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41、『お客さん』

 エストレージャと共に自室へと入ったオクルスは、すぐに口火を切った。


「ねえ、王子様」

「……さっきのお前のヴァランへの話し方は、言及しない方がいいか?」

「そうしてくれたら助かる」


 勘の良いエストレージャには、オクルスが単にヴァランに冷たくしているのではなく、「何か」をしていることは気づかれているようだが、仕方がない。


 探るような金の瞳が少し気まずい。しかし、エストレージャは軽く頷いただけだった。


「そうか。それで?」


 何も知らないふりをして、話を戻してくれたエストレージャに心の中で感謝をする。そして聞きたかったことを尋ねることにした。


「今さらだけど、王位継承の状況ってどうなの?」

「本当に今さらだな」


 呆れたように金の瞳が細められたが、オクルスは思いっきり目を逸らした。ため息をついたエストレージャは、説明を始めた。


「現在は硬直状態。王からの評価は知らないが、貴族の人気は同じくらいだ。ただ、世論としては圧倒的にルーナディア姉上だ」

「圧倒的に?」


 紫色の髪を揺らし、堂々とした態度で振る舞っていたルーナディアを思い出しながら尋ねると、エストレージャは軽く頷いた。


「ああ。アルシャイン兄上は真面目で融通が利かないところがある。それは規律に厳しい貴族には好かれる。しかし、時代に合わせて新しいことに取り組むという点や柔軟に物事を進めるという点では、ルーナディア姉上の方が期待できる」

「へえ。そう」


 オクルスが窓の外に目を向けながら返事をすると、エストレージャの呆れた声がする。


「お前。聞いておいて……」

「エストレージャ。『お客さん』だよ」

「……ああ」


 たった一言で、エストレージャには伝わったらしい。流石、勘が良い。


 エストレージャの話し中ではあったが、この塔の敷地で人の気配がすることに気がついてしまったのだ。


 塔の敷地内の地面には「物」を埋めている。そこの上を人が通ると、オクルスは察知することができる。


 他に来訪の予定はない。恐らくは侵入者。


 オクルスは、エストレージャに向かって、微笑みかけた。


「どうしようか? 追い返す? 捕らえる?」

「お前の塔に来た敵だ。お前の好きにしろ」


 何をしても容認されそうな返事に思わず笑みを零しながら、オクルスは小首を傾げた。


「でも、ルーナディア殿下への『お客さん』でしょう?」


 そう言うと、ふっと笑ったエストレージャが立ち上がった。


「俺が捕らえてくるか?」

「君の手を煩わせるまでもないよ」


 オクルスは、窓の下を見ながら、窓の外に意識を集中する。


「3人、かな?」


 それを把握したところで、地面に埋めている紐に命令を下した。


 ――その人間たちを、捕らえろ。


 ただ、それだけ。侵入者の捕縛はできたはずだ。


「外の様子を見に行こうか。君も行く?」

「ああ。もちろん」


 ◆


 塔を出たところに、侵入者を捕縛しておいた。オクルスとエストレージャが侵入者の目の前に立つと、焦ったような表情を浮かべているようだった。


 オクルスは、自身の表情を消した。この顔はそこそこ整っている。そんな人間の無表情はとても怖いはず。


「私の塔に来るとは、命知らずだね」


 侵入者を観察する。暗殺に来たようには見えないが、それは外見から見えないだけだろうか。詳しくはないから分からない。


 オクルスの顔の近くに顔を寄せたエストレージャが、ぼそりと尋ねてきた。


「お前の誤解を利用してもいいか?」

「……うん」


 声の近さに固まっていると、気がつけばエストレージャは侵入者に向き直っていた。


 エストレージャが、笑う。そのあまりにも威圧的な笑みに、オクルスは思わず肩を揺らした。


「オクルス。こいつらをお前の『物』にしたらどうだ?」


 それを聞いて、先ほどのエストレージャの問いかけを理解した。オクルスに流れる悪い噂。人や動物を殺して物にしているのではないか、という噂を利用しているのだ。


 侵入者を怖がらせるという意味では、確かに利用できそうだ。エストレージャの言葉を理解したのか、怯えだした侵入者に聞こえるように、オクルスは言った。


「うーん。こんなのは要らないかな」


 にこりともせず、オクルスは吐き捨てた。


「私の物にするには、質が低すぎる」


 あっさりとオクルスに捕まったのだ。オクルスの所に侵入したければ、オクルスの魔法くらいは調べているはずなのに。地面なんて物を仕掛けるのにうってつけ。せめて空を飛んできてほしい。


