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38、レーデンボークの不満

 レーデンボーク・スペランザにとって、オクルス・インフィニティは気に食わない男だ。


 あの男は天才だ。強力な魔法を持っていて、それを制御しきっている。特に化け物だと思ったのは、それを夜も休むことなく制御を続けていることを知ったとき。夜にオクルスの塔の近くを通ったことがあるが、外から見て分かるほど、厳重に塔自体が制御されており、また部屋の中でも炎か何か知らないがずっと魔法を絶やしていなかった。


 やっていることは常人ではない。レーデンボークが同じことをやったら、休める気がしない。


 また、レーデンボークはラカディエラという師匠がいた。一方、オクルスは違う。なぜだかは知らないが、師匠はいないらしく、ほとんどは独学だという。基礎しか学ばないはずの学園の授業と、本を読んだだけで、大魔法使いの要件を満たした。


 本当に優秀な男なのだ。


 しかし、だからこそ、気に食わない。


 それだけの力があるのだから、人に好かれるなんて簡単だろうに。


 レーデンボークは苦労したことがない。普通に生きていれば、嫌われないと思う。


 それなのに、オクルスの周囲はいつも静かで、なぜか恐れられている。それに、レーデンボークは苛々が募るばかりだ。


 オクルスは才ある、凄い人間なのに。なんで上手くやれないのだろう。ただ、人のために動けば、人に気に入ってもらえるのに。


 ◆


 オクルスが子どもを預かったという話は衝撃的だった。最初は冗談だと笑いとばそしていたくらい。

 そしてその情報が本当だと知ったときはしばらく呆然としたものだ。あの、オクルス・インフィニティが。


 レーデンボークは、大魔法使いという存在を信じている。師匠であるラカディエラはもちろん、オクルスのことも。


 レーデンボークのことを信じている人は多くいるが、逆にレーデンボークが信じられる人間は少ない。


 その中でも、大魔法使いになれた人は信用に値する。


 それでも、やはりオクルスは気に食わなかった。悪い噂ばかり。山を壊すほど、凶暴だとか。物従の魔法のために、猫を殺すほど残忍で手段を選ばない、とか。


 中にはオクルスのことを「物騒(ぶっそう)」と「物操(ぶっそう)」をかけて、「ぶっそうな男」だと馬鹿にすような声もあった。それをした人はエストレージャにより咎められたため、「物従」が定着したが。


 レーデンボークは知っていた。オクルスはそこまでの気性が荒い男ではない。あの男ほどの力を持ちながら、山を壊したのは1回らしい。もっと壊していてもおかしくはない力を持ち合わせているのに。


 噂は嘘だ。


 それだからこそ、納得がいかない。噂は嘘なのだから、誤解を解くことなんて簡単だろうに。なぜ、オクルスは放置しているのか。


 オクルスのそういう所が苛々する。人と距離を取りたがるあの男が。


「子どもを預かった、か」


 だからこそ、信じられない。あの孤高に近しい男が、わざわざ自分の領域にまで子どもを連れてくるなんて。


「あいつが見込んだんだから、相当な逸材なんだろうな」


 レーデンボークはただ、信じている。オクルスがこの国のためになる行動をしているのだと。


 その子どもの固有魔法の判別を行うため、レーデンボークが立ち会いに行ってほしいという父王からの手紙に、レーデンボークは口角を上げた。


「見定めてやろうじゃないか」


 その子どもは、オクルスに相応しいのか。あのオクルスの元で過ごすほどの価値があるのか。気になるところだ。


 ◆


 ヴァランの固有魔法を確かめた後。


 ヴァランの固有魔法に「自身の魔法を自由に使える」という価値をつけて帰ったオクルスを見送ったあと、そこに流れる空気は地獄のようだった。


 オクルスを――物従の大魔法使いを怒らせた人間は真っ青になっているし、レーデンボークもあの男への漠然とした納得のできない気持ちを持っていた。


 なぜあの男は、あんな子どもに目をかけたのだろう。落胆にも近い感情が湧いてきた。オクルスが連れてくるほどだ。さぞ素晴らしい才の持ち主だと思っていたのに。確かに魔力量は多かった。しかし固有魔法は特に際立っているわけでもない。他者に依存する魔法だ。


 だから、オクルスの所にあの子どもがいることに納得できない。


 そんなレーデンボークの気持ちに気がついているのか、いないのか。ただ1人、平然としているエストレージャがレーデンボークに話しかけた。


「レーデンボーク。いつもオクルスに苛ついているが。何が気に食わない?」


 エストレージャの問い。オクルスの気に入らないところ。レーデンボークは顔を顰めながら口を開いた。


「あの男の、努力をしないところが嫌いだ」


 少しの努力があれば、人に好かれることは簡単だ。そして、この場をわざわざ荒らさずに帰ることができたはず。


 自身の才能ばかりに身を任せ、努力をしていないオクルスが、嫌いだ。

 

 そんなレーデンボークにエストレージャが呆れた顔で言った。


「無理だな」

「なにが?」

「お前がそう思っている限りは、お前とオクルスわかり合えない」


 断言するエストレージャに、レーデンボークは言葉をなくした。そんなレーデンボークを見ながら、エストレージャは言葉を続ける。


「レーデンボーク。考えてみろ。滅多に人と関わらないあいつの噂がなぜ広がり、収まらないか。なぜ、あいつに師がいないか」

「……」


 そう問われても分からなかった。噂、なんてものは人が事実を基にして他の人へと伝えていくものだろう。広がる、収まるなどの話なのか。


 師匠がなぜ、いないか。レーデンボークは子どもの頃から才を見込まれ、ラカディエラに預けられた時期もあった。才能ある人間は、見いだされる。それが当たり前なはずなのに。


 黙り込んだレーデンボークを見て、エストレージャは息を吐いた。


「まあ、俺にとってはお前があいつを理解しようがしまいがどうでも良い。あいつは別にお前とわかり合うことを望んでいないから」


 その自身に似た金の瞳に、嘘はなかった。この兄は、オクルスのことを特に大事にしている。


 エストレージャに友人は多い。それなのに、ここまで言うところを見るのは初めてだ。


「エストレージャ兄さんは、なんであいつに肩入れするんだ?」


 レーデンボークの兄姉の中でも、エストレージャはあまり目立たない方だ。兄として尊敬はしている。しかし、他の兄姉よりも普通だった。

 そんな彼が存在感を持ったのは、オクルスが大魔法使いとなったあと、彼の唯一の友人であるということが知られてから。


 レーデンボークは不思議だった。なぜ、兄はここまでオクルスのことを気にかけるのか。まだ当時は大魔法使いではなく、悪い噂に塗れたオクルスと友達になったのか。


 オクルスが大魔法使いになることを見込んで友人になったのかと思っていた。しかし、それだけには見えない。特に先ほどの発言が。


 レーデンボークが尋ねると、ふっと笑ったエストレージャはゆっくりと首を振った。


「お前が知る必要はない。この気持ちは、俺のものだ」


 そう言って笑うエストレージャは、レーデンボークのことを見えていないようだった。何もない場所を見て、穏やかな表情を浮かべる兄の顔を、レーデンボークは今まで見たことがなかった。

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