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32、転換点

 オクルスの困惑は顔にはっきりと出てしまっていたのだろう。ルーナディアが申し訳そうな表情を浮かべた。


「困惑させてしまい、申し訳ありません」


 そう言ってルーナディアがお辞儀をしたとき、光沢のある紫の髪が太陽の光に反射してきらりと光った。

 その光でなぜか頭がずきずきと痛くなってきた。


「うっ……」

「オクルス様?」


 頭を押さえたまま、壁に手をついた。ルーナディアの心配そうな声も聞こえるが、返事をする余裕はない。


 何かを思い出さないといけない気がする。何か大切なことを。それを何かを考えたいが、頭が痛い。


「オクルス? 大丈夫か?」


 エストレージャの声もする。オクルスに抱きついたままのヴァランが身じろぎをし、身体を離すような気配もするが、そちらを見ることもできない。


 しばらく待ってみた。しかし、その掴みかけた何かは、するりと抜け出してしまった。慌てて探そうとするが、見つかりそうもない。


 先ほどまでの響くような痛みは消え去り、ゆっくりと壁から手を離す。目の前ではヴァランが心配げに顔を覗きこんでおり、その後ろからエストレージャとルーナディアもこちらを見ていた。


 オクルスはゆっくりと首を振る。

 

「……ごめん。何でもない」


 自分は何を思い出しそうだったのだろうか。妙な焦燥感だけが残るが、少なくとも今はこれ以上、何も思い出しそうにない。


「もしかしてお疲れでしたか?」


 ルーナディアの声が聞こえて、そちらに視線を向けると、彼女も不安げにこちらを見ていた。オクルスはゆるゆると再び首を振る。


「いえ。問題ないです」


 先ほどまでの異変はもうなくなり、いつも通りだ。疲れていることもないはず。昨日はエストレージャと会っただけなのだから。


 少し考え込んだルーナディアが、鞄から何かの瓶を取り出した。


「お疲れでしたら。こちらを」

「なんですか?」


 渡された茶色の小瓶を太陽の光に透かそうとしたが、外の瓶の色が強くて中の色は見えない。飲み物だろうか。


 オクルスが瓶を眺めていると、ルーナディアが口を開いた。


「これは香水に似ているのですが、精油というものです。ハンカチや枕にたらして使うことを想定しています。実験的に事業を始めて見たので、ぜひ使ってみてください。この香りでリラックスができると思います」

「ありがとうございます」


 前世にも似たような物を使ったことがある気がする。オクルスは使ったことがあっただろうか。よく覚えていない。


 ルーナディアに礼を言い、帰ることにした。


 疲れたという自覚はない。しかし、エストレージャに念のためだと言われて、帰りも馬車を借りた。


 目の前に座るヴァランはずっとオクルスのことを案じるようにじーっとこちらを見ていたが、オクルスが伝えられることは何もない。ヴァランも、オクルスが疲れていると考えたのか、何も話しかけてこなかった。


 帰路の馬車の中はとても静かだった。


 ◆


 塔に戻ったあとは、面倒な正装から着替え、いつものようにヴァランの魔法の練習を見ていた。


 夕食の後、ルーナディアから貰った小瓶の存在を思い出し、鞄から取り出した。彼女がどのような物をくれたのか。オクルスが瓶を取り出したのを見て、ヴァランもこちらへと近づいてきた。その青の目は好奇心に満ちている。


「ヴァラン。これ、気になる?」

「はい」


 ヴァランが横に来たのを確認してから瓶の蓋を開いた。


 ふんわりと甘い香りが漂ってくる。それは何かの匂いに似ていて。


「……は?」


 呆然としてしまう。その匂いは、酷く前世を連想させる。


「ラベン、ダー?」


 それは前世に嗅いだことのある匂いだった。麗しい紫の花を持ち、甘やかでありながらもすっきりとした香りを振りまくラベンダーに近い芳香で。


 唐突に。頭の中に想起された。


 ルーナディアの髪色に近い光沢のある紫。それはオクルスが小説を読むときに使っていた、布製の栞の色。

 ラベンダー。それはオクルスが小説を読むときに好んで使っていたアロマオイルの匂い。


 どちらも、小説を読むときに近くにおいていた物。


 前世の薄れていた記憶の一部――主に小説に関する記憶がどっと押し寄せる。頭が痛くなって、オクルスはしゃがみ込んだ。


 まとまらない思考で、何から考えたら良いのか分からない。前世の情報なんて忘れていることばかりだと思っていたが、それを唐突に思い出すと混乱が凄まじい。


「大魔法使い様!? どうしました?」


 ヴァランの心配そうな声は、渦巻く記憶や思考を切り裂くようにはっきりと聞こえた。オクルスは短く息を吸って、呼吸を整えた。


 目の前の青の瞳、銀の髪の見目麗しい少年を見る。


 ああ。だめだ。オクルスは知っている。『ヴァラン』というキャラクターを知っているのだ。そう自覚した瞬間、ヴァランに関する記憶が少しずつ鮮明になっていった。


 深く息を吸う。絞り出すようにヴァランへ告げた。


「ごめんね、ちょっと休ませて」

「……分かりました。ゆっくり、休んでください」


 ヴァランは一瞬迷う素振りを見せたが、こくりと頷いた。それを見届けて、オクルスは自室へと入った。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

変更箇所のご連絡です。第1王女ルーナディアと第1王子アルシャインの髪の色を銀としていたのですが、紫系統の色へと変更いたします。

理由としましては、銀の髪がヴァランと被っていることを見落としていたからです。もし混乱した方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。


今後ともよろしくお願いします。

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