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82、愛してもらえばいい

 そうして、ヴァランはオクルスの近くで生活をし、エストレージャも塔の中で過ごしているうちに、ようやくオクルスは目覚めた。


 しかし、オクルスはどこかぼんやりとしているようだった。ヴァランのことをじいっと見つめたり、何かを考え込むような素振りを見せたりしていた。


 それを不思議に思ったが、ヴァランはそれよりも話したいことはたくさんある。


 オクルスがヴァランから嫌われようとしていたことも、手帳を読んだことも。ヴァランは自身が手帳を読み、知ったことを全てを突きつけた。


 オクルスは戸惑いはしたものの、勝手に手帳を見たことについて怒らなかった。日本語のことも、テリーが「自分から教わったことは黙っておくように」と言っていたため、適当に誤魔化したが、彼から深く追及されなかった。


 だから、手帳を読んでいて、どうしても納得できなかったこともオクルスに尋ねた。


 ――オクルスは、生を望んでいるのだろうか。


 オクルスの手記には、「自分が死んでヴァランが闇堕ちをする」という事実が書かれており、ヴァランの闇堕ちは嫌だ、ということは何度も書かれていた。しかし、オクルス自身の死のことについてはほとんど書かれていない。


 ヴァランのことなど放っておいて、自分の死を回避する方法を探ればいいというのに、オクルスはそうしなかった。ヴァランのことを中心に考え、ヴァランを助けようとしていた。


 酷く異様で、歪だった。何かが、大切な物が欠落しているようだった。


 生への渇望が、感じられない。そのことが、すごく恐ろしかった。


 このまま、この人はどこかに行ってしまうのだろうか。


 エストレージャも来たあとに、ヴァランが理由を追及すると、彼は自分の優先順位が低いということと、未練がないから、と言っていた。


 ヴァランは、オクルスの未練にはなり得ないのか。ヴァランは少しだけ考えてみる。すぐに首を振った。無理なのだろう。


 オクルスはどこか清々しい顔で、未練がないと言ったのだから。


 ◆


 部屋に戻ったヴァランは、誰に言うでもなく言葉を放り投げた。


「オクルス様の未練を作らないと」


 そうじゃないと、オクルスは気がつけばいなくなってしまうかもしれない。そう思ったものの、具体的にどうしたら良いかは分からない。


「オクルス様が僕に庇護欲を持つように行動する……?」


 しかし、それだとオクルスの隣に立つことはできない。いつまでも、後ろで守られているだけの存在になってしまう。


 それなら、別の感情を持たせればどうか。


「オクルス様から、愛してもらえばいいんだ」


 ヴァランにとってオクルスがいないと生きていけない存在であるように。オクルスの中でヴァランがいなくてはならない存在となればいい。


 そして、ヴァランをオクルスの生きる意味にする。


「オクルス様にとっての、特別になる」


 そうすれば、彼はヴァランがいる限り、彼自身の人生を愛してくれると思うのだ。


 ◆


 そう決めたヴァランは、再びオクルスの部屋へと戻った。ヴァランを見たオクルスは頬を緩め、優しい笑みを浮かべる。


「ヴァラン」

「オクルス様、なんですか?」


 ヴァランが返事をすると、オクルスは困ったような表情をする。

 少しだけ思案するように視線を落としたオクルスだったが、ゆったりとした仕草でヴァランに向き直った。


「どうして急に名前で呼び始めたの?」

「そちらのほうが嬉しいんですよね?」

「……」


 手帳にそう書いてあったのだから、それはオクルスの本音に近しいところなのだろう。


 薄桃色の瞳を見開いたあとに、少し頬を赤らめたオクルスが、左手で口元を覆った。


「結構、照れるね」


 その幼さを含んだような照れた顔は見たことのない表情だった。


 どくり、とヴァランの心臓が大きな音を立てた。目が、脳が、焼かれたような気がする。自身の全ての感覚が一度静止し、ゆっくりと動き出した。


 しかし、そこに生まれた熱は消え去らないようで、ヴァランの心を荒らした。ジュウジュウと音を立てそうなほど、燃えていた。


 この人に近づいたら、自分は燃え尽きて灰になってしまうのではないか。今まで見たことがない表情を見るだけで、ヴァランの心は正常ではなくなるのだから。この人を自分に惚れさせると決めたが、そんなことをすれば自分が先に耐えられなくなりそうだ。


 それでも。燃え尽きて灰になるとしても、ヴァランはオクルスのことを抱きしめたい。


「オクルス様」

「なに?」

「あ……」


 愛している、と口に出しそうになって、慌てて飲み込んだ。こんなに勢いで伝えるものではないだろう。多分。オクルスの持つ小説では、もっとロマンチックな愛の伝え方をしていた。


 途中で言葉を止めたヴァランを見て、首を傾げながらオクルスが尋ねてくる。


「どうしたの?」

「なんでもないです」


 笑みを作ったヴァランは、オクルスが思わず頷くような愛の伝え方は何か、と頭を悩ませ始めた。

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