88、代わりに
シレノルが帰ったあと、オクルスは部屋でぼんやり考え込んでいた。
この辺で大魔法使いから引くのもありだと思ったのだが。そんなにエストレージャが反対するとは思わなかった。それに、ヴァランが責任を感じてしまうというのは失念していた。それに関しては反省している。もっと、ヴァランに知られないようにこっそり話すべきだった。
でも、別にオクルスがいなくても回るのは事実。それなら別に必要ない気がする。
だからといって、他にやりたいことがあるわけでもないが。暇を持て余すだけだろう。スマホもないし。読書が趣味だが、それだけではいずれ飽きるかもしれない。引退するまでに何か趣味を見つけておかないと。
オクルスは先ほどのシレノルとの会話を思い出す。ヴァランに似た青の瞳を申し訳なさそうに揺らしていた彼の言葉を。
魔法を使えなくなる薬、といったか。薬なら、数時間で効果が消えているはずなのに。今は使えるだろうか。オクルスは魔法を試そうとしたが、何も起こらなかった。
ふう、と息を吐いたオクルスは椅子の背もたれに身を預けた。そのとき、部屋の扉が叩かれた。オクルスが返事をすると、ヴァランが入ってくる。にこりと微笑んだ彼はオクルスの部屋に置いてある明かりに手を置いた。それを見て、唐突に気がつく。
「ヴァラン」
「なんですか?」
オクルスが呼ぶと、すぐにヴァランが振り返り、オクルスの近くまでやってきた。首を傾げた彼の美しい銀髪がふわりと揺れたのを見つめながら、オクルスは言った。
「君が、この炎を維持してくれていたんだね」
明かりがないと夜眠れないというオクルスの面倒な言葉を覚えていてくれたのだろう。エストレージャは知らないはずだから、ヴァランしかいない。
何日も、オクルスは魔法を使えていないことに疑問すら抱かなかった。それは先回りをしてヴァランが明かりを使っていてくれたことも理由の1つ。
オクルスが確信を持って言うと、ヴァランは頷きながらも苦笑をした。
「塔の維持や周辺の見張りまでは手が回っていませんが」
「十分だよ。ありがとう」
魔法はなくてもどうにかなると思っていたが、ヴァランやエストレージャに迷惑をかけている状況なのは申し訳ない。
「でも、ヴァラン。今日からは、良いよ」
「……え?」
元から大きな目をさらに見開いたヴァランに、オクルスは微笑みながら言った。
「きっと、暗闇でも大丈夫」
ヴァランはじっとオクルスのことを見つめてきた。それは射貫くかのような鋭さで、オクルスはたじろいだ。
「嘘、ですよね?」
「……」
ヴァランの声は確信に満ちていた。思わずオクルスは黙り込む。しばらくの沈黙のあと、ヴァランが静かな声で言った。
「僕に悪いと思って言っているのなら、気にしないでください。オクルス様は苦手なんですよね?」
「えっと……」
ここで肯定をすれば、ヴァランはこのまま続けるだろう。オクルスが口ごもると、ヴァランの目が少し影を帯びた。
「オクルス様は、僕に頼りたくないってことですか?」
どこか淡々としながらも、悲しみを含んだ声。そうか。オクルスは申し訳ないと感じているだけだし、ヴァランが成長していることは把握しているが、ヴァランにとってはそう思えてしまうのか。オクルスは思案してから口を開いた。
「……明かりを維持する代わりに、一緒に寝てくれる?」
「……え」
「ヴァランと一緒に寝たときが、1番よく眠れたから」
何年も前の話。それでも、そのときによく寝ることができたという事実を忘れていない。
自分で言ってから気づく。そんなことを言われても、ヴァランは困るだろう。彼もオクルスと身長はそんなに変わらないし、抜かされそうだ。15歳という年齢から考えても、反抗期くらいのはず。オクルスと一緒の部屋にいたくない、と言われてもおかしくはない。
たった1回。そのときのことを忘れていない自分が異常なのだと思う。オクルスはくすりと笑った。
「なんて。ごめんね、冗談」
「……わかりました」
ヴァランの静かな声がして、オクルスはきょとんとする。
「何が?」
「一緒に寝ます」
そう言ったヴァランの青の目はいつも以上に真剣だった。オクルスは瞬きをしたあとに慌てて首を振った。
「いや、ごめん。無理しないで。本当に冗談だから」
オクルスは急いで否定をしたが、ヴァランはオクルスから視線を外さなかった。
「提案したのはオクルス様ですよ?」
「いや、まあ、そうだけど」
ヴァランが穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「久しぶりに一緒に寝ませんか? お話したいこともありますし」
どこか甘えるような声色で言ったヴァランに、オクルスも微笑み返した。
「じゃあ、そうしようか」




