62、城の散歩と王太子
広い部屋に案内され、オクルスはソファにもたれかかって座った。沈み込まないがふわっとした感覚のソファはそうとう高級だろう。動きたくなくなる。それでも、さっさと行動をしないと、わざわざこの国の入国許可を取ったのが無駄になってしまう。
「さて、どうしよう」
闇雲に歩いたとしても、見つけられるとは思えない。この城を全て見て回るだけで、どれくらいの時間がかかることか。
城に入るまでは正攻法を使った。ただ、城に入ってからも正攻法を使うとは言っていない。
オクルスは、自身の固有魔法を展開させた。魔法の許可はとっていないが、目的を説明するのは難しいため、こっそりと使っている。
魔法をこの部屋から少しずつ広げていく。
探るのは、人が少ない空間や部屋。物をたどれば、どれくらいの人数が出入りしているかなど分かる。魔法を察されると面倒だが、おそらく感知できる人間はいない。
そうやって探る中、違和感がある場所を見つけた。
「別館の3階かな?」
城の大部分を調べた結果、何となく人の出入りが少ない場所だった。物の動きが明らかに少ない。部屋の中にいる人も、ほとんど動いていない気がする。
人目につかない夜にこっそり行ってみよう。そう決めて、とりあえずは城の他の場所を散歩することにした。
◆
目的などはないが、折角城を探検する機会だ、と少しわくわくしていた。最初のうちは。
しかし、見て回ったところ、ベルダー王国の城とあまり変わらなかった。
それもそうだ。一般人に公開や立ち入りが可能な範囲は、同じような場所に限られている。機密情報を他者から見られても困るだろう。それにしても、期待していた分、肩透かしを食らった気分だ。
それでも、珍しい物を見つけた。城の中にある美術品が飾ってあるスペースだ。そこには絵や工芸作品が置いてある。時間がまだありそうだから、芸術品を見て時間をつぶそう。どうせ何の情報も集まらない。そう決めて、じっくりと眺めていた。
目の前に広がる大きいサイズの絵を見つめる。美しい川のほとりの絵だ。奥行きを感じられて、それを見ていると涼しさを感じさせるものだ。
「その絵が気に入りましたか?」
「え?」
後ろから声をかけられて、肩を揺らした。振り返ると、ネクサス国の王と同じ深みのある青色の髪をした青年が立っていた。
「物従の大魔法使い様、お初にお目にかかります。ネクサス王国の王太子、リベル・オフテントと申します」
「オクルス・インフィニティです。よろしくお願いします」
リベル・オフテント。ネクサス王国の王太子。そして聖女の恋の相手。そろそろ恋人になった時点だろうか。現在、小説のどのような部分かを把握していないため、2人の関係性は把握していない。
わざわざオクルスに会いに来たのだろうか。不思議に思いながら、リベルへ向き直る。紫色の瞳が、じっとこちらを見つめていた。
彼はにこっと無邪気な笑みを浮かべてきた。
「オクルス様とお呼びしても?」
「はい」
「ありがとうございます!」
最初の挨拶の丁寧な口調は消え、リベルの口調はどこか軽やかなものになった。
「大魔法使い様にお目にかかれて、本当に、光栄です! 握手して貰ってもいいですか?」
明るい青年だなあ、とオクルスは考える。そして最初の挨拶は丁寧だったが、それ以外の話し方はどこかノリが軽い。
「えっと、はい」
「わあ、ありがとうございます」
オクルスが手を差し出すと、嬉しそうにリベルは握ってきた。
ただの握手だ。それなのに、彼はまた無邪気な笑みを浮かべた。彼の素直さと雰囲気の軽さは、どのように接したらいいか分からない。
そんなオクルスの戸惑いを気にすることなく、リベルは口を開いた。
「大魔法使いってもっと怖い人だと思っていましたが、こんなに美しい方だったのですね」
「お上手ですね。ありがとうございます」
やっぱりノリが軽い。軽薄までとは言わないが、人を褒めなれていることが、流れるような口調から伝わってくる。
それでも、物語の中で、彼は聖女には誠実で真っ直ぐに向き合う人物だったはず。この軽いお世辞は、なんとも思っていない人には言えても、愛する人には言えない。人に慣れているようだが、かわいらしいところもあるようだ。
「オクルス様?」
「いえ、なんでも」
オクルスがそんなことを考えているとは知らないであろう彼が、不思議そうにこちらを見ていた。
「それより、リベル王太子殿下。何かご用事でしょうか?」
「……はい」
そこで、リベルの表情が真剣なものへと変わった。先ほどまでの柔らかい笑みとギャップがすごい。
はっと気がつく。王だけではなく、王太子にも聖女を想っていると疑われているのか。
今から、牽制でもされるのだろうか。オクルスは身構えたが、リベルが言ったのは全く違うことだった。
「あの、オクルス様。僭越ながらお願いがあるのですが。大魔法使いになるのに精神面で大切なことをご教授いただけませんか?」
「……」
予想外の質問に、オクルスは黙り込んだ。難しい質問だ。大魔法使いになるのに大切なこと。それも気持ちの面で。人によって、不足部分が違う、というような話だけではない。
さらに、物語の中ではリベルが大魔法使いになっていたが、確実にこの世界の彼が大魔法使いになれると分かっているわけではない。現時点で、オクルスが勝手にそうなると思っているだけ。
しばらくは考えたオクルスだったが、ゆっくりと首を振った。
「アドバイスをするのは、難しいかと」
「なぜですか?」
真剣な表情の彼に、適当な話をするのは躊躇われた。しばらく考えながら、ゆっくりと言葉を選んで話す。
「リベル殿下。あなたにとって、大魔法使いとなることは手段ですか? 目的ですか?」
「手段、です」
やはり。オクルスとリベルでは根本的に違う。前提の確認のため、オクルスは尋ねた。
「差し支えなければ、何のための手段かを伺っても?」
「……聖女の――レイチェルの力になりたいからです」
目の前にいるのは、聖女、レイチェル・ルクセリアを愛し、彼女のために力を得たい男。それは、とてつもなく眩しく見えた。
オクルスが、アドバイスをできる人間ではない。
「分かりました。それなら、やはり私から何か助言をできることはないです」
「なぜですか?」
「私は、大魔法使いになることが『目的』だったからです」
オクルスにとって、大魔法使いになることは、家からの独立であり、自身の価値の証明だ。ただ、それだけ。その先には何も待っていなかった。
聖女のために、絶対的な力を確立したいリベルとは違う。
不思議そうに、リベルが尋ねてきた。
「オクルス様。あなたは、なぜ大魔法使いを目指していたのですか?」
「……つまらない、理由です」
答える価値もない理由だ。ふっと笑ったオクルスは、リベルに向かってお辞儀をした。
「リベル王太子殿下。そろそろ、失礼します」
「お話、ありがとうございました」
オクルスはなんのためになる話もできていないが、リベルは礼を言ってくれた。少し申し訳ないが、彼の悩みを解決できるとしたら、別の人間だ。
これくらい歩き回れば、先ほど王に城を歩き回る許可をとったことを疑われないはず。オクルスは、借りている部屋へと戻った。




