31、求婚
「ヴァラン」
ヴァランが待機をしていた部屋に入ってすぐ、オクルスが名前を呼ぶと、彼はぱっと表情を明るくしてこちらまで来た。
「大魔法使い様!」
その勢いでオクルスに抱きついたヴァランを受けとめる。隣にエストレージャがいることには驚きもしなかったヴァランだったが、ルーナディアを見て不思議そうな顔をする。
ルーナディアがヴァランに微笑みかけた。
「ヴァラン。こんにちは」
「……こんにちは。ルーナディア殿下」
「元気そうで良かったわ」
「はい」
孤児院で面識があったが、そこまで親しいわけではなかったのだろうか。ヴァランはオクルスに抱きついたままだ。ルーナディアが言っていたとおり、完全に気を許したわけではないのだろう。
挨拶をしたルーナディアだったが、その顔は少し緊張しているように見える。オクルスとヴァランに視線を動かしていた彼女が、何かを決意したように言った。
「オクルス様。提案があります」
「……何でしょうか」
オクルスへいきなりの提案。内容が全く思いつかず、オクルスは首を傾げた。
「私をヴァランの母親にしてはいただけませんか?」
「……は?」
ルーナディアの言うことが理解できなかった。オクルスとヴァランを引き離す気はなく、それでもヴァランの母親になりたい。それは何を意味しているのか。
ルーナディアの表情を見る。真剣な顔をした彼女は祈るように手をあわせながらも、オクルスを真っ直ぐに見つめた。
「オクルス様。私と結婚をしてください」
突然の求婚。
頭が真っ白になり、呆然としているオクルスを見かねたのか、エストレージャが割って入るように口を開いた。
「ルーナディア姉上。急にどうした? そんな簡単に結婚なんてできるわけがないだろう? 本当にどうした?」
エストレージャは不可解そうにしている。王族は特にそんな簡単に結婚など決められない。王になる可能性を残しているのなら尚更。それを分かっているからこそのエストレージャの反応。
弟であるエストレージャがこんなにも戸惑っているということは、少なくとも今初めて口にしたのだろう。
するとルーナディアは困ったような笑みを浮かべた。説明をする気はないのか。あるいはできないのか。どうにもはっきりしない態度だ。
そのルーナディアの表情を見たエストレージャがはっとした顔で尋ねた。
「ルーナディア姉上。予知の大魔法使いに何か聞いたのか?」
予知の大魔法使い。オクルス、レーデンボークだけではなく、この国にはもう1人大魔法使いがいる。
ラカディエラ・クインス。未来を知ることができる女性の大魔法使い。そしてレーデンボークの師匠でもある。
そんなラカディエラからなんらかの予知をされ、オクルスに結婚を提案をした可能性。エストレージャのその発言にオクルスも納得をした。確かにそれなら分かる。
オクルスは恋人がいたことはなく、結婚もしたことはない。しかし、ルーナディアの目から熱を感じない。愛しているという感情は全く見えない。
だから、政略的なものや何か事情があることなら理解はできる。
しかし、ルーナディアは緩やかに首を振った。
「……いえ。そういうわけではなく……」
歯切れが悪いルーナディアはそこから黙り込んでいた。
やはりプロポーズをした人の表情には見えない。どこか思い詰めたような、憂うような表情だ。
オクルスもエストレージャも黙っていると、下から声がした。
「いやです」
驚いて声の主を見る。オクルスに抱きついているヴァランが、悲しそうな顔でオクルスを見上げていた。
「大魔法使い様、いやです。誰とも、結婚しないでください。お願いします、大魔法使い様。ルーナディア殿下」
オクルスは自身に抱きついているヴァランの髪に触れた。ゆっくりと撫でながらルーナディアに向き直った。
「ヴァランが嫌がっているので、申し訳ありません」
ルーナディアとの結婚。特にオクルスにはメリットはない。詳しく聞いても良かったが、王位継承争いに関わることとなりそうだから、頷くつもりはなかった。
ヴァランはきっと。自身の居場所がなくなることを心配しているのだ。オクルスが誰かと結婚すると、『ずっとオクルスの所にいても良い』という話が無効になると考えているのではないか。
いや。あるいは、ヴァランはルーナディアに気を許していないのではなく、緊張しているだけの可能性もある。ヴァランはルーナディアに恋をしているということもありそうだ。
孤児院に来てくれる年上で優しい美人なお姉さん。好きになる要素しかない。初恋相手にもってこいだろう。だから、ルーナディアを取られたくないという可能性もあるのだ。
ヴァランが恋。そう考えると少しだけ寂しくなるが、ヴァランを縛り付ける気はない。
ぼんやりとオクルスが考えていると、ルーナディアがオクルスに向かって微笑みかけた。
「そうですね。その気持ちが大事だと思うので」
微笑んでいるルーナディアが何を考えているのか。オクルスにはさっぱり分からなかった。




