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84、太陽のような男

 朝日が昇り始めている。オクルスがオレンジがかってきている空を見ながらぼんやりとしていると、こんこんと扉を叩く音が響いた。返事をすると、エストレージャが入ってくる。まだ朝早いが、彼は起きていたらしい。


「オクルス。体調は?」


 金の瞳に心配を含みながら、エストレージャがオクルスのことを見つめる。オクルスは微笑んで返事をした。


「元気だよ」

「そうか」


 ふっと表情を緩めたエストレージャが、言葉を探すように視線を彷徨わせたのを見て、オクルスは尋ねた。


「王子様。いつまでこの塔にいるの?」

「……邪魔か?」


 いつも堂々としているエストレージャにしては珍しく、若干の怯えを含んだ尋ね方だ。オクルスは慌てて首を振る。


「いや、邪魔ではないけれど……。君は忙しいでしょう?」


 オクルスに付き合わせて、エストレージャに迷惑がかかっている状態の方が申し訳ない。エストレージャはじっとオクルスを見つめたあと、少しだけ口角を上げた。

 

「もうしばらくはいるつもりだ」

「そうなの?」


 忙しいのか、という質問にエストレージャは明言しなかった。やはり暇ではないのだろう。後ろめたくなったオクルスが目を伏せると、エストレージャが静かに言った。


「シレノル殿下が来るから、いるつもりだ」

「……え?」


 急にネクサス王国の王弟、シレノル・オフテントの名前が出てきて、オクルスは戸惑いの声を上げた。


 なぜ、彼が。自身の国から出られるくらい、情勢は安定しているのだろうか。そもそも、シレノルはこの国、ベルダー王国に亡命を失敗しているのだ。嫌な記憶が蘇るだろうから、この国に来ることはないと思っていた。


「王弟殿下か……」

 

 オクルスは襲撃があったときに、シレノルの裏切りを疑った。彼がこの国に来るということは、今回の襲撃の元凶ではないのだろう。オクルスは、「ヴァランの父親」を疑うべきではなかったのに、一瞬でも疑ってしまった。だから顔を合わせるのは気まずい。


「お前に話があるそうだ」

「うん。いつ?」

「今日」

「……は?」


 聞き間違いだろうか。「今日」と聞こえた気がする。オクルスが固まると、エストレージャが申し訳なさそうに眉を下げて口を開いた。


「悪い。本当はもっと後ろの日程で調整する予定だったが、シレノル殿下がすぐに動き出したらしい」


 確かに、シレノルは行動が速いイメージがある。オクルスとの密約のあと、数日後には表舞台へ姿を見せたという情報が入ってきていた。


 そういえば。一応、シレノルがヴァランの父親であるという情報は秘密だった。エストレージャは察していただろうが、建前では知らないことになっていた。


「エストレージャ。シレノル殿下について、君はどこまで知っているの?」


 この質問に、エストレージャがどこまで返答をするか。オクルスは、表情の変化を見落とさないようにエストレージャを見つめる。彼は表情をほとんど変えずに答えた。


「シレノル殿下から、手紙がきた。お前と協力関係であることと、ヴァランの父親であることが書かれていた」

「そう。大体知っているんだね」


 シレノルがわざわざエストレージャだけに知らせるとは思えない。王族への共有事項だろう。ヴァランが何者であるかはベルダー王国の王族には知られてしまったわけだ。


 オクルスは、ふっと肩の力を抜いた。エストレージャに面倒な隠し事で気を張る必要はなくなった。


「君がどこまで知っているかは知らないけれど。ネクサス王国に行ったとき、シレノル殿下と接触した。そこでヴァランの父親であることを確認して、密約を結んだんだ」


 オクルスがそこまで説明をすると、エストレージャは顎に手を当てて考え込んだ。すぐに思い当たったのか、口を開くまでの時間は短かった。


「内容は、シレノル殿下がヴァランを守るくらいの力をつけること、その間にお前がヴァランの面倒を見ること、か?」


「ご名答。説明は要らなさそうだね」


 オクルスは立ち上がり、エストレージャに扉の方を示した。


「支度するから、出て行って」

「何か手伝おうか?」


 エストレージャのその提案が、本気なのか冗談なのか分からない。オクルスはエストレージャをまじまじと見ながら答えた。


「王子様に手伝わせる気はないんだけど」

「冗談だ」


 くつくつと笑い出したエストレージャに、オクルスは頬を緩めた。エストレージャに暗い顔は似合わない。この男の明るくて自信に満ちた振る舞いに、憧れているのだから。


 まるで太陽のような男。


 だからこそ、あまり近寄りすぎると身を焦がしてしまうことだろう。エストレージャの眩しさに、少し目を細めた。


 彼が不思議そうに首を傾げる。


 シレノルに会うための支度をさっさとしなければならないことを思い出し、オクルスはエストレージャを部屋から追い出した。

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