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51、パーティー・隣国の情報

「あの人、物従の……」

「ああ。シュティレ侯爵の弟……」

「問題児がなぜ……」

「ルーナディア殿下とはどのような関係なのでしょう」


 うるさいなあ、と思いながら会場を歩いていた。邪魔な思考を振り払うため、ルーナディアの結婚相手についてエストレージャに教わったことを思い出す。


 フィリベルト・コルヴァス。侯爵家の次男。ルーナディアの補佐官として働いていた人間と結婚することになったらしい。そこまでの情報を何度も頭の中で反芻した。特に名前。忘れでもしたら大変なことになる。


 心の底から帰りたい。しかし、折角来たからには何か情報を持って帰りたい気持ちもある。それでも、オクルスの出席があまりにも久しぶりだったせいか、会場ではその衝撃が収まっていない。オクルスのことなど放っておいて、何かの噂話をしていてほしいのだが。


 オクルスが聞きたいような話が聞こえないのが、自分のせいだというのもなんて皮肉な話か。


 その後、王家の人間や主役であるルーナディアとその結婚相手が会場に入ってきたが、オクルスはできる限り端で息を殺していた。


 国王やルーナディアが全体に向かって挨拶をしている時間はぼんやりとしていた。正直、何を話していたのか覚えていない。


 その後、立食形式の時間となる。オクルスは適当な酒だけをもらい、壁際に立っていた。


 あとでルーナディアに挨拶へ行かないといけないが。現在彼女は囲まれているため、後回しで良いだろう。


 周囲の人々もオクルスがいるという事実に慣れてきたのか、段々視線と雑音がマシになってきている。オクルスは周りの話に耳を傾けていた。盗み聞きだ。オクルスには残念ながらエストレージャしか気軽に話せる相手がいない。


「そういえば、ネクサス王国の話、聞きました?」

「ああ。聖女と認定される人間がいた、とは。本当でしょうか」

「まだ慎重になる必要がありますね」


 隣国、ネクサス王国の話。


 これは、結構有力な情報が得られたかもしれない。「原作」が始まっているようだ。ヴァランが闇堕ちをしてしまうとすれば、どれくらいの時間があるのだろうか。


 闇堕ちを防げているのかは、分からない。だから聖女たちの情報を意識には留めておいた方がよさそうだ。


 少し別の場所を歩いて、情報を探そうか。そう考えているところで、先ほどの会話の続きも耳に入ってきた。


「ネクサス王国といえば。王弟殿下は大丈夫でしょうか」

「ああ。たしか、駆け落ちをしようとしていたという噂の……」

「ネクサス国の前王陛下は激怒されていたようですが、今の国王陛下ははどう考えているのでしょうね」


 駆け落ちをしようとした? どうなったのだろうか。聞いたことのない話に、オクルスは続きを聞くことにした。


 ヒロインとヒーローのいる国。多くの設定があっておかしくはない。本編に関係あるかないかは知らないが。


「王弟殿下は今、どうなさっているのでしょう?」

「公の場ではお目にかかっていませんね」


 隣国の王弟が駆け落ちをしようとしたというのは、そんなに有名な話なのだろうか。全く情報が得られなかった。「駆け落ちしようとした」ということは失敗をしたのか。後でエストレージャに聞いておこうと脳にメモをした。


「何しているんだ?」


 いきなり話しかけられ、オクルスはぱちりと瞬きをした。自分に話しかけてくる人がいるとは思っていなかった。


「レーデンボーク殿下。何か用事ですか?」


 いつもはオクルスに敵意を向けてくるレーデンボークは、それなりの用事がないと話しかけてこないだろう。そう思って尋ねると、レーデンボークは不機嫌そうに首を振った。


「お前が1人で暇そうだったから気になっただけだ」

「そうですか」


 レーデンボークがオクルスのことを見ているとは思わなかった。意外に思いながらも、オクルスが手元の酒に視線を落とす。レーデンボークが黙り込んでしまったため、若干の気まずさから酒を呷った。


「オクルス」

「はい」


 名前を呼ばれたため、首を傾げながら返事をした。レーデンボークは、オクルスのことを名前で呼び捨てすることもあれば、物従の大魔法使いと呼ぶときもあり、ばらばらだ。名前で呼ばれると少し戸惑ってしまう。


「その……、元気か?」

「……? はい。先日も会議でお会いしましたよね?」


 なぜ、健康状態を確認されているのだろう。定期的に行われる、大魔法使いの会議で会っているというのに。

 

「……ルーナディア姉さんが結婚して、落ち込んでいるんじゃないか?」

「……ああ。なるほど」


 適当な噂を聞いたのだろう。オクルスがルーナディアに懸想しているとでも思ったのか。オクルスはため息をつきそうになったが、我慢した。レーデンボークだって、悪気があって言っているのではなさそうだ。ただ、オクルスを心配しているように見えたため、淡々とした口調になるように努めた。


「殿下が想像しているような関係ではなく、そのような感情を持っていないので、ショックも何も受けていません」

「そう、なのか?」


 なぜ驚いているのか、と不思議に思うが、聞くほどではないため尋ねなかった。


「それでも、殿下のお心遣いは受け取ります。ありがとうございます」

「……ああ」


 照れたように目を逸らして笑ったレーデンボークは、いつもより子どもっぽく見えた。いつもは睨み付けてくるが、笑った方がかわいいのに。わざわざ口にしたら、また睨まれそうだから言わない。


 レーデンボークは年下だけれど、同じくオクルスより年下のヴァランとは全然オクルスへの態度が全く違う。

 ヴァランのことを思い出したことで、彼に会いたいという気持ちがふわりと心に漂う。しかし、学園に送り出したばかりだ。それに、休暇中に帰って来なくていいと言ったのはオクルスだ。だから、次はいつ会えるか分からない。


 ちゃんと嫌いになってくれたはず。それなら、帰ってくるはずがないのに、会いたいと思ってしまった自分が浅ましく思えて、オクルスは俯いた。


「オクルス。ここにいたのか」

「エストレージャ殿下」


 ぱっと顔を上げたオクルスは、こちらに向かってきたエストレージャを見て、安堵の息を吐いた。


「それでは、レーデンボーク殿下。失礼します。また」

「……ああ」


 気がつけばレーデンボークは不機嫌そうになっていた。この短時間で何を思ったのか。しかし、やはりオクルスは追求をすることなく、エストレージャの隣へと向かった。

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