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37、恐れていた状況

 大魔法使いだけが集まる会議は定期的に行われる。オクルスはそれに出席していた。


 現在の大魔法使いは、オクルスを含めて3人。


 第3王子であり、封動の大魔法使いのレーデンボーク・スペランザ。赤茶色の髪を雑に結っており、その髪にしきりにかき上げながらている。そして金の瞳は資料とこちらを行き来している。


 そして、予知の大魔法使い、ラカディエラ・クインス。若葉のような緑の髪に、ベージュ色の瞳を持っている女性。一番大魔法使いの地位に長くいるはずなのに若々しく、年齢をよむことはできない。


 オクルスは手元の資料を見ながら、レーデンボークの話を聞いていた。現在の議題は、次世代の大魔法使いの育成について。3人でも問題はないが、増えるに越したことはない。レーデンボークの淡々と説明する声が部屋へと響いている。


「だから学園に誰かが視察に来いとのことだ。誰が行く? 師匠、行くか?」

「ええ。私が行きます」


 ラカディエラはレーデンボークの師匠らしい。指導という観点では彼女が適しているだろう。


 レーデンボークの言葉で、オクルスの思考はふわりと違う方へと向かった。学園。ヴァランが学園に行くまではもう少し。


 それまでにオクルスはしっかりとヴァランに嫌われなくてはならないが。今はどれくらい嫌われただろう。それを確かめる方法はあるのか。


 テリーに確認させても良いが。ヴァランは勘の良い子だから、オクルスがそれを探らせたと気づかれてしまうかもしれない。もし気づかれれば、テリーに本心を言わないだろう。


 何かヴァランの気持ちをはっきりと知る方法はないか。


 踏み絵のように。どちらかを見分ける方法がほしい。


 無茶な要求をする? いや、それはヴァランが可哀想だ。ヴァランを苦しめずに、何か知る方法。


 オクルスが考え込んでいると、ふと思い立ったように、レーデンボークがこちらを向いた。


「オクルス・インフィニティ。お前も子どもを預かっているんだったよな? お前でも良いが」

「いえ。ラカディエラ様がよろしいかと」


 学園の指導方法の是非や足りない点を確かめるためなの視察なのだから、手探りで教えているオクルスが行っても意味はない。


 ヴァランの話が出たところで、ラカディエラが顔を強張らせた。ちらり、とオクルスの表情を確認した彼女は、目を伏せた。


「……オクルスさん。あなたの預かっているお子様のことでお話が」

「なんですか?」


 予知の大魔法使いからヴァランの話。それが出ることに、胸騒ぎがする。ラカディエラの口の動きが、なぜかゆっくりに見えた。


「私は定期的にこの国の未来を予知しているのですが……。あなたの所にいる子どもが、この国を滅ぼす恐れがあると、予知をしました」

「……」


 この状況は恐れていたことだった。オクルス以外の人間が、ヴァランの危うさに気がついてしまうこと。それは避けたかったのに。


 どのように追求を躱すかを考えていると、レーデンボークが口を開いた。


「処分したらどうだ。そんな危険因子は」

「……は?」


 オクルスの口から零れた低い声に、レーデンボークがびくっとしてこちらを見てきた。あまり彼の前で感情を露わにしたことはなかったからだろう。自分は酷い顔をしているからかもしれない。


 何を、どう説明すれば。この目の前の2人にヴァランのことを放っておいてもらえるか。


 背もたれに身を預け、天井を見上げた。熟考している時間はない。姿勢を正したオクルスは、ラカディエラへと向き直った。


「ラカディエラ様。今、私の未来を見ることは可能ですか?」

「……やってみます」


 そう言ったラカディエラは、こちらに向かって祈る動作をした。予知の魔法はそんなに簡単に使えるものではないらしく、少し時間がかかっている。


 はっとしたラカディエラがこちらを見た。その目に満ちるのは、驚愕。


「なぜ……? あなたの、未来は。数年先から見えません」

「そうですか。そうでしょうね」


 やはりこのままだと、オクルスは死ぬ。その状況は変わっていない。しかし、ヴァランの方はまだ分からない。ラカディエラは、『この国を滅ぼす()()がある』と言った。恐れだというのなら、まだ確定ではない。変えられる。


 急にレーデンボークに肩を掴まれた。


「おい、オクルス。お前は死ぬ気か?」


 それに対して返事をすることなく、薄らと笑みを浮かべた。難しい質問だ。死ぬ気なわけではない。しかし、そうなる未来を淡々と受け入れている自分がいる。


 顔を強張らせたレーデンボークの手から力が抜ける。呆然としている彼に、首を傾げた。なぜ、レーデンボークがそんな迷子のような顔を? オクルスは彼と何の関係もないのに。むしろ、あんなに嫌っているのだから、喜べばいい。