 侵入者の目から、戦意は喪失したのを見て、オクルスはエストレージャに尋ねた。


「エストレージャ、見覚えは?」

「さあ、ないな」


 エストレージャがないのなら、ルーナディアを狙ったという確信は得られない。仮にオクルスやヴァランだった場合。ここで気を抜くのは不味い気がする。


 オクルスは、塔の窓の位置を確認した。ヴァランの部屋とは反対方向。つまり、ここで何をしても、ヴァランに見えられることはない。


 オクルスは、魔法で紐を操った。侵入者の1人を適当に選んで、意識を落とさない程度で、拘束を強める。


「誰を、狙っての行動?」


 侵入者は苦しんでいるようだったが、口を割らなかった。しばらくして諦めたオクルスは、紐を元の結びに戻す。


 この魔法は便利だが、脅しにはあまり向かないようだ。そもそも、今まで侵入者がいなかったため、オクルスは尋問になれていない。


 男から離れ、エストレージャの隣に戻ったオクルスは彼の名を呼んだ。


「エストレージャ」

「ああ」


 それだけで、オクルスが何を求めているのか理解してくれたのだろう。オクルスと入れ替わるように、彼が前に出た。


 剣を抜いたエストレージャが、侵入者の1人の首元に剣を突きつけた。ぞっとするほど低い声でエストレージャが問う。


「狙いはオクルスか? それとも、ルーナディア姉上か?」


 オクルスがしようとした尋問と、格が違う。凄まじい威圧。本能的に、逆らうと殺されると思うほどの殺気。


 後ろから見ているオクルスでさえ、思わず身体を震わせる。それを直に受けている男は、余計に恐ろしいだろう。


「……ルーナディア殿下、です」


 震える声で答えた男を見て、エストレージャは頷いた。剣をしまい、オクルスの隣まで戻ってきた。


「お前が知りたいことは他には?」

「十分。ありがとう」


 エストレージャが隣まで戻ってきた後、オクルスは風を起こしてこちらからの声を遮断した。

 向こうに声が聞こえないようにした上で、オクルスは恐る恐る尋ねる。


「……ここからの尋問、私が請け負わなくていいよね?」

「姉上に丸投げをしたらいいんじゃないか?」

「そうだね」


 下手に理由などを尋問して、知らない方がいいことまで知りたくない。その前に、オクルスは自分が尋問をできる気がしない。今はここにいないルーナディアに丸投げをすると決めた。


 それにしても。オクルスがエストレージャの方を見ると、彼は軽く首を傾げた。


「ねえ、君は大丈夫なの?」

「俺のところに襲撃? もし勝つ気で来るやつがいれば、むしろ雇いたいな」

「……無意味な心配か」


 武力ならおそらく王家では一番なエストレージャには無駄な心配だ。さきほどの殺気を体感したら余計にそう思う。


「ルーナディア殿下は、この状態でよく視察とかに行くね」


 そう言うと、エストレージャが気まずそうに目を逸らした。


「いや……。まあ、今回は……」

「なに?」


 強めの口調で問いかけると、静かに息を吐いたエストレージャがこちらを見てから答えた。


「今回の侵入者は不干渉だと思っていた物従の大魔法使いをルーナディア姉上の陣営に引き込まれたら困ると考えた人の差し金だろう。暗殺目的、というよりは状況を把握する目的の侵入じゃないか?」


「……あれ? 私のせいか」


 オクルスがルーナディアをヴァランと会わせるために招くと決めたから厄介なことになっているようだ。


 オクルスの言葉にエストレージャは首を振った。


「お前は何も気にしなくていい。それはこちらの事情なのだから」

「そうは言っても……」


 適当なオクルスの思いつきで呼んでしまったのだから、罪悪感がある。


「ルーナディア姉上にこれを渡せばいいだろう。捕らえる手間をお前が省いたんだから。後は自分でなんとかする」

「そう?」


 これで良いのかは分からないが、エストレージャが言うのならそれでいいか。そう納得しようと思うが、疑問は勝手浮かんでくる。


「あれ、暗殺ではなく情報収集の侵入だとして、拘束して良かったのかな?」

「お前の許可なく、塔の敷地に立ち入ったんだ。大魔法使いの敷地に、無断で。それは十分な罪だ。問題ない」

「それなら良かった」


 エストレージャがここにいてくれて良かった。オクルス1人だと、対処が分からなかっただろうから。

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