63、夜間の調査
晩餐やその後の歓談の時間を何とか乗り越え、夜になった。借りている部屋へと戻る。部屋の中には人がいない。ネクサス国王からは使用人をつけると言われたが、丁重に断った。
やっと今回の目的の調査に乗り出すことができる。
「調査」といえば聞こえはいい。しかし、オクルスがやろうとしていることは、王弟の観察と場合によっては直接話をすること。はっきり言うなら、不法侵入だ。
しかし、情報を集めるのにはリスクを取らなければならない。手札が少ないのだから、それくらいはしなければならない。
暗闇は嫌いだし、スリルのあることをするのも好きではないが仕方がない。オクルスは自身の真っ暗の上着を羽織り、フードを被った。
音を立てずに窓を開ける。箒を手にし、オクルスは部屋からこっそり抜けだした。
◆
風魔法で極限まで自身の気配を消しながら、目星をつけていた別館の3階の窓の近くまで近づく。物の動きや数から考えて、どの部屋かは何となく分かっていた。
部屋の周りを飛んでいる中、明かりがついている部屋が見つけた。そこはカーテンの閉まっていない部屋だ。バルコニーから部屋の中を覗く。普通に怒られそうなことだ。王弟と話す機会があれば、ちゃんと謝ろうと決めながらその部屋に目をこらした。
部屋の中に、1つの絵の前で佇む人がいた。ここからではその人の顔はよく見えない。しかし雰囲気は空気に溶けそうなほど、力ないものだった。
オクルスは、その人が見つめている絵に視線を向けた。思わず息を呑む。
そこに描かれているのは、美しい女性だった。それだけではない。銀の髪、そして絵の女性が浮かべる優しげな表情は驚くほどヴァランと似ていた。
親子、と言われなければ不思議なくらい。
オクルスは、部屋の中にいる人物に視線を送る。明かりに反射して輝く髪色は、国王と同じ深みのある青だ。瞳は残念ながら見えない。
自分の直感を信じて、行ってみるしかない。オクルスはバルコニーに降り立った。
こんこん、と窓を叩く。王弟と思われる人物がゆっくりとこちらを見た。彼はオクルスに気がついたのか、目を見開いた。ヴァランのような、青の瞳を。
彼が警戒したような表情を浮かべながら少しだけ窓を開く。その隙間に滑り込ませるように、早口でオクルスは言葉を発した。
「王弟殿下とお見受けします。少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「どなたでしょう」
「大魔法使い、オクルス・インフィニティです」
大魔法使いが来たことに驚いているのか、固まっている王弟を、オクルスは観察していた。柔和そうな見た目。線が細い身体。真っ白な肌。部屋からしばらく出ていないのは事実のようだ。
そして。見れば見るほどヴァランと青の瞳の色がそっくりだ。ほれぼれする青。海のゆらめきのように優美で鮮やかな色。
王弟はなかなか口を開かないようだが、急かすことはなく、オクルスはただ待ちつづけた。
ここで話をすることを断られれば、それで終わり。
王弟は迷っているのだろうか。表情が固いように見える。失敗か、と苦い気持ちがじわじわと広がる。
王弟に接触し、名を明かした以上、オクルスはもう引き返せないところまで来ているのだ。彼の返事で全てが決まる。
「どうぞ、お入りください」
王弟にそう言われ、オクルスは頬を緩めた。とりあえず、第1関門は突破できたようだ。緊張で強張っていた身体の空気を入れ換えるように、静かに息を吐く。それでも、ここは気を抜いて良いタイミングではない。
オクルスは、見極めなくてはならない。
この人が、敵なのか。味方になりうるのか。
父親だから、子を愛するという単純なものではない。それはよく分かっている。それでも、味方になる可能性があるのはこの人だというのもまた事実。
この人は、どちらだろうか。
オクルスはお辞儀をして窓から入りながら、焦りそうな気持ちを抑えつけた。失礼のないように、そして丁寧に接さなくては。
王弟が窓を閉めるのを確認してから、オクルスは口を開いた。
「夜分に、それも窓からの訪問、大変失礼しました。改めまして、オクルス・インフィニティと申します。ベルダー王国に所属している大魔法使いです」
ベルダー王国、と言った瞬間、彼は眉根を寄せた。亡命をしようとしたが、失敗をした国。それなりの不快感と苛立ちもあるだろう。しかし、国名を出さないことには話が進まない。
彼はその感情をすぐに隠したようで、表情は無に戻っていた。彼がオクルスに向かって礼をする。
「存じております。物従の大魔法使い様。私、シレノル・オフテントと申します」
「物従の大魔法使い」を知っているということは、情報が遮断されているわけではないようだ。この人が何を知っていて、何を知らないかは全く検討がつかない。オクルスが王弟、シレノルを観察し続けていると、彼が訝しげに尋ねてきた。
「大魔法使い様。私には何かのご用事でしょうか」
そこでオクルスは言葉を詰まらせた。
この人と何を話すかまでは考えていなかった。どうすれば、この人がヴァランをどう思っているかを把握できるだろうか。
そもそも、子の存在をこの人は認識しているのだろうか。孤児院に預けて、その後はヴァランを誰も迎えに来ていない。捨てたのだろうか。それとも、王弟との駆け落ち相手による独断で、王弟は知らない可能性もあるのだ。
オクルスは金の髪を雑にかき上げた。ヴァランが王弟の子であるという予測は立っている。ヴァランの髪は、王弟の部屋に飾ってある女性の色にそっくりだし、王弟の瞳の色はヴァランを彷彿させる。
しかし、反対に。オクルスは彼に信じさせるための情報なんて、まるでない。
それでも、ここまで来たら進むしかない。オクルスは駄目元で言ってみることにした。
「……私は、あなたに似た目を持つ子を知っています。お心当たりは?」




