45、金づる作戦
オクルスが自室でぼんやりと考えていると、視界の端で何かが揺れているのが見えた。そちらを見ると、猫のぬいぐるみがうろついていた。
「テリー」
「なんですか?」
面倒くさそうな声色。ぬいぐるみの表情は動かなくても、はっきりと感情が伝わってくるほどだ。勝手に部屋に入っておいて。オクルスの部屋に入れば捕まることは分かっているだろうに。
その不満を無視しながら、オクルスは勝手に続ける。
「どうしたら金づるだと思ってもらえるかな?」
「……は? 何を言っているんですか?」
テリーがドン引いたような声を出している気がする。しかし、オクルスとしては悪くない考えだと思うのだが。
「んー? この場から離れてほしくはないけれど、嫌われてほしい。だから、便利な金づるになればいいと思うんだよね」
「ちょっと意味が分からないですが、続きは聞きましょう」
テリーからの許可が出たようなので、オクルスは説明を始めた。
「ヴァランの安全は確保したいでしょう。だから、私の庇護下にはいてほしい。それでも嫌われたら、近くにいたくなくなる。嫌いだけど、近くにいたいと思ってほしい。それなら、こいつは金を出す人間だ、って思ってもらえばいい」
「……ええ?」
テリーは納得していなさそうだが、オクルスは勝手に続けて話す。
「何を渡せばいいかな? 白紙の小切手?」
「そんなもの渡されても、あの子は使い方知らないでしょう」
「まあ、私もよく知らないけれど」
白紙の小切手を渡すというのは、現実にできるのだろうか? やったことがないから分からない。
オクルス自身がよく分からないから、白紙の小切手を渡すのはやめておいた方がよさそうだ。
そうだとしたら、何をしたらいいか。うーん、とオクルスは考えるが、特に良い案が出るわけではない。
「服はこの前も買ったし……。私、あまりほしい物なかったから分からないよ」
そもそも、オクルスの人生で、欲しい物を聞かれたことはあっただろうか。人から物を貰ったことはあるが、何がほしいかを聞かれる前に貰っていた。
「あの子に直接聞いたらどうですか?」
「ヴァランは遠慮しそう」
「確かにそうですね」
ヴァランが好きそうな物。子どもが好きそうな物。ぼんやりと考えるが、分からない。
飴は好きだと言っていた。甘い物が良いだろうか。それか、一生懸命勉強しているようだから、本なども良さそうだ。
「お菓子を買えばいいかな? 本とか?」
そう呟いたオクルスに、テリーの呆れたような黒の瞳が突き刺さる。
「ヴァランが何も欲しがらなかったとき、ただの迷惑な人ですよ」
テリーにしてみれば何気なく言ったつもりだったのだろう。しかし、その言葉でオクルスははっとした。
「迷惑な人? つまり、嫌われるってこと?」
「……」
「そうだよね!」
「……もうそれで良いんじゃないですか?」
また呆れられている気がするが。知ったことではない。今のオクルスにとって重大なのは、しっかりとヴァランに嫌われることなのだから。
金づるになるために行動することが、嫌われることにもつながる。一石二鳥。
「じゃあ、ヴァランに明日街まで行こうって声をかけようかな」
そう言いながら、オクルスはふっと嘲笑した。
拒絶をしておきながら、自分は用事があるときは声をかけてくる、というのも嫌われそうな行動だ。
オクルスは息を吐いた。心苦しさはある。ヴァランの気持ちを勝手に決めつけ、好きに利用しようとしている。
それでも、決意を変えるつもりはない。
恨んでほしい。オクルスが死んでも何も思わないくらい。むしろ、ヴァランには清々すると思ってほしい。
「ごめんね、ヴァラン」
「……」
本人も聞いていない、こんなところで謝罪をしても何の意味もなさない。しかし、謝らずにはいられなかった。
テリーは何も言ってこなかった。黙ったまま、オクルスの膝に勝手に乗ってきた。それを雑に撫でながら、オクルスは息を吐いた。
◆
街にヴァランを連れてきたオクルスは、ふらふらと様々なお店に寄っていた。
