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92、止まらない求愛

 その後も、ヴァランはオクルスに愛を告げてきた。オクルスはそれを気のせいだ、勘違いだ、と拒み続けている。


 そんなことを数日過ぎた頃、何となくヴァランが言おうとしてくるタイミングが分かるくらいになってきた。大体は、オクルスが1人で部屋にいるとき、こっそり部屋まで来て、好きだと言ってくるのだ。


 そして、今も。真剣な目をしたヴァランが部屋に来たのを見て、オクルスはまたか、と理解する。


 ソファに座って本を読んでいたオクルスは、その本を机に置いた。ヴァランが目の前までやってきて、立ったまま口を開いた。


「オクルス様」

「駄目だよ」

「まだ何も言っていませんよ」


 変に期待を持たせないためにも、はっきりと断るに限る。オクルスはちらりとヴァランを見るが、彼は表情を変えない。オクルスが何度ばっさり言っても、ヴァランはあまり傷ついているようには思えない。


「君、最近そのことばっかり言うんだもの」

「オクルス様が信じてくれないからですよ」

「……君がいい加減に勘違いだってことに気づけばいいのに」


 オクルスが言うと、ヴァランはじっとこちらを見つめてきた。相変わらず美しい青。オクルスがその色を見ていると、ヴァランの淡々とした声が聞こえてきた。


「なんで、信じてくれないんですか?」


 オクルスはヴァランの表情を見る。何かの気持ちを押し殺しながら、必死に平常を装っているように見える。彼は、何を思っているのだろうか。オクルスへの怒りか。


 彼の感情が少し気になりながらも、オクルスはヴァランに突きつける。


「君にとって、1番最初に頼れた大人が私だっていうだけだよ。それは恋愛じゃない」


 最初にあったのがオクルスではなく、別の人間だったとしても。ヴァランはきっとその人を好きになっていただろう。


 オクルスの言葉を咀嚼するように目を伏せていたヴァランだったが、少しして顔を上げた。彼はオクルスの目を見ながらゆっくりと言う。


「……あくまで、僕の想いは親愛。そう、言いたいんですね?」

「そうだね」


 オクルスが頷くと、ヴァランは表情の読めない顔でオクルスを見つめていた。やっぱり彼は怒っているのか。


「その言葉、後悔しませんね?」

「え? なにを……」


 気がつけば目の前までヴァランが顔を近づけている。オクルスは瞠目して、慌ててヴァランの口に手を当てて、彼の顔を遠ざけた。


「ちょっと、何するの?」


 オクルスの手により、距離をとった彼はきょとんとした表情で首を傾げる。その顔には、心底意味が分からない、と書いてあるようだ。オクルスの方が分からない。


「何って。ご存じないですか? 口づけようとしただけですよ」

「いや、馬鹿にしてる? 知っているけれど、そうじゃなくて」


 なぜ、オクルスに向かって口づけようとしたのか。そのように問いかけようとしたところで、それを遮るようにヴァランが言った。


「馬鹿にしているのは、オクルス様の方ですよね? いつまで僕を子ども扱いする気で?」

「……え」


 ヴァランにしては強い言葉に、オクルスは戸惑った。何も言えないオクルスを見て、ヴァランがどこか哀しそうに笑った。


「僕だって、いつまでも子どもではないんですよ」

「君も年頃の男の子なのは知っているけれど。欲求不満なら店でも行ってきたら……」


 オクルスがそう言ったところで、ヴァランは不機嫌そうに眉をひそめた。間違えたかも、とオクルスが認識した瞬間、自身の唇に何かが触れる感覚がした。視界には、ヴァランだけが映っている。


 一気に頭が真っ白になった。驚きのあまり、身動きがとれない。少ししてゆっくりとヴァランが離れる。


 呆然とするオクルスに向かって、ヴァランが言い聞かせるかのように言った。


「そんなことを言うのは、やめてください。何度でも言います。僕はあなたが好きなんです」

「……」


 いつものように否定しようとした。それは勘違いだ、と。しかし。オクルスを見つめるヴァランの目は、間違いなく熱を帯びている。


 どうしたら良い。勘違いでなくてはならないのに。なぜ。


 ふと、襲撃のあと、オクルスが目を覚ましたときの記憶がよぎる。どこか執着心に塗れた青。それは、見間違いではなかったというのか。


 困惑するオクルスに、追い打ちをかけるようにヴァランが問うてきた。


「まだ信じられませんか?」

「……」


 オクルスは口を開いたが、何を言えば良いか分からなかった。すぐに口を閉じる。


 ヴァランがオクルスの手を持ち上げた。そのまま、自身の頬に寄せる。目線をオクルスから外さないまま、彼は薄らと笑みを浮かべながら言った。


「ねえ、オクルス様。純粋な力だけだと、僕が勝てると思います。オクルス様が魔法を使えない今なら尚更。オクルス様が望まないことを無理矢理することも、できるでしょうね」

「……ヴァラン」


 この子は、本当にオクルスの知るヴァランだろうか。オクルスの声は自分でも気づくほど震えていた。それに気がついたのか、頬を緩めたヴァランがオクルスの手に彼の唇を寄せた。

 

「オクルス様。愛しています。この世界の何よりも」

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