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80、結局のところ原因は

 『父』と会うことを決意はしたものの、ヴァランだけの力では不可能だ。この場にいる大人、エストレージャの手を借りるしかないのは知っている。


 しかし、オクルスの手帳に「この件はエストレージャには頼れない」と書いてあった。また、この手帳からヴァランの父は「ネクサス王国の王弟」とか書かれていたのだ。隣国の王弟に連絡を取る方法など、ヴァランは持っていない。


 オクルスは、ネクサス王国に旅行という名目で王弟シレノルに会いに行ったらしい。ヴァランは全く知らなかった。


 ヴァランが学園に行きだしてからの行動だ。それにしても、本当にオクルスのことを何も知らなかったのだと突きつけられ、ヴァランは下を向いた。


 エストレージャに頼っていいものか。ヴァランが考えていると、ちょうど部屋にエストレージャが入ってきた。彼の表情にも迷いが浮かんでいる。


「ヴァラン。話がある」

「……なんですか?」


 自分の話は置いておいて、とりあえずエストレージャの話を聞こう。そう思ってヴァランはエストレージャに向き直るが、彼は言葉を選んでいるのか視線を彷徨わせている。


「……その、今回この塔に暗殺者を送ってきた人が分かった」

「誰、なんですか?」


 やはりエストレージャは言いにくそうだ。掴みようのない嫌な予感が心を撫でた。


「隣国の貴族だ」


 ああ。ヴァランはパズルのピースがはまる感覚で天井を見上げた。


 事情を察することができてしまった。


 ヴァランが「王弟の子」だという情報が流れたのだろう。だから、邪魔となったヴァランを消そうとした。


 それをオクルスに守らせてしまった。


「はは、あはは……」


 ヴァランの口から、乾いた笑みがこぼれ落ちた。結局のところ、ヴァランのせいなのだ。


「……ヴァラン?」

「エストレージャ様。僕のせいなんですよね?」

「何、を」


 戸惑っているエストレージャに、ヴァランは吐き捨てるように言う。


「あなたはお気づきなんでしょう? 僕が、誰の子か」


 その瞬間、エストレージャがわずかに目を見開いた。しかしそれ以外に変化はなく、淡々とヴァランに問いかけてきた。


「なぜそう思ったんだ? それに親の話はどこで知った?」

「……オクルス様が文で残してくださいましたよ」


 嘘はついていない。オクルスは別にヴァランのために書いていたのではないが、オクルスの書き記した文章から知ったのは事実。


 ヴァランのその誤魔化しは、エストレージャに通用したようだ。


「……そうか。オクルスが。こいつならやりそうだな」


 ちらりとオクルスを見たエストレージャがふわりと淡い笑みをもらした。


 ヴァランに視線を戻したエストレージャは軽く咳払いをして表情を戻した。先ほどの柔らかい表情はなかったかのように、ヴァランに話を始めた。


「まあ、知っている。オクルスの動きを見れば大体分かる。それにちょうど先方から書状も届いたところだ」

「書状?」

「あの御方がこの国に来るらしい。オクルスの見舞いに」

「……そう、ですか」


 ヴァランの父親――王弟、シレノルとの対面。ちょうどヴァランが頼もうと思っていた話だ。それなのに、なぜか手が震えてきて、ぎゅっと拳を握った。


 なぜ、ヴァランを孤児院に預けたのか。なぜ、孤児院までヴァランのことを迎えに来てくれなかったのか。


 なぜ、オクルスを殺しかける原因を作ったのか。


「ヴァラン」


 エストレージャに名を呼ばれ、はっと顔を上げた。彼は金の瞳を心配げに細めながら、こちらを見ている。


「別にお前に会えと言っているわけではない。会いたくないなら、会わなくて良い。ただ、伝えておきたかっただけだ」

「……会います」

「そうか」


 ヴァランの銀の髪を撫でたエストレージャは、すぐに部屋を出て行ってしまった。やはり忙しいのだろう。


 ヴァランは、オクルスの手帳を取り出してぎゅうっと抱きしめた。ヴァランの「父」である人に余計な言葉を言わずにすむだろうか。


 手帳をもう一度引き出しに戻し、ヴァランはオクルスの寝ているベッドの空いている空間に腰掛けた。


「オクルス様。ごめんなさい。僕のせいで」


 もやもやとした真っ黒な感覚が胸の中へと広がる。


 そんなどす黒い気持ちに覆われそうになったとき、ぴょんと膝の上に何かが乗ってきた。ヴァランは視線を落とすと、猫のぬいぐるみが乗っていた。


「テリー」

「君が気にすることはないですよ」

「うん……」


 テリーの言う通り、何も知らなかったヴァランはどうしようもなかった。確かに、そうだ。それでも、オクルスのことを傷つけるものはこの世に要らないのに。


 テリーがヴァランの膝の上に丸まったことで、またもやヴァランの思考に制止がかかる。ヴァランはテリーの頭を撫でながら、ふと気になっていたことを尋ねることにした。


「なんでテリーは日本語を知ってたの? テリーは、何者?」


 よく分からない単語を聞いたときに説明してくれるものもあったが、テリー自身が知っているわけではなさそうだった。

 

「内緒です」

「えー、お願い」


 ヴァランが食い下がると、テリーがちらりとオクルスを見た。オクルスの呼吸が正常なのを確認してから、テリーがヴァランに静かに話しかけてきた。


「……ご主人様には、内緒ですよ」

「……? うん」


 オクルスの「物」であるテリーが、オクルスに隠し事をしている、というのも不思議な話だが。ヴァランは少しだけ姿勢を正した。


「では、逆にヴァランに質問です。ボクは、なんだと思いますか?」

「……猫の、ぬいぐるみ?」


 頭に浮かんだことを咄嗟に答えたが、テリーはこてりと首を傾げた。


「ただの猫のぬいぐるみだったら、日本のことを知りませんよ?」

「そうだよね」


 テリーは自発的に教えてくれないようだ。ヴァランはもう一度考えるが、テリーという存在はよく分からない。とりあえず、思いついたことだけを零した。


「……でも、テリーってオクルス様の固有魔法でもないよね?」


 オクルスの「物を操る」固有魔法は何度か借りたことがある。しかし、テリーを何か操れる感覚はなかった。


 テリーがこくりと頷いた。

 

「ご名答です」


 そこまでのヴァランの感覚は合っていたらしい。それでも当てられる気がしなくて、とりあえず思いついたことを口にした。


「じゃあ、なんだろう? テリーも、転生者?」

「うーん。その質問は微妙ですね。『者』ではないので」

「え?」


 引っかかりのある言葉に、ヴァランが思わず言葉を止める。ぴょんと膝から飛び降りたテリーが、近くの椅子の上に飛び乗る。ヴァランの目線に合わせたまま、テリーは話を始めた。


「転生猫であり、そして前世でも今世でもご主人様のペットだったんです」

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