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57、心残りはなくなった

 学園には、休暇が存在している。それはヴァランも同じだ。しかし、休暇中にも学園の寮に泊まることはできるため、家に帰らないという選択も可能だ。


 オクルスはヴァランに帰ってこなくて良いと伝えていたはずだった。しかし、入学して半年くらいして、ヴァランから手紙が来た。その手紙には、休暇中に塔へ帰ると書いてあった。


 それが今日だ。オクルスは普段通りに過ごしていたはずなのだが、どこか落ち着かない感覚がしていた。


 塔の中を散歩していたのか、何度かオクルスの視界をうろうろしていたテリーがぴょんと机の上に飛び乗った。


「ご主人様、そわそわしすぎですよ」

「……してないよ」

「そうですか?」


 オクルスはテリーから目を逸らした。付き合いが長いため、感情を見透かされている気がする。


「君だって落ち着いていないでしょう」

「ボクはいつも通りですよ。ボクが視界に入っているのは、集中力がないですね」

「……」


 確かに、いつもはテリーがうろついていても気づいていないことも多い。オクルスは何も言わずに机に突っ伏した。


「昨日も眠れなかったんですか?」

「……」


 やはりヴァランが帰ってくることに緊張しているのだ、と自分のことながら他人事のように思う。


 そのとき、塔の敷地内に人が入る感覚がして、オクルスは身体を起こした。時計を確認する。


「……ヴァラン、もう帰ってきた。早くない?」

「朝早くから学園を出たんでしょうね」


 義理堅い子だから、連絡しておいたからには早く帰ってきたのだろう。出迎えに下まで行くかを考えたが、結局オクルスは立ち上がらなかった。


「出迎えに行かないんですか?」

「私が来ても嫌でしょう。そうじゃないと、困る」


 そうなるように努めてきたのだ。オクルスがそう言うと、テリーが机の上から飛び降りて、階段の方へと向かった。ヴァランを迎えに行ったのだろう。


 しばらくして、部屋の扉が開いた。テリーを抱きかかえたヴァランが立っていた。


 オクルスはヴァランを凝視する。銀の髪は少し伸びただろうか。その青空を詰め込んだような瞳は変わっていない。少し成長をしたように見える。


 ヴァランが、オクルスを見てふわりと笑った。


「大魔法使い様、お久しぶりです。ただいま帰りました」

「うん。お帰り」


 やはりヴァランは明るくて礼儀正しい。そう考えながらも、オクルスは表情を変えないようにした。


 頷いただけで何も言わないオクルスを見ても、ヴァランの表情は変わらない。きっともう諦めたのだろう。


 彼はオクルスの様子を気にせず、楽しそうに笑った。


「学園、楽しいです」

「それなら良かった」


 ヴァランにとって、学園という場所は適しているのだ。ヴァランの楽しそうな顔を見ていると安心してくる。


 そこでふと気になった。オクルスは自分の声色に感情をこめないように、淡々と言葉を発することを意識しながら尋ねた。

 

「君、私が後見だって人に言っているの?」

「言ってますよ。駄目でした?」


 ヴァランが心配そうにこちらを見つめている。オクルスは不安が心の内をよぎったため、曖昧な返事しかできない。


「いや、いいんだけど……」


 虐められていないだろうか。大丈夫だろうか。心配になるが、それを聞くと冷たくできないから悩ましいところだ。


 オクルスの表情をどう考えたのか。ヴァランが軽く首を傾げたあとに付け足してくれた。


「友達もできました!」

「そっか」

「……?」


 不思議そうにしているヴァランを見ながら胸を撫で下ろす。オクルスのせいで周囲から遠巻きにされたり、虐められたりすることはなさそうだ。


 きょとんとしていたヴァランだったが、何かを思いついたのか顔を輝かせた。


「あ! 大魔法使い様、魔法を貸してください」


 ヴァランの固有魔法を使いたいのだろう。それは理解して頷きながらも、オクルスの戸惑いは消えない。


「いいけれど。休暇中なんだから休めばいいのに」

「ちょっと試したいことがあって」


 そう言って楽しそうにしているヴァランは、学園で相当新しい刺激や学びを得たのだろう。帰ってきて間もないというのに、魔法への意欲を示している。


 そういえば、昔も大魔法使いに興味を示していたし、彼が大魔法使いになる未来もありそうだ。


 そんなことを考えながらも、オクルスとヴァランは魔法を試すために庭へ出た。

 

 オクルスはヴァランから嫌われようともしているが、一応でヴァランの師匠という立ち位置でもある。ヴァランから師匠、と呼ばれたこともないから、彼がどう思っているかは知らないが。


「大魔法使い様が魔法を維持したまま、少しだけ魔法を借りることができないかなって」

「確かに。いいよ、好きに使って」


 オクルスは全ての魔法を使う権利を貸しているという感覚だ。その一部だけ、というのもヴァランが上手く魔法を使いこなせばできるのかもしれない。


 オクルスは何もせずに立っていた。ヴァランは勝手にオクルスの手を握り、魔法を借りていく。

 ヴァランに貸した状態の中、オクルスが使えるか。


 オクルスが使ってみると、すんなりと固有魔法を使うことができた。つまり、ヴァランが人から借りた状態で、相手も魔法を使うことができるのだ。以前、ヴァランは盗むことになるのでは、と心配していたが、それは大丈夫そうだ。


「大魔法使い様! できましたね!」


 そう言って笑うヴァランを見て、オクルスも微笑んだ。師匠としてなら、笑みを浮かべるくらいなら許されるだろう。


 嬉しそうに頬を上気させたヴァランは、いつもより早口で言った。


「もっと試してみたいのですが、一度借りた魔法は何となく再現できるみたいで……」


 楽しそうにしているヴァランを見ながら、オクルスの心には温かい感覚が広がった。


 良かった。もう、幼い少年はいない。ヴァランは、自分の頭で考え、試して、学んでいくことができている。


 もう大丈夫。オクルスがいなくなっても、ヴァランは上手くやっていける。


 これで、心残りはない。いつ、最期が来たとしても受け入れられる気がする。

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