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61、物語の舞台となる地へ

 数ヶ月後、オクルスはネクサス王国に足を踏み入れていた。許可を取るのにあまりにかかってしまい、途中で嫌になりそうだったが、何とか来ることができた。


 そして、なぜか知らないが王城に泊まることになってしまった。嫌だ、と遠回しに何度か訴えたが、ネクサス王国の国王が全く譲らなかった。


 唐突にネクサス王国に訪れると言い出したため、相当警戒されているのだろう。聖女を害する可能性があると疑われているのかもしれない。だから、変な動きをしないように城で見張りたいという思惑があるはず。できるだけ、目立たないように努めなければ。


 ネクサス王国の王城の中を歩きながら、オクルスはここに来るまでの苦労を考えていた。そんな中で、あちこちから向けられる視線が居心地が悪く、目を伏せる。


 現在のネクサス王国に大魔法使いはいない。だから珍しいのだろう。


 しかし、オクルスの記憶が正しければ、ネクサス王国の王子――聖女の恋の相手は、そのうち大魔法使いとなるはず。そんなにオクルスをじろじろ見なくても、大魔法使いが誕生するのだから珍しい存在ではなくなるのに。そうこっそり思うが、知らないのだから仕方がない。


 ぴかぴかに磨かれた床の上を歩きながら、どのように情報を集めるかを考えるが、良案もでない。案内されるまま、王のいる場所へと向かった。


 ◆


 案内されたのは、応接室だった。てっきり謁見の間に案内されるかと思ったが、目立ちたくない気持ちを尊重してくれたらしい。


 後ろに国王の護衛や家臣が控えているが、それだけだ。見世物にされていることもない。公式に許可を取った旅行にしては、私的な雰囲気での対応だ。オクルスが城に行きたくないと散々断ったからだろう。


「物従の大魔法使い様、ようこそお越しくださいました」


 穏やかな笑みを浮かべたネクサス王国の国王陛下――ディルク・オフテントの前で、オクルスは何とか笑みを作った。


「こちらこそ、城へのお招きいただき、ありがとうございます。大変光栄です」


 挨拶のあとは、雑談なのか探りなのかよく分からない内容の話をされた。いまのところは「大魔法使い」がいないネクサス王国にしてみれば、興味の対象なのか。


 オクルスの住む国、ベルダー王国の話や大魔法使いの話をきかれ、当たり障りのない程度に返事をしていた。


 和やかな空気だったはずだ。ここまでは。


「そういえば、オクルス様」

「はい」


 先ほどまではにこやかだったディルク国王の表情が、すっと変わった。感情が抜け落ちたように無だ。

 明らかにこちらを探るような目をしていて、それを隠す様子も見えない。オクルスは表情が強張りそうになるのを必死におさえた。


 ディルク国王の口がゆっくりと動く。


「聖女に興味がおありなんですよね? 聖女と会いたい、ということでしょうか? それとも、別の目的が? 例えば彼女を花嫁にしたい、とか?」


 一瞬で、自身のミスを把握した。聖女が浄化したという魔の森に興味があることを強調しすぎたせいで、聖女への興味を疑われているようだ。


 オクルスの「調査」という思惑を知られるのは困る。特に王弟について調べたいのだから、下手をすれば国へ害をなそうとしていると勘違いされかねない。


 しかし、聖女に良からぬ感情を持っていると思われるのも困る。だいたい、オクルスは未婚だが24歳。今年中には25歳になる。それに対し、聖女は16歳前後だったはず。


 花嫁? 考えたこともない。そもそも、相手がいる人間を手に入れたいだなんて、あり得ない。誤解への焦りで、思考がぐるぐるしてくる。どうにか心を落ち着けながら、オクルスははっきりと首を振った。

 

「聖女様のお目にかかりたいわけではないですし、花嫁などと考えたこともないです。それより、魔の森だったところが見たいです」


 あくまで、聖女には興味ない。物語の主軸であるから一度くらいは見ておきたいが、ネクサス王国の怒りを買うくらいなら、会う必要は一切ない。


 オクルスの気持ちは伝わったのだろうか。ディルク国王は、ふっと頬を緩めた。笑われる心当たりはないが、怒られるよりもマシだ。


「そうですか。明日、魔の森だった場所に案内させましょう」


 とりあえず、疑われることは避けられたようだ。オクルスは安堵の息を零しそうになるのを我慢した。


「ありがとうございます」


 誤解が解けたところで、調査についての準備をしておきたい。オクルスは、柔らかい表情に戻ったディルク国王へ口を開く。


「せっかくこの城に伺ったので、城を見て回りたいのですが……。立ち入らない方が良い場所などはありますか?」

「基本的に、一般の人も立ち入れる場所に入っても問題はないです。立ち入り禁止区域には、警備の者がいますので」

「かしこまりました」


 つまり、制止されなければ良い。そのように曲解して受け取り、オクルスは頷いた。こっそり調査ができそうだ。


 オクルスにそんな企みがあるとは知らない国王は、優しい笑みで提案をしてくれた。


「城に泊まっていただけるということなので、お部屋に案内しましょうか。それとも、どこか街などを見に行きますか?」

「いえ。城の中からは出ません。ありがとうございます」


 オクルスが勝手な行動をすれば、この国王に迷惑をかけてしまうだろう。少し申し訳なく思いながらも、オクルスの調査をするという決意は変わることはない。

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