 レーデンボークから目を逸らし、机の上に目線を向けながら言った。


「とにかく、私が手を打っているので。どうか、任せてほしいです。あの子のことは、そっとしておいてください」


 ここで他の人に干渉されたら、オクルスが必死に嫌われようとしている意味がなくなる。ヴァラン本人に伝える、などをされてしまえば、優しいあの子は気に病んでしまうだろう。


「でも、オクルス。お前は、あの子どものせいで死ぬのではないか? それなら……」


 オクルスは息を吐いた。レーデンボークは認識が根本的に間違っている。

 

 オクルスにとって、守りたいのはヴァランだ。自分の命ではない。

 

「レーデンボーク殿下。あなたが国を守りたいように。私はあの子を守りたいのです」


 思わず、レーデンボークの言葉を遮ったが、彼がそれに対して不満を言うことはなかった。それにしても、彼はなぜこんなに悲痛そうな顔をしているのか。オクルスのことを嫌っているのに。


 不思議には思ったが、それ以上考えることをしなかった。今、レーデンボークの気持ちは関係がない。

 

「だから、やるのはあの子の処分ではなくて、滅びない国作りを。1人の人間ごときじゃ滅ぼせないような強固な警備、対策をお願いします」


 そう言って頭を下げた。どれくらいの時間だったのか。長くも短くも感じた。


「オクルスさん」


 ラカディエラからの声に顔を上げた。ベージュ色の瞳が心配げにこちらを見ていた。


「なんですか?」

「あなたは何を知っているのですか? まるで。まるで未来が分かっているようですね」


 その鋭い言葉に苦笑をした。未来が見えているわけではない。オクルスの知る小説の通りにどこまで進んでいるかも分からない。


「……未来は何も、分かりません。ただ、自分にとっての最悪を避けたいだけです」

「あなたにとって、最悪は自分が死ぬことではなく、お子様――ヴァランさんが死ぬことですよね?」

「そうです」


 しばらく黙り込んだラカディエラは、何を考えているのか。深く息を吐いた彼女が、オクルスを見て言う。


「あなたの気持ちは分かりました。覚悟も分かりました。ですが、今すぐに何ができるとも言えませんし、あなたのご希望に添えるとは分かりません」

「はい」


 それはそうだ。彼女は長年、「予知の大魔法使い」として生きてきた。そんな彼女はずっと予知をしてきたわけで、「この国を滅ぼす」という重大な案件の対処を簡単に決めきれないはず。


 オクルスを見る、ベージュ色の瞳は美しく澄んでいた。


「それでも、あなたに断りなくその子どもへ手を出すことはしないと約束しましょう。予知の大魔法使いの名にかけて」

「ありがとうございます」


 まさか、ラカディエラからそんな言葉を引き出せるとは思わなかった。自身の名にかけるという強力な約束をしてくれた。国の上層部に報告をすることはするかもしれない。それでも、その行動によりヴァランへの処分命令が出たとしても、彼女は伝えてくれるだろう。

 

「師匠!」


 レーデンボークがラカディエラを呼ぶ焦った声で、ラカディエラもオクルスも彼に視線を向けた。

 小首を傾げたラカディエラが、レーデンボークに尋ねる。


「あなたは反対なのですか? レーデン」

「反対とかじゃなくて。俺は……」


 ちらりとオクルスを見たレーデンボークが俯いた。オクルスは特に言うこともなかったため、ぼんやりと彼を見ていると、顔を上げたレーデンボークとしっかり目があった。


 しかし、レーデンボークはふいと目を逸らし、ラカディエラに向き直った。


「師匠。そもそも、なんでそんなにあっさりと受け入れられる? 貴重な、大魔法使いが1人、いなくなるかもしれないのに」

「レーデン。あなたは……」


 何かを言いたげたラカディエラだったが、途中で言葉を止める。オクルスを見て、柔らかく微笑んだ。


「いえ。ここからは私と弟子との個人的な話になるので、後にしましょう。レーデン。続きの議題を」

「……ああ。それでは次に資料の下の方をみてくれ」


 とりあえずヴァランの話は終わったようだ。レーデンボークはオクルスが気に入らないだけだろうから、ラカディエラの考えを覆すほどの主張を持っているとも思えない。基本、ヴァランを誰かが害すことはないと考えてよさそうだ。


 ヴァランのことは、オクルスが守る。絶対に。


 とにかく、ラカディエラと約束できたのは良かった。安堵しながら、オクルスは資料に意識を移した。

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