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91、勘違いであってくれ

 暇だなあと思いながら、オクルスは窓から外を眺めていた。太陽の光が降り注ぎ、木々や草がきらりと輝いている。葉っぱがふわふわと舞い、地面に落ちるまで見届けた。


 エストレージャに仕事をくれと言ったが、彼はくれなかった。休暇ということで仕事はするなと言われたのだ。いまだこの塔内にいるエストレージャは忙しそうにしている。それを見ながら何もしていないのは申し訳ない上、すでに体調に異常はないから、仕事をほしいのだが。


 やることがない。外を見ているだけの生活も飽きてきた。最初の方は本を読んでいたから良かったが、目が疲れた。


「散歩でもしようかな」


 外は過ごしやすそうだ。折角だから行ってみよう。そう決めたオクルスは窓を開けた。ふわりと風が頬を撫でる。


 あまり何も考えず、()()()()()()()そのまま外へと出ようと窓から身を乗り出した。


「オクルス様!!」

「……え?」


 後ろかヴァランに抱きつかれて、オクルスは動きを止めた。そのまま、ヴァランに部屋の中へと引き戻された。


 いきなりどうしたというのか。ヴァランの方を振り向こうとするが、彼の力が強すぎて振り向くことができない。諦めてそのまま尋ねた。


「どうしたの?」

「何しているんですか!?」


 僅かにヴァランの手が震えている。そしてオクルスを抱擁する力の強さは、身動きがとれないほどだ。まるでどこにも行かせない、とでもいうかのような切実さがこめられている。


「何してるって、散歩に行こうかと……」


 そこまで言ったところで、ようやく気がついた。自身が魔法を使えない状態であることを。それなのに、オクルスは窓から外に出ようとした。そこそこの高さのある部屋の窓から。


「そっか。忘れてた」

「忘れてた。じゃないですよ!?」


 自分で自分のしようとしたことに驚いたオクルスだったが、その言葉にさらにヴァランが抱きしめる手を強めてくる。


「いなくなろうとしないでください。お願いです」

「心配かけてごめんね」


 そう言うと、やっとヴァランが手を緩めた。ヴァランから離れたオクルスが振り向くと、彼は泣きそうな顔をしていた。


 完全に無意識だったから、オクルスの心臓もばくばくしてきた。今になって、ようやく自分のしようとしたことを理解する。ヴァランに止められなければ、何らかの怪我はしていただろう。またレーデンボークを呼びつけて治癒してもらう羽目になっていた。


 しっかりしないとな、と思っているとヴァランがじーっと見つめてきていることに気がつく。


「どうしたの?」

「オクルス様」


 ヴァランは一度口を開いたが、すぐに閉じてしまった。悩むように目線を下へと落とす。オクルスが黙って待っていると、彼は顔を上げた。その青の瞳は、海みたいに揺れ動いている。


「大好きです。愛してます」

「……うん。ありがとう」


 急にどうしたのだろう。よく分からないままオクルスが返事をすると、ヴァランが黙り込んでしまった。


 彼はオクルスの目を覗き込んできた。その吸い込まれそうな青に、目が離せなくなる。


「本当に、愛しているんです。僕と恋人になってください」

「……ん?」


 聞き間違いだろうか。今、聞き流してはいけない言葉を耳にした気がする。


「えっと、え? こいびと?」

「はい」


 神妙な顔で頷いたヴァランに、オクルスは言葉を失った。


 恋人。オクルスの知る意味合いがヴァランの意図するものと同じであるならば、恋愛関係になりたいということ。


 冷水をぶっかけられたような気分になった。背筋が凍り、指の先まで冷たくなってきた。


 その気持ちは、間違いだ。


「きっと、気の所為だよ」

「……え?」

「君にとって、私は親みたいなものでしょう? それは恋人とかの愛ではないよ」


 そもそも、オクルスはヴァランより12歳上だ。年齢的にも不味い。


 きっと歳上が良く見える年頃だというだけだ。先生や先輩が格好良く見えるのと同じ。


 それをオクルスが本気にするわけにはいかない。


 ヴァランに向かって微笑みかけると、彼は眉を寄せた。ヴァランの口から悲痛げな声が転がり落ちる。


「なんで、断言するんですか? なんで、僕の気持ちを決めつけるんですか!?」

「なんでって……」


 オクルスは、ヴァランにそう思われる資格はないのだ。だって、オクルスはヴァランのことを傷つけまくった。それがオクルスの作戦だとしても、やったことは変わらない。


「……私は君に酷いことをしてきたんだから。君が好きになるのは、勘違いに決まってる」

「オクルス様!」


 くるりとヴァランに背を向けたオクルスは、自室へと駆け込んだ。扉をしっかりと閉め、その扉に身を預ける。


 ヴァランの目が。表情が。脳裏に焼きついている。吸い込まれそうで、底の見えない青。目を逸らしたくなるほどの強い色。その瞳の先にいるのが、自分であることが……。


 ぐしゃっと金の髪をかきあげた。自分の中に沸き上がりそうになった邪念を振り払うために。


「……勘違いじゃないと、駄目なんだから」

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