52、パーティー・挨拶
レーデンボークから離れたあと、周りの人には聞こえない大きさの声で、オクルスはエストレージャに問いかけた。
「王子様、何か用事?」
「お前一人だと挨拶に行きにくいだろう?」
「一緒に行ってくれるの? ありがとう」
それは心強い。本当に。ルーナディアとの関係で変な噂が立ってしまったせいで、どんな印象を持たれているかは想像できる。
オクルスが礼を言うと、エストレージャは当然のように頷いた。相変わらず面倒見がいい。
歩きながら、エストレージャが確認をしてきた。
「義兄上と初対面だったよな?」
「多分そう」
名前も覚えていなかったのだ。おそらく会ったことはない。先ほど挨拶をしている姿を見たが、騎士様、という言葉が似合う見た目の強そうな人でありながら、高貴そうな人だった。補佐官という話だったが、護衛も兼ねているのだろうか。
エストレージャに連れられて、ルーナディアと彼女の結婚相手――フィリベルトのいるところへと向かった。
大勢の人に囲まれているが、エストレージャのおかげですんなりと進むことができた。
ルーナディアとフィリベルトの前に立ち、オクルスは丁寧な礼をしてから、祝いの言葉を伝えた。
「このたびはご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
にこにことしているルーナディアは幸せそうだ。この心底嬉しそうな表情から政略的な結婚ではない、とすぐに分かった。彼女とは何度か会ったが、こんな表情は見たことがない。
そう思っていると、隣の男性がこちらを見て、口元に笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかります。物従の大魔法使い様。今後、またお世話になる機会もあると思いますが、よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
にこやかなのに、視線が鋭い気がする。絶対にルーナディアとの噂のせいだ。オクルスがエストレージャに助けの目を向けると、彼は苦笑したまま、やんわりと間に入ってくれた。
「滅多に見ないオクルスが珍しいのは分かりますが、そろそろご容赦ねがいます、義兄上」
「……! 不躾な視線を申し訳ありません!」
エストレージャに言われて、はっとした顔のフィリベルトは、すぐにオクルスへ頭を下げた。
「想像していたよりもお綺麗な方だったので」
「……」
「すみません。ルーナディア殿下と噂になってもおかしくないな、と」
「……」
オクルスは口元に笑みを浮かべたまま固まった。やはり気にしていたのか。答えあぐねていると、ルーナディアが困ったように笑った。
「もう、フィリベルト」
「だって、俺の知らないあなたを知っているのが羨ましくて」
少しむくれた顔をしたフィリベルトの頭を、くすくす笑いながらルーナディアが撫でている。その甘い空間にオクルスは目を逸らした。
巻き込まないでほしい。少し居心地が悪くて、オクルスは口を開いた。
「本当に、誤解なので。お気になさらず。そもそも私ではルーナディア殿下に釣り合わないので」
共に話していた人達が全員黙り込んでしまったため、オクルスは首を傾げた。
「……?」
あれ、答え方を間違えただろうか。自分の言葉を思い出し、不味い気がしてきた。まるでルーナディアに未練がある、失恋した人間のように聞こえていそうだ。
エストレージャに助けて、と視線を送った。しかし、彼は声を出さずに口を動かした。無理だ、と口の動きだけで言われ、オクルスは頭を抱えたくなった。
自分は何も気づかなかった。そういうことにして、オクルスは笑みを絶やさないようにしながらルーナディアに声をかけた。
「……これからもよき友人として、よろしくお願いします」
「はい、もちろんです」
友人ということを、強調して伝えた。これで変な空気にしたのは許してほしい。
微笑みながらルーナディアは返事をしてくれ、周囲の人達も少し安堵しているようだ。なんとか誤魔化せただろうか。
しかし、近くにいる知らない人からの視線は突き刺さっている。これ以上、ルーナディアに関する誤解を生みたくない。それなら、どうしたらいいか。
別のことに関心が向けばいい。
オクルスは、エストレージャの腕に手を回した。エストレージャが目を見開いて、こちらを凝視してくる。
「な……」
「エスコート、してくれるんでしょう?」
驚いた声を漏らしたエストレージャの耳元で、オクルスはそう呟いた。それは、エストレージャが招待状を持ってきたときに言っていたことだ。できれば話を合わせてほしい。祈るように見つめた。
「……ああ」
脱力したようにエストレージャが頷いたため、肯定とみて構わないだろう。オクルスはエストレージャの腕から自身の手を離さないまま、ルーナディアとフィリベルトに微笑みかけた。
「それではお二人とも、失礼します。またよろしくお願いします」
「こちらこそ、オクルス様。パーティーをお楽しみください」
最後に礼をして、オクルスはエストレージャと共に、人混みから外れた。ちらりとは見られるが、特に不思議そうにしている人はいなかった。オクルスとエストレージャが友人関係にあることは周知の事実。
エストレージャとの距離を近づけることで、特別な関係を匂わせるようなことはしたつもりだったが、驚かれてもいないように感じる。いつもパーティーでは一緒にいるし、腕を借りたくらいでは誤解もされないのか。
安堵しながら、エストレージャにだけ聞こえるくらいの声の大きさで話しかけた。
「ありがとう、助かったよ」
「……」
黙り込んでいるエストレージャの顔を覗き込む。あまり見たことのない、居心地の悪そうな表情をしていて、申し訳なくなってきた。
「ごめん、怒ってる? 利用してごめんね。君から頼みがあれば、できる限りは叶えるから、許してほしい」
エストレージャのエスコートする、という冗談を利用したから、怒らせてしまったか。エストレージャの金の目は複雑そうな色をしている。
オクルスが掴んでいない方の手で、髪をくしゃりとかき上げたエストレージャは目を伏せてから口を開いた。
「別に怒ってはいない。それに、最初にエスコートをすると言ったのは俺だから良いが……。頼み、か。それなら、お前は帰りたそうだが、もう少し付き合え。俺が1人になれば質問攻めされる」
「あはは。ごめんね」
オクルスが巻き込んだのだから、それくらいはしないといけない。確かに、エストレージャには話しかける人も、オクルスがいれば話しかけて来ないだろう。
エストレージャと共に酒を飲みながら、オクルスは彼に向かって囁いた。
「そういえば、王子様。聞きたいことがあるから、また近いうちに塔まで来て」
「聞きたいこと? ヴァランのことか?」
「うーん、あんまり関係ないけれど、気になることがあって」
先ほど盗み聞きをした、隣国の話を詳しく知りたい。エストレージャは不思議そうにしながらも頷いた。
「教えるのは構わないが、何の話だ?」
「ネクサス王国について」
「ネクサス王国? 分かった」
「ありがとう」
やはり知っているのだろう。持つべきものは、優しくて優秀な友達だ。オクルスはエストレージャの端正な顔を見ながらそう思った。




