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72、贈り物の裏側

 ヴァランにとって、オクルスは奇跡の存在だった。ヴァランに何でも与えてくれて、その手間も時間もお金も惜しまない。


 オクルスはヴァランのことを庇護してくれた。守ってくれた。それは多くの場合は親がしてくれるものだ、とヴァランは知識としては知っていた。それでも、オクルスのことを親のように感じることはなかった。


 オクルスといるときは特別だった。他の人とは違う。


 オクルスが笑うと、ヴァランの心には花畑にいるような甘やかな香りが広がった。この笑顔をずっと見ていたいと思った。オクルスが面倒くさそうにしていれば、早く成長してオクルスを助けられるくらい力をつけようと思えた。オクルスが苦しそうにしていれば、その原因を全部根絶やしにしたいと思った。


 今まで、オクルスがいない世界で生きていたのが信じられないほど、オクルスはヴァランの人生にするりと入ってきて、ど真ん中に君臨していた。


 オクルスへの自分の気持ちを何と呼ぶべきか。それはさっぱり分からなかった。それで、良かった。ヴァランは、オクルスがいるだけで幸せだったのだから。


 ◆


 ヴァランは、オクルスに何かを返したかった。それでも、何をしたら良いか分からない。ヴァランは、適当な小説を読みながら考えていた。


 ヴァランの読んでいる本は、恋愛小説だ。この塔にヴァランが来る前からあった、オクルスの私物。


 その他にも冒険小説から童話まで多くの物語が置かれていることから、オクルスが真面目な本だけではなく物語を好んでいるのは知っていた。オクルスが好きな物を知りたいがために、ヴァランも読んでいた。


 正直なところ、文の羅列を目で追うだけだ。そんなにヴァランは小説が好きじゃない。しかし、読むのには理由があった。


 後ろで人の気配がする。ヴァランが気がつかないふりをしながら本に目を向けていると、オクルスが肩越しに本を覗き込んできた。


「ヴァラン、今、どこ読んでいるの?」

「今、ここを読んでいます」

「あー、そこか。この本、面白いよね。その前くらいの部分で……」


 淡い桃色の目を輝かせて話すオクルスを見ていると、ヴァランの心は温かくなる。オクルスの長い金の髪がヴァランの背にさらりと触れた。それにも気がついていないオクルスを見て、ヴァランは頬を緩める。


 オクルスの好きな小説を読んでいると、このようにオクルスが声をかけてくれるのだ。だからヴァランは内容をそこそこ覚えるようにしているし、次々と新しい本を読んでいる。


「1つ前の場面、僕も好きでした」


 ヴァランはそんなに感想が言えるほどの語彙を持ち合わせていない。それでも、オクルスはヴァランの言葉に、嬉しそうに笑うのだ。


「君も小説が好きで良かったよ。王子様とか、何が面白いんだって言ってくるんだから」

「……そうですね」


 小説が好きなのは嘘ではない。読むこと自体は別に好きではないが、オクルスが声をかけてくれるきっかけになるから好きだ。しかし、そこまで伝えることなくヴァランが微笑むと、オクルスも笑みを返してくれた。


 仕事を思い出したと言って自室へ戻ったオクルスを見送ってから、ヴァランはまた本に目を戻した。


 その物語では、女の子が男の子に「日頃の御礼」と言いながら贈り物をしている場面だった。そこでヴァランははっとして手を止めた。


「そうか、贈り物……」


 何かオクルスに礼を送れば、受けている恩を少しは返せるだろうか。いや、それは無理だろうが、それでもヴァランの気持ちは伝わるだろう。


 ヴァランが選んだ物をオクルスへと贈る。そう考えると、妙に緊張してバクバクと心臓がうるさい。だんだん頬が熱くなってきた。それを両手で押さえながら、明日出かけようとヴァランは決意した。


 ◆


 オクルスから外出の許可をとったあと、ヴァランは、テリーを抱っこしながら街を歩いていた。人とぶつかりそうになりながら、それをどうにか避ける。


 ヴァランはそっと自身の首元のペンダントに触れた。外出をしたいと言ったオクルスがくれたものだ。高そうな宝石にも見えるが、オクルスは大して思い入れがなさそうだった。


 人に流されないように前へと進みながら、こっそりテリーへと問いかけた。


「テリー。大魔法使い様は何がほしいと思う?」


 ヴァランはオクルスのことを思い出してみるが、何がほしいのか思い浮かばない。家にある物は正直必要最低限とはほど遠く、物置は荷物が積み上がるほど埋まっている。


 だからこそ、何を渡すかは難しい。


 テリーはヴァランの腕の中でしばらく黙っていたが、ぽつりと呟いた。


「ご主人様は何でも持っていますが、何も持っていません」

「どういうこと?」


 ヴァランはテリーの顔を覗き込むが、何を考えているかはさっぱりだ。表情の変わらないテリーの感情を簡単に把握しているオクルスとは違う。


「ヴァランからもらえば、何でも喜ぶってことです」

「えー、そうかな?」

「泣いて喜びますよ」

「まさか」


 オクルスは人気だろうし、いろんな人から物を貰っていることだろう。ヴァランが買うことができるような物は、すでに貰ったことがあるはず。テリーの言うほど喜ぶとは考えにくい。オクルスはヴァランに気を遣って喜ぶ演技くらいはしてくれるだろうが。

 

 そう考えながら、ヴァランはあちこちに歩き回った。オクルスに渡す物を適当に選べるはずもない。たくさん歩いて、いろんな店を見た。子どもが1人、しかもぬいぐるみを抱いているとなると、「普通」ではないらしい。追い払われることもあった。しかし、それでも丁寧に話を聞いてくれる店を見つけることができた。


 結局ヴァランはリボンを渡すことにした。いつも三つ編みをしているオクルスが普段使いできると思ったから。


 喜んでくれるといいな。そう思いながら帰る道中、運悪く出会った集団――犯罪組織に誘拐されるとは全くの想定外だった。

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