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58、情報収集のために

 ヴァランが学園へと戻った後から、オクルスはヴァランの親についての調査に乗り出そうとしていた。しかし、オクルスの持つ手段はあまりにも少ない。


 王族であるエストレージャに頼れないため、他に頼れる人はいない。オクルスが1人で調査をするしかないのだが、手札がなさすぎる。


「隣国に侵入する? いや、それは流石に不味いか」


 国に入るのにはもちろん許可がいる。それ以上に、国から出るのにも許可を取らないといけない。大魔法使いが外国に流れることがないようにするため、そのような規則がある。

 

 そもそもヴァランの親が隣国の人間と決め打っていいのかが分からない。この国の貴族や商人の子どもという可能性もまだ消せていないからだ。


 しかし、この塔の中で考え込んだところで、何にも始まらないだろう。そもそも情報を持っていないのだから。


 オクルスは静かに息を吐いた。


「ある程度のリスクを負わないと、情報なんて手に入らないか」


 成功をするか分からなくても、実際にやってみなくては。ヴァランの両親を見つけるために。

 ネクサス王国が外れだとしても、『ネクサス王国は関係がなさそう』という情報が手に入るだけでも有益だろうから。

 

「何をするつもりですか?」

「あ、テリー。いたの?」


 急に下から声をかけられて、そちらを向く。床を歩いていたテリーが、真っ黒の目をこちらに向けていた。


「少し行動をしようかと思って」

「それにしては、不穏でしたが」

「こんなに平穏な声色なのに、どこが不穏なの?」


 オクルスはいつも通りだというのに。不満に思いながらテリーを睨むと、テリーはふいと目を逸らした。

 

「ご主人様がやる気のときは、大体空回るんですよ」

「失礼じゃない?」


 やる気を出せばそこそこできるはずだ。多分。オクルスは何の天才にもなれなかったが、凡人なりにそこそこできると思いたい。


「まあ、いいです。それで何をするんですか?」


 テリーが納得していなさそうなのが釈然としない。それでも、オクルスは話を始めた。


「本当はこっそりとネクサス王国に侵入しようかとも思ったけれど、それだとベルダー王国から、監視対象にされそうだからね。正攻法で行こうかなって」


 今まではこの国――ベルダー王国から監視対象とされていないはずなのだ。大魔法使いを国から失うことは心配していても、縛り付けようとして不自由にすると、かえってその窮屈さに逃げられてしまう恐れがある。そのような理由で、オクルスはそこまでしっかりと監視をされていない。


 エストレージャが高頻度で来るのは監視に近い理由はあるのだろう。それでも、オクルスの友人であるエストレージャという人選は、相当こちらに気を遣ったものだ。そして、エストレージャは国王の指示よりも高頻度で来ている。エストレージャの側近からは止められるくらいには。

 だから、エストレージャは監視などとは関係がなく、オクルスのことを気遣って様子を見てくれているだけなのだ。


 しかし、ここでオクルスが無許可で外国に行ってしまうと、面倒な監視がつくことになる。今までのように気楽な生活ができるかは怪しい。エストレージャにも迷惑がかかることは確実。

 結局、オクルスは規則に従うしかない。


 テリーがオクルスの前の机の上に飛び乗りながら尋ねてきた。


「正攻法ってなんですか?」

「旅行に行くって申請するよ」


 実際は調査だけれど、旅行というのも嘘ではない。小説の舞台のネクサス王国。残念ながら、小説の細部はないが、それでもそこに実際に行ってみたいという気持ちもある。運が良ければ何か思い出すだろうし。


 机の上で丸くなりながら、テリーが疑わしげに聞いてきた。


「……亡命を疑われません?」

「さあ、どうだろうね? そこは信頼関係で成り立っているのだから下手に疑えないだろうけど」


 オクルスは肩をすくめながら返事をした。これで疑われるようだと、どうしようもない。こちらとしては意思を伝えることしかできないのだから。


「最近は大人しく……、いや、別にしていないな」


 この前のルーナディアの結婚を祝うパーティーでアルシャインのグラスを飲んでから、貴族からの招待がうるさい。そして、エストレージャを通して、アルシャインからも何故か手紙が来るようになってしまった。


 面倒だから、その手紙は全てエストレージャに断るように伝えている。


「アルシャイン殿下からの招待を断っているのに旅行したいとか言ったら、怒られる?」

「ご主人様、なんでアルシャイン殿下に目をつけられたんですか?」

「……なんでだろうね?」


 招待を送ってくる理由は分かる。この前のパーティーの話をしたいのだろう。しかし、勝手なことをした、と怒られたくないため、断りを入れている。命令をされれば流石に応じなければいけないだろうが、丁寧に誘いを送っている段階だから許されている、はずだ。


「まあ、いいか。怒られたときはそれで。ヴァランの情報を探す方が重要だし」


 オクルスはすでに優先順位を決めている。今、優先順位が高いのは、ヴァランの出生を知ること。それ以外の懸念点は、実際にやってみて解消するほかない。


 テリーがこちらを見ながらこてんと首を傾げた。


「……なんか、変な方向に吹っ切れていません? 気のせいですか?」

「さあ? なんのこと?」


 オクルスがいなくとも、ヴァランはしっかりしている。それが分かった段階で、オクルスの不安要素はなくなったも同然。多少は危険な賭けでも出ることができる。

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