか悩んでいたオクルスもそのまま隣に座る。
「僕、花が好きなんです」
「そうだったね。君は前から、花を育てていたものね」
オクルスは興味があまりなかったが、ヴァランは好んで花の世話をしていた。それまで、華やかさがなかったオクルスの塔は、ヴァランが花を植えるようになってから、少しはましになっていた。
ヴァランが学園に行ってからは、オクルスが一応水をあげるくらいのことはしていたものの、テリーに水をやったかと確認されなければ忘れているくらいの無頓着さだ。
そんなヴァランは、確かにこの花畑が好きだろう。それは理解をしたが、なぜここにオクルスを連れてきたのか。その疑問を口にする前に、ヴァランが花畑に目を向けながら言った。
「綺麗なものを見ると、元気になりませんか? オクルス様、元気なかったから」
「……」
ルーナディアのことを知ってからのオクルスの余裕のなさは、ヴァランにも気づかれてしまっていたのだろう。申し訳なくなったオクルスは、何も言えなかった。
本当に、オクルスは人に迷惑をかけてばかりだ。
情けなくなってきて、オクルスは遠くを見つめながら言った。
「ヴァラン、ごめんね」
「何がですか?」
「余計なことばっかりして。君を傷つけて。ごめんね」
「……え?」
オクルスの言葉に、ヴァランはきょとんとしているようだった。ざあっと風により草木が揺れる音に混じったヴァランの不思議そうな声が届く。
「なんでオクルス様が謝るんですか?」
「え?」
ヴァランに尋ねられて、オクルスはヴァランへと目を向けた。美しい青の瞳は、優しげにこちらを見ている。
なんで、オクルスのことを恨まずに生きていられるのか。オクルスは、不思議でならない。
ふっと表情を緩めたヴァランが、オクルスの右手をとった。それを両手で持ち上げたヴァランは、しっかりとオクルスの目を見ながら口を開く。
「オクルス様は、自分が悪いってずっと言っています。確かに、方法としては他にあったかもと思うのかもしれません。それでも、僕は間違いなくあなたに救われました。僕のために苦しみながら、たくさん考えてくれたあなたが、本当に奇跡のような存在なんです」
固まっているオクルスに、ヴァランが満面の笑みを浮かべる。その笑顔は、花畑よりもずっと綺麗だった。
「オクルス様。ありがとうございます。僕のために、動いてくれて。あなたに出会えたことが、僕の人生で1番の幸運であり、奇跡です」
オクルスは驚いて目を見開いたあとに、ゆるゆると頬が緩んでいった。胸の奥からじんわりと温かい感覚がこみ上げてくる。
涙ではなく、笑みがこぼれた。
「君に出会えたことが私にとっても奇跡だよ」
ヴァランの言葉に、許された心地がしたのだ。自分のしたことが、ヴァランを傷つけたのは変わらない事実。それでも、ヴァランがオクルスの存在を肯定してくれた。それだけで、オクルスは生きていても良いと思えた。
「ありがとう、ヴァラン」