俯いているヴァランを、いろんなところに連れ回した。しかし、どこに行っても反応が良いとは言えない。
オクルスはちらりとヴァランの方を見た。オクルスの視線に気がついたのか、ヴァランが顔を上げる。
はっきりと目が合った。しかし、ヴァランは何も言わない。迷った末、オクルスは尋ねた。
「……君は、何がほしいの?」
「特にないです」
「……そう」
ヴァランに物の希望がないのなら、オクルスが自由に選んでいいということだ。そう解釈したオクルスは勝手にヴァランの物を買っていくことにした。
街を歩く。人が多く賑わっている中、人にぶつからないように進んでいく。
前はヴァランと手を繋いでいたが、オクルスから手を差し出すことはしなかった。ヴァランの方も、手を伸ばしてくることはなかった。
オクルスがよく行く店は、この前ヴァランの服を買った店くらいだ。他にどんな店があるのかも知らない。また適当な店を選んでは様子を見ていく。
ふらりと立ち寄った帽子屋さん。ヴァランの銀の髪に似合いそうだと思った青い帽子を買い、そのままヴァランに被せた。
雑貨屋に行くと、綺麗なコップや皿などが並んでいた。もちろん、ヴァランが来てから新規に食器を買っている。しかし、食器は少なめであるため、新たに買っても良さそうだ。ヴァランが興味深そうに見ていた食器は買っていった。
次にたどり着いたのはおもちゃ屋さんだった。ぬいぐるみや木製の置物が売っている。
「ヴァラン、好きな動物は?」
「動物、ですか? たまに孤児院の庭にいたリスは可愛かったです」
「……そう」
リスの木の置物は売っていたからそれを買うとして、ぬいぐるみは売っていなさそうだ。その売り場を見渡していると、犬のぬいぐるみが目に入った。
「ヴァラン、このぬいぐるみ、かわいいと思わない?」
「かわいいです」
ヴァランのかわいいという言葉を得たから、買って問題ない。オクルスはすぐに購入をし、手渡された箱は自分で持つことにした。
黙ってついて来ていたヴァランだが、今になって購入した物がオクルス用ではなく、ヴァランに向けて買っていると気がついたようだ。彼はぱちりと瞬かせた。
「え、これ、僕の何ですか?」
「ん? そうだよ」
ぽかんと口を開けたヴァランが、視線を下に落とす。ふるりと首を振った。
「……いらない、です」
「そう? でももう君の物だから、君が判断して」
オクルスが必要な物ではない。すでにヴァランに渡した物だ。本当に要らなければ、オクルスがもらうつもりだが。そのときはオクルスの魔法で使う物として利用されるだけだ。
「……」
「ほしい物の希望はないって言ったでしょう?」
オクルスがそう言うと、ヴァランは困ったように黙り込んだ。
「いえ。そうじゃなくて……」
くしゃりと自身の銀の髪をかき上げたヴァランは、消え入りそうな声で言った。
「僕には、分かりません。大魔法使い様が何を考えているのか」
「……うん」
オクルスもそう思う。いきなり冷たくし出したと思えば、いきなり物を買い与え出す。
自分じゃなければ、こんな変な行動しかしない人を理解することはできないだろう。怪しいし、信用できない。
何の反論もしないオクルスを見て、ヴァランはまた俯いた。
「……それでも、くださるのなら、いただきます。ありがとうございます」
「うん」
そう言って顔を上げたヴァランは、オクルスが持つ荷物に手を伸ばしたが、オクルスは首を振った。塔に戻るとき、オクルスが浮かせていった方が持ち運びをしやすい。
「他にほしい物は?」
「……ないって言ったら、また値札も見ずに買い物するんですか?」
「うん」
値札を見ていないことまで気づかれているとは思わなかった。そうは言っても、オクルスが値段を確認しないと買えないほど高価な物は、この辺りの店には売っていないはず。それでも、ヴァランは困ったように笑う。
「……それなら前も買っていただいた飴が、ほしいです」
「分かった」
頬を一度緩ませたオクルスだったが、慌てて表情を戻した。自分はちゃんと冷たい表情に見えているはず。オクルスはヴァランと並んで、店の方へと向かった。